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2005年12月31日 (土)

自立

内村鑑三に私が学ぶことは、精神の自立、経済の自立の必要性である。これは今でも大いに求められていると思う。キリシタンも明治のプロテスタントも、外国勢力の進出であり、そこでは日本の価値が見失われるかも知れなかった。その価値を葬ることはできない。であれば、自立するしかない。経済の自立は精神の自立を保証する。彼の中の武士道が、そうさせたかも知れないが、これは今でも大いに学ぶべき点である。独立した個人には精神の自立が不可欠である。でなければ、人形にしかすぎないではないか。
今でも、依存的体質の強い人がいる。それは自分が依存している他者に支配されることである。そこで自分の自己決定性が失われていく。人生への不満が出てくる。他者に依存することは自分をおとしめることである。そんな人に魅力はない。
自尊は精神の自立、経済の自立なくしてありえない。もちろん、自尊は人としての品格を指していて、他者を見下すという意味ではない。品格のある人が多ければ、社会は輝きを増すだろう。

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使徒継承

イエスは生前12人を選び、自分の活動に協力してもらった。後年、その人たちを12使徒という。その代表格がペテロであり、ペテロの後継者が教皇ということになっている。使徒は、現在は司教が、その務めを継いでいるという。カトリック教会は、そう考えているが、プロテスタント教会は、そう考えない。使徒継承とは教理の継承という意味でとらえていて、もちろん、それは本来のニカイア信条の意味ではない、と私は思う。
さて、宗教団体というものは教団を形成しないでは成り立たない。その教団の代表者をどう選ぶかは、宗教団体にとって大切な事柄である。その使徒の後継者という教団形成の原理的観点が宗教改革であいまいになった。しかし、教会のしるしを確定しないでは事業を後世に伝えることができない。こうして、「見える教会」のしるしが合意された。そこに説教と共に洗礼とか聖餐とかの聖礼典がある。
その聖礼典を「いらない」と言ったのが、内村鑑三であった。「見える教会」が、見えなくなった。しかし、そのために、見える教会が引きずってきた無用の事柄がなくなった。そして、常に新しい教会の「伝統」を作る必要が生まれたのである。これは、一方で団体消滅の危機をもたらすものだが、同時に時代と環境に最高に適応する「教会」の創造をも可能にするのではないだろうか。
「一人の弟子も持たない」と言った親鸞、内村聖書研究会を解散させた内村には歴史的に信仰の継承を顧慮しないといった気持ちがあるいは、あったのかも知れない。そこに共通点を見ることも出来る。しかし、親鸞の後継者、蓮如によって親鸞の宗教団体が巨大教団になっていくように、無教会も将来、あるいは内村の意思に反することかも知れないが、日本のキリスト教の中で巨大な団体になるかも知れない。

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2005年12月30日 (金)

浄化する力

NHKのラジオ深夜便の聴取者の一人になって幸福感を感じています。テレビが始まって、私はラジオに対する関心が薄らいでいくのを感じました。情報量がまるで違うのも大きな理由であったと思います。ラジオは、もう前時代の遺物のように思い、振り向きもしない時期が続きました。しかし、深夜便を聴いて、少し考えが変わりました。ここには、テレビでは不満である部分が、逆にあるのです。それは生きるために大切な情報、本音が聴けるということです。不思議なことにラジオの魅力を知りました。それに関連して聖書の言葉を思いました。
「わたしが暗やみであなたがたに話すことを、明るみで言え。耳にささやかれたことを、屋根の上で言いひろめよ」(マタイ10・27)
深夜便でささやかれたことを、「屋根の上で言いひろめ」る手段を私は持ちませんが、しかし、既に言い広められているとも思います。やがて、日本を浄化していくことと思います。

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定年後

定年後の人生をどう送るか。それは死の準備期間なのだと思う。老病に囲まれつつ、その果てにある死を思わざるを得ない。この課題に正面向き合う期間が定年後の人生なのだと思う。
生と死。定年までは生を中心に考えてきた。しかし、定年後は発想を転換しなければならない。死を中心に考えた方がいい。そんな「活動」が、社会に還元でき、わずかながらも収入が得られれば、もっともよい。そんな「活動」の場を探すことが、定年後の人生の探求であろうか。

