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2005年11月11日 (金)

国立戦没者追悼施設

やはり、靖国神社とは別に、国立の戦没者追悼施設を作った方がよいような気がします。その時、無宗教と言われていますが、死者の追悼という、宗教的行為そのもののような行事を無宗教でやるというのは、どんな意味があるのでしょうか。政教分離の原則に従い、というのが、無宗教の理由なのでしょうが、無宗教=無神論=宗教締め出し、といった理解をするのであれば、それは誤解ではないでしょうか。無宗教というよりも、無宗派といった方が誤解がないのではないでしょうか。国教禁止という憲法原則は、一つの宗教、一つの宗派を国家護持しないという意味で、戦没者追悼施設からあらゆる宗教を締め出すというのは、感覚的におかしなものを感じます。むしろ、宗教・宗派・無宗教すべてを包含して、という意味の方がふさわしいような気がしています。そうすれば、首相も天皇も外国の国賓の方々も、みな、心置きなく、戦没者を思うひと時を持つことができると思います。
この問題は、日本が近代から離れることを意味します。現代は近代ではないのだ、その時、近代の延長上にあるような誤解を与えるのが、首相の靖国神社参拝なのでしょう。

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コメント

ところで、無宗派である場合、追悼される主体とはどのように呼ばれ、概念規定されるべきなのでしょうか?これは、国家が宗教化することの始まりなのではないでしょうか?私は、靖国神社の現状を肯定しますし、首相の参拝も肯定します。

それから、近代の規定をどのようにされているのでしょうか?お暇なときにでもご教授ください。近代を脱却して現代に至るか?といえば、決してそうではないと思いますし、「新しい」と形容表現してみたところで、中世だとも言えません。

投稿: ワンクリック | 2005年11月11日 (金) 16時44分

私はただ、現状ではいけないな、と思い、問題提起しただけで、この問題は、これからみなで考えていかねばならない課題と思います。「無宗派である場合、追悼される主体とは」との質問ですが、追悼する主体にゆだねられることになるのではないですか。宗教・宗派によっては、死後の追悼される主体を認めないものもありますし、その場合は、追悼する主体に何かの効果を考えることになります。仏教では、本来は死者の主体を認めていないと思います。死者が、何かしら完全な存在になるための生者の働きかけということで、追悼には宗教的意味が出てくると思います。キリスト教では死者の主体を認めていますが、そのような行為をせよ、という宗派もあるし、逆に禁じている宗派もあると思います。死の瞬間に、その主体の永遠のすみかが決まってしまうという理解をしているキリスト教(特にプロテスタント)では、死者のための追悼は意味のないことと思います。カトリックの練獄の考え方の中で、死者のための行為は意味が出てきます。国家の宗教化に関しては、現在の憲法では無理と思います。むしろ、首相の靖国神社参拝の方が、国家の宗教化のはじまりと、危惧されているのではないでしょうか。

靖国神社の庭には大村益次郎の像がありますが、この神社の本質を象徴しているような像と思います。明治体制の近代日本のあり方に即した神社という意味です。この近代が敗戦で現代となった。日本史では、そういう歴史区分をしていると思います。首相の靖国神社参拝は、この近代の延長上にあるということで、現代は、それとは違うという視点があってもいいのではないかということです。隣国による歴史認識を問う批判にも、一理あるのでしょう。

投稿: | 2005年11月11日 (金) 17時50分

レスありがとうございます。
私としては、そもそも国家が追悼をしようということ自体が非常に傲慢であると思うのです。確かにホッブズの論による限りでは、国家とは諸事由に暴力を行使することを認められた組織でありますが、それで出た死者を追悼しようというのは、結局死後の世界を保障してやるから死地に赴けということと変わりないと思います。

私は、かねてよりtenjin師と議論を重ね、国家が死者を追悼するのではなく、あくまでも死者はその身内が行うことで、悲しみを国家に揚棄するのではなく、どこまでも今ここで悲しみに暮れることで、悲しみの連鎖をもって、国家による死の義務から逃れるべきではないか?と考えております。

どれだけ名前や名目を変えようと、国家による追悼組織がある限りでは、国家による死者の生産を肯定することになると思います。

むしろ、靖国のように諸外国の監視があった方が暴走しにくいと思われ、無宗派の追悼施設はこういったしがらみから脱するが故に、無邪気に死地に赴かせるような気がいたします。

投稿: ワンクリック | 2005年11月14日 (月) 18時57分

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