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2005年11月26日 (土)

自我に死ぬこと

10代の後半、近くのキリスト教会に通っていた。牧師は「自我に死ぬこと」を強調し、会衆たちに勧めていた。自我に死ぬとは自分に死ぬこと、それでは生きられないではないか。そう思い、よく分からなかった。
人間は死ぬまで人間であり、理性的動物ではないか。それは変わらない。その理性がより一層健全になっていくことに人生の目標があるともいえる。その過程で、断絶があるのかないのか、その問題なのだと、後年になって理解した。牧師は断絶を強調したのである。それは正しい、しかし、断絶と連続の両方があるのである。矛盾するような両方の主張が正しいのだ。ただ、断絶がなければ、キリスト教は、そもそも成立しない。そして、その断絶に奇跡が含まれている。

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