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野口英世の最期

野口英世が最期の時、「私には分からない」と言ったという。含蓄の深い言葉と思う。
人の生命を救うということが医師の務めであり、野口は、言ってみれば、それまで、ヒューマニズムの戦士であるような、かっこいい人生を送ってきた。
しかし、最期の言葉は何か挫折を思わせる。当時の顕微鏡では、黄熱病の病原菌を発見できなかったというのが、この言葉の背後にある理由である。
医師の人生は人命を救うことを課題にしている。しかし、その務めの前に大きな壁があり、その前では挫折に直面するという定めを変えることは出来ない。それは人は死ぬという厳粛な事実である。それを変えることは出来ない。医師もまた、この事実の前に無力である。
医師の人生は尊いと思う。ある意味では、人の人生で一番尊いかと思う。私も小学校の卒業文集で、将来の夢として「医者、科学者」と書いたかと思う。今の生活を思うと書かなければよかったと思う。当時でも、本気に、そうなろうとしたのではなかった。ただ、漠然と価値ある人生とは、そんなものと思って書いた。しかし、医者も科学者も死を前にしては無力である。
死は人にとって課題であると思う。その課題には、医者も科学者も挑戦していない。この課題に気づいて、私の小学校の時の夢は崩れた。野口英世の最期の言葉は、それを暗示しているように思う。彼の人生は、この挫折によって、あるいは真に価値あるものになったのではないだろうか。

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2005年12月29日 (木)

河井継之助最期の依頼

河井継之助が、最期の時、従者に棺おけを作って、自分の火葬を依頼したこと。なぜなのだろうか。その時が戦いの最中であること、そのため自分の死が周囲の人たちの負担になってはいけないこと、そんなことを考えたのではないだろうか。

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キリストの勝利

新聞広告で、塩野七生さんの本の紹介があった。ローマ人の物語14巻目の『キリストの勝利』(新潮社)という本である。
塩野さんの本に「神の代理人」というものがあったと思う。宗教改革当時の教皇の感想が書かれていて、興味深かった。だいたい、16世紀では、ルネサンス、宗教改革関係の資料は豊富なのだが、古くされた対抗側の対応は余り知られていないのである。近年では、平野啓一郎氏の「日蝕」は面白かった。書き方もそうだが、中世の関心をテーマにしつつ、最後にドイツで起こった改革運動に触れて終わっていて、示唆的であった。要するに、あちら側の意識が書かれていたから、逆に新鮮であったのだ。
さて、大帝コンステンティヌスのキリスト教公認のあと、この教えが国教になるのだが、その間に何があったのか。私は知らなかったが、塩野さんの本が書いているらしい。広告では、こう書かれている。
「(大帝の死後)その親族を襲ったのは血なまぐさい粛清であった。生き残った大帝の甥ユリアヌスは、多神教の価値観に基づく寛容の精神と伝統の復活を目指す。しかし、キリスト教側から「背教者」と糾弾された彼の治世は短命に終わり、キリスト教はついにローマ帝国の国教の座を奪い取ったのだ。」
「背教者ユリアヌス」という題の小説があったと思う。辻邦生さんの本だったと思う。まだ読んでいない。このへんのことが書かれているのか。しかし、今の日本では、「多神教の価値観に基づく寛容の精神と伝統の復活を目指す」ことは、背教どころか、ごく当たり前の宗教意識ではないだろうか。
さて、この国教化が勝利という感覚は、カトリック教会ではそうかも知れないが、プロテスタントではどうだろうか。国教化は中世キリスト教共同体を生み出すのだが、これに対する反発が宗教改革の意識の中にあったし、今でも、プロテスタントの意識には、中世キリスト教共同体を批判的に見る人たちがいる。むしろ、それが多いし、一般的なのだろう。そこでは、そのきっかけを作った国教化はキリスト教の勝利どころか、堕落の始まり、原因とみなされて、塩野さんの本の題である「キリストの勝利」といった楽観視などないのではないか。
中世カトリック教会を批判する理由はたくさんある。今でも、この教会の異教への寛容精神はプロテスタントによって批判されるかも知れない。迷信だ、偶像崇拝だというかも知れない。実際、フィリピンでは今でも十字架につく人たちがいるという。もちろん、刑としてではなく、信仰の修練なのだろうか。教会の教えとは関係ないだろうが、自分たちは信仰において行っているのだろう。
社会全体がキリスト教化することはキリスト教が異教化することをも意味している。それを見つつも、なおその中で真実の信仰が保持されている、そんな信仰的視点があれば、中世的社会の中でも、この信仰を維持していけるのではないかと思う。

