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2005年11月 4日 (金)

アウグスチヌスの洞察

ローマ帝国の中でキリスト教が公認宗教になったのが313年、国教となったのが392年である。(ニケア・コンスタンティノープル信経の成立は381年であった)。だからアウグスチヌス(354-430)が生まれたのはキリスト教の公認宗教後で、国教になった時は38歳、その後、彼は38年間も生きていた。だから、彼が多くの著作で活躍した時のキリスト教は帝国の国教であった。これは重要なことではないか。彼は、この宗教の外的な枠を壊したくなかったと同時に、その中には不純なものがある、その不可避性にも気づいていたのであろう。見える教会と見えない教会の区別は、この国教の制約の中で生まれた洞察ではないのだろうか。見える教会の相対化の可能性を示す、この洞察が中世を終わらせた宗教改革にはずみを与えたのかも知れない。パウロ、アウグスチヌス、ルター、カルバン、その中に流れる純粋な恩寵論の継承がプロテスタンティズムの核心といえるかも知れない。

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