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ご利益

ご利益(りやく)という言葉がある。宗教は、このご利益を度外視しては成り立たない、というのはもっともなことである。ご利益を価値と置き換えれば、人間は価値追求の動物なのだから。
ご利益宗教といった場合の「ご利益」は現世利益のことであろう。来世中心の信仰を持つ宗教としても、来世の利益を考えている。その場合、現世利益の思惑は薄くなる。私としては、現世利益中心の宗教には、どこか俗っぽい意識がまといついていると思う。現世利益については、直接的、ストレートには追求しない方が、おおらかでいい。来世中心で、現世利益も意識せずに調整されている、そんな生き方がいいと思う。

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神を問う

神を問うということは、自己を問うことである。そこには、あるいはナルシシズム的な要素があるかも知れない。その問いの中で矮小化された神が出来てしまうかも知れない。それは自己の投影でもあるだろう。それでは神に申し訳ない、という気持ちがあれば、否定神学で、それらを一気に葬ることもできる。

神を問うことは自己を問うことであり、人生観・世界観を問うことでもある。だから、神を問う中で、自己の成長、人生観・世界観の向上が期待される。

であれば、神を問わない民族は停滞したままで、危ないのである。しかし、ある神観念に凝り固まった民族も危険という意味で危ないとも言える。民族を「あなた」に置き換えてもいい。

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プロジェクトX

昨日、NHKテレビ番組「プロジェクトX」の最終回があった。毎回、感動的な番組であった。無名の人々の挑戦の中に発明・発見、達成の喜びが溢れていた。静かに、深く、訴えてくるものがあった。
この番組の感動を誰もが肯定したであろう。否定する人がいるとは思えない。しかし、もし、疑問を呈すとすれば、ここに現れている人生観は社会の進歩・進化を肯定するものである。ウェーバーの、あの本で描かれている資本主義を進めた禁欲的プロテスタンティズムの人たちと同系の人たちかも知れない。もちろん、プロジェクトXの主人公たちに、狭い宗教的課題はなかったのである。
私は、プロジェクトXの感動を否定するつもりは全然ないのである。しかし、この番組が行為義認の讃歌なのかな、と思う時、その感動に酔う中でも、なお、人間の解決しない問題は残ると思う。

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2005年12月28日 (水)

祈りのかたち

祈りを込めて、かたちを作る
かたちを通って、力が流れるために

しかし、かたちに触れても力を感じない
なぜなのだろうか

かたちに込めた祈りに触れねばだめ
だから万人にかたちは届かない

それでもかたちを作る人々がいる
人には、それ以外、道がないからだ

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折伏

巨大教団になった創価学会には、もう折伏は必要ないのかも知れない。以前は、この布教姿勢が有名であった。私も10代後半、こんな勧誘を受けたことがある。

宗教教団にとって、教団外の人たちを、どう考えるかは重要な信仰の事柄である。カトリックには「善意の人々」という概念があり、彼らとは協力するのが教会の方針と思う。「善意の人々」はもちろん、カトリック教会の外の人たちなのだが、いつかは救われると考えているのかも知れない。教会の外にも救いあり、ということになる。その他、カルビン系の教会では一般恩寵、ウェスレー系では先行的恩寵など、教団の外の人たちの立場を、ある程度、評価して、うまく付き合おうとしているように見える。もちろん、それが動機で信仰を捏造しているのではなく、信仰的反省が最初にあってのことであろう。

こんなことを言わなければならないのは、聖書の中では救いの条件がはっきりしているからだ。心で信じて義とされ、口で告白して救われる、とある。であれば、この条件を満たしていない大多数の人たちは、救われないことを意味する。救われないという意味は地獄に落ちるという意味である。そのような人たちの中には、もちろん善意の人たちが大勢いる。彼らも、「告白がない」という理由で地獄に落ちるのか。「そうだ」という回答があるかも知れない。その回答を聖書の回答とみなした時、あるいは、それまで保持していた信仰を捨てる決断をする人が出てくるかも知れない。あるいは逆に、何が何でも信仰に入れようと、折伏的攻勢に出るかも知れない。

折伏的人物をキリスト教界に探せば、戦後、何度も来日して、クルセードという大集会を開いた米国の伝道者、ビリー・グラハム氏など典型的人物であろう。彼の意識の中には、「告白のない人物は地獄に落ちる」という危機意識があったのかも知れない。そして、善意の人たちが地獄に落ちるのは、自分の中にある神のかたちに対する大きな挑戦であると感じ、この挑戦を退けるためには大伝道集会を開き続けなくてはならなかった、のかも知れない。そんなグラハム氏の時代も終わりつつある。しかし、あの救いの「条件」を記した聖書は残る。人々は、その前で、折伏に走るのだろうか、それとも別の考えを探して、他宗教とも協調の中で生きるのだろうか。

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善人

歎異抄に「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という有名な言葉がある。悪人が往生するというのは了解できる。その悪人とはキリスト教的言えば、信仰義認に生きる人である。では、善人とは何か。それが悪人の反対概念であれば、キリスト教的に言えば行為義認の人となるが、キリスト教的に言えば、こういう人は救われないのである。親鸞は、あるいは、こういう人も救われるのだというのだろうか。もっとも、救済の根底に万人救済の考えがあれば、善人が救われるという意味は分かるのである。しかし、キリスト教では万人救済は退けられている。

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2005年12月27日 (火)

ふるさと

思えば、アブラハムは家出人であったのだ。家出して、もとの家に帰らなかった人なのだ。
日本には「うさぎ追いし」で始まる「ふるさと」の歌がある。啄木にも、ふるさとを想う歌がある。外国にいる日本人は日本を恋しく思うらしい。しかし、日本は天の故郷ではない。
家出してもいいと思う。その時には、天の故郷の道標にならねばならない。その道標としての生活を送るのであれば、家出の「罪」も許されるであろう。

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遊牧型生活の回顧

アシジのフランシスコは遊牧型生活のチャンピオンであったのではないか。思えば、イエスもそうであった。彼らの無所有生活の幸福は、稲作型あるいは定住型生活者にも勝るものがあったのではないか。日本では雲水の生活もそうであろう。

さて、このような遊牧型生活の原点はアブラハムにある。彼は故郷カルデアのウルを離れ、幕屋の生活に入った。幕屋だから臨時の生活であり、ある意味では遊牧生活である。

「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ」(ヘブル11・8-9)

彼らは、地上では「旅人、寄留者」と考えていた。それはふるさとを求めていたからだ。そのふるさとはどこにあるのだろうか。

「もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった」(ヘブル11・15-16)

天を目指し、再び、地上の故郷に帰らなかった。天の故郷を目指す遊牧生活、それが信仰者たちの生活なのかも知れない。

そう考えると、中世社会の崩壊にもあるいは、意味があるのかも知れない。中世社会は定住社会であろう。その中で、無所有生活は修道会に可能であった。しかし宗教改革で、その定住社会が崩壊し、遊牧型生活が一般化していく。その中で、激しく天を目指したピューリタンたちが、英国の改革にも異議申し立てを行い、米国に移住し、やがて地上に巨大な権力を持つ国を作った。彼らは見えない天の故郷を目指しつつ、富によって地上に諸民族をひきつける国を作ってしまった。そこには弁証法的な逆説が見える。見えない国を目指していたが、見える、富める国が出来てしまったのだ。

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遊牧生活

週刊誌で高校・大学の偏差値調べや、卒業生の出世競争調べなど、学校間の競争意識をあおるような調査が行われている。やるな、とは言えないが、なぜやるのだろうか。もちろん、読者が増えるからなのだろうが、ますます格差社会を形成しているように思う。
われわれは今、定住生活社会に生きている。この定住社会は稲作から始まった。そして、この定住社会では貧富の差が出来て、それが格差社会になる。所有の多い少ないが幸福かどうかを決めることになる。それはまた不幸の原因にもなるのである。
司馬遼太郎さんは、モンゴルに心惹かれることを通して、どこか遊牧生活に憧れていたようなところがある。そこが偉いところだったと、今、思う。作品を見ても、世界中に足を運んでいるのだ。多くの収入がありながら、あるいは、無所有の幸福を知っていたのかも知れない。
遊牧生活は定住生活とは全然違う。そこでは、所有は少ない方がいいのである。一個所に長くいないので、移動する時、多くのものがあっては、それだけ苦労するからだ。生きていくのに必要なものだけでいい。
そんな生活が遊牧生活である。 遊牧生活になれた人が定住生活の中に入るには苦労が多いだろう。日本は天皇が稲作をしている場面をテレビなどでも紹介していて、典型的な定住型生活の社会である。だから、格差社会であり、出世競争を強いられる社会なのだ。その中で根っからの遊牧型人間が生きるには、どうすればいいのか。あるいは、こんな問題が今の皇室の中にあるのだろうか。

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2005年12月25日 (日)

信仰の位置づけ

信仰義認という。救われる条件として、「信じる」ことをあげる。「条件」という言葉には、それは人間の能力のように見える。しかし、実際は人間の能力ではない。人間の無能力の承認なのである。
カルビニズムの5つの特質の最初に来ているものが「全的無能力」である。救いのためには、人間は全く無能力ということである。そこでは、「信仰」という条件、能力も否定しているように見える。確かに、改革派系の人たちには、そんな体質があるように思う。全的無能力のキーワードが、人間の側にも求められる「信仰」の「価値」を評価しないようにも受け取れるのである。
しかし、信仰義認の信仰とは、救いのための人間の能力を主張しているのではなく、全く逆に「無能力」を承認しているのである。救いのための人間の無能力の承認、それが「信仰」の意味である。そう考えれば、全的無能力と、救いの「条件」としての信仰の価値との間には矛盾はないのである。

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日本の実存思想

実存思想は教科書的にはキルケゴールから始まる。それは西洋思想である。しかし、日本にも実存思想はあった。それは思想という論理的構築を達成したのではなく、端緒に終わったが、端緒に関しては、まさに実存的であった。
それは歎異抄に見られる親鸞の宗教思想である。絶対他力の思想である。これが日本の中で最初の実存意識を歴史に残したものではなかったろうか。

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2005年12月23日 (金)

時と生き方

カイロスという人生の危機的瞬間には絶対他力が対応しなければならない。そこでは、絶対受動で、人は完全受身である。しかし、人生はカイロスばかりで構成されてはいない。通常の時間の中では絶対受動だけでは生きていけない。能動も必要である。
であれば、通常の時には、神人協力的あり方を学ぶべきかも知れない。「わたしたちは神の同労者である」(第一コリント3・9)と、パウロもいう。神と共に生きる生き方を学ばねばならない。

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待降節

昨日と今日、ラジオ深夜便で、加藤常昭氏の話を聞いた。クリスマスにちなんだ話で、原稿を読んでいるような話しぶりであった。最後に、わずかの時間、聞き手との対話もあるのだが、そこでも実に過不足のない内容を話されていた。クリスマス説教としては、よく考えられた最高の質を私は感じた。
その話の中で、クリスマスの前にある待降節には、同時に再臨を待つという意味もあるのだと言われた。初めて知った。
「降」の意味を考えた。イエスの降誕があり、そして再び来るという再臨。再臨はこれからのことで、再臨の意味を込めれば、今の教会にも、待降節はクリスマスを迎える意味だけでなく、違った真剣さを帯びるだろう。
しかし、その二つの間に、もう一つ、「降」があった。それは聖霊降臨である。過去には「イエスの降誕」、現在は「聖霊降臨」、そして将来に「キリストの再臨」、こう考えると、神は常に、われわれのもとに来ているのである。
加藤氏は、イエスの降誕と再臨に触れられたが、聖霊降臨には言及されなかった。しかし、この点が語られないと、後の二つが結びつかないのではないかと思った。
イエスの降誕は、聖霊降臨の原因として、今のわれわれには大きな意味を持っているのである。この点では、私はペンテコステ教会に近い感覚を持っている。

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2005年12月22日 (木)

説教

牧師も神父も説教をします。比較すると、一般的には牧師の説教の方が上だと思います。中には、説教に全勢力を集中するような牧師がいて、聴いていて、とても恵まれることがあります。
では、そんな教会を探して、その教会の礼拝に出なければならないのでしょうか。場所が離れているとか、それは、またそれで大変と思います。しかし、最近は、そういう話を聞く手段はいくらでもあります。本があるし、ラジオもあります。説教は、何も礼拝の中だけで聞けるのではありません。
それに神父の説教が、何か道徳の話みたいだと思っても、神父の属するカトリック教会は、歴史もあるし、世界的でもあるし、その関連で「説教」を探せば、この点では、おそらく牧師以上のものがあります。
それぞれ長所があります。それらを得るには、意志が必要です。意志のないところには、何事も起きません。

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2005年12月21日 (水)

洗礼の起源

聖書にはヨハネの洗礼の記事がある。この儀式は、もともとはユダヤの伝統にはなくて、ヨハネがもたらしたものらしい。では、どこからか。インドからという説がある。
『イエスと親鸞』(八木雄二著、講談社選書メチエ245)によれば、著者は仏教の伝道によるのではないかと推測している。きっかけは、BC327年のアレクサンダー大王の遠征で、東西文化の交流が始まった。その後、仏教の西進があったのだという。
確かに、「伝道の書」などは、冒頭「空の空、空の空、いっさいは空である」と、釈迦の言葉のような文章から始まっている。
しかし、この書の著者とされるソロモンは、在位がBC961年~922年なので、時代的には東西交流のずっと以前の話である。アレクサンダー大王の遠征以降、ヘレニズムの東西文化交流時代に、仏教哲学の思想の書とも思われる「伝道の書」が出来たという指摘(83頁)は、著者の誤解ではないかと思うのだが。

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2005年12月20日 (火)

学校教育の問題

私の高校3年の時のクラス担任は日本史の教師であった。自分でプリントを作成して、それなりに授業に努力されたと思うが、面白いと思ったことはなかった。
しかし、司馬遼太郎さんの歴史小説は無類に面白かった。日本史も、こうして教えられれば興味が出ると思った。しかし司馬さんの面白さは、教科書の授業からは生まれないだろう。
教師が教科書にそって教え、児童はそれを暗記する。それが教育だとしたら、教育は面白くない。当然、児童の学力は伸びない。学力低下を心配して、もう一度、記憶中心の学校教育に戻るのは問題がある。
大切なのは児童の好奇心であり、これは学校教育で萎縮させられてはいけない。問題を発見し、それを解決していく、その自発的活動が教育の中で重視されなくてはいけない。
問題を発見するというのは大切な才能なのではないか。なぜなら、探求は、そこから始まるのだから。問題を発見し、その回答を探す、そのサイクルが学校教育の中で大切にされ、奨励されるべきだ。学校教育の中で、児童たちに問題発見の志向性を重視する対策が考えられるべきだと思う。

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浄土はいずこ

厭離穢土欣求浄土、という言葉がある。仏教の言葉である。その浄土はどこにあるのだろう。まさか穢土ではあるまい。
キリスト教では、キリストの再臨は固く信じられている。キリストは再び、この地上に来るというのである。どういうふうに来るのかは、よく分からない。
ということは、この地球上が、キリスト教では天国になるのだろうか。余り、そのように考えたことはないのだが、あるいはそうなのかも知れない。
空のかなた、全く別の場所に天国、理想世界があるということで、「山のあなたの空遠く、幸い住むと人のいう。」という詩もある。こんな、漠然とした理解で、浄土とか天国を思考しているのではないだろうか。
確かにキリストは「天にあげられ」と書かれている。それは地ではない、という意味である。 しかし、キリストの再臨は、この地に来るという意味であり、そこで裁きが行われれば、この地が天国になるのではないだろうか。
厭離穢土欣求浄土、その浄土は実は穢土の中に実現する。キリスト教的に考えれば、そうなるのかも知れないが、仏教ではどうなのだろうか。

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死んだら仏

小泉首相が靖国神社参拝に関連して語った言葉で忘れられないものがある。「死んだら誰でも仏じゃないですか」。A級戦犯の人たちだって、仏なんだ、拝んで何で悪いか分からない、という意味なのだろうか。

A級戦犯というのは生きている時の判断・差別だが、A級戦犯の人と言えども、たとえば死の直前の称仏で極楽浄土に行くのである、そして、死の直前の称仏というのは本当に容易なのだから、ほとんどの人に極楽浄土は約束されている、どうして死んでからも差別するのだろうか、そんな感情が小泉首相にあったのだろうか。

思えば、仏教(浄土真宗)にしろ、キリスト教にしろ、救われる方法は簡単である。一方は称仏であり、他方は信仰である。であれば、逆に地獄に落ちることの方が難しくなる。死ねば、みな仏であり、平等なのだという言い分もありうる。

ヒトラーを拝むのはおかしいのではないか。中国から、首相の靖国神社参拝に対して、そんな反発があった。しかし、ヒトラーだって、死の直前の称仏があれば極楽浄土に行くのだ、日本人であれば、この儀式はするんだ、であれば仏なのだから拝んだっていいじゃないか、死んだ人間を差別するな。そんな気持ちがあるのだろうか。ヒトラーだって、極楽浄土に行くという考え方は、おそらく梅原氏の解釈による親鸞の教えであろう。

しかし、神道でも、そういう教えなのだろうか。まさか、靖国神社の祭神が仏とはいわないであろうが。われわれは、仏教的理解の中で、神社におまいりにいっているのではないだろうか。

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生と死

普通、生まれるということは存在することを意味している。そして、存在は善であり、従って、誕生には「おめでとう」という祝意が付随している。
だから、「生まれる」と苦は普通は結びつかないのである。 しかし、生まれるということは死ぬということと結びついている。命はやがて死ぬのである。しかし、その直前においても、実は死んでいるのだ。生まれた命は、すべて死んで生まれたのである。死という関門を通って生まれたのである。あるいは四苦の「生」の苦の意味は、そういうことなのだろうか。それであれば、女性だけでなく、すべての「生」に対して、生は、その直前の死と一体であるという意味において、「苦」といえる。
しかし、そこには、「生」の輪廻という思想が前提とされているのである。後生だけでなく、前世もまた、肯定されているのである。そこまで飛躍すべきなのか、あるいは、それは飛躍ではなくて、インド思想の中では当たり前のことなのであろうか。

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2005年12月19日 (月)

生老病死

生老病死を四苦という。「生まれること」「老いること」「病気になること」「死ぬこと」を指す。

老病死が苦であることは分かる。しかし、生まれることがどうして苦なのか、分からない。私は生まれた時のことを知らない。あるいは出産の苦を指しているのだろうか。であれば男性には該当しない苦だ。

しかし、生を「生きる」と解釈すれば、分かる。普通は、生きることは喜びと考えやすい。だが競争社会、ストレス社会に生きることは苦であろう。その社会の人間関係で犯罪に走ることもありうる。

還暦を迎えて、会社を退職し、社会の第一線から退きつつも、同じような第二の人生、第三の人生を生きるんだと張り切る人もいるし、生涯現役を貫く人もいる。それはそれでいいし、立派な人たちもいる。

しかし、競争社会、ストレス社会の苦を生きる必要はないと思う。すでに老病という苦がやってきているのだから。還暦のあとは別の人生であっていいと思う。日々、老病という苦の中で、人間にとって何が一番大切なのかを訴えていけばいい。そんな発表の場は、すぐ近くにある。プログだって、そうだ。

老病の終着は死である。だから、老病の時間は、死の準備期間でもある。それを意識の前面に出して、老病に向き合わなければいけないのだ。それは、第一の人生とは別の意味での生きがい、意味のある生活をもたらすのではないだろうか。死を免れる人は一人もいないのだから。定年後は、競争社会、ストレス社会ではない、別の社会に生きてもいいと思う。それもまた、意味のある生き方と思う。

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ラザロ物語の解釈

 新約聖書「ルカによる福音」16章19節から31節までに、ラザロの物語が記されている。それは「金持ちと貧しいラザロ」の物語である。これは、どのように解釈されているのだろうか。

 聖書の解釈の中で、道徳的・倫理的な解釈というものが一般的に広く行われていると思う。それは、それでいいのだろう。特に、説教の中で、それが採用されている。説教が個人に向けられたメッセージであることが要求されている時に、どうしても、説教に道徳的・倫理的性格が強く出てくることになる。道徳的・倫理的な要素を含んでいない説教というものは、何か根本的な説教の要素に欠けるのではないかとさえ、思われることもある。

 もちろん、福音は「よきおとずれ」であり、道徳的・倫理的な、人間的努力の果てにあるものとするならば、説教においては、逆に道徳的・倫理的要素を超えるものが、啓示として語られるということになる。それも、それでいいのだろう。

 さて、このラザロの物語は、では、どのように語られ、また聞かれるべきなのか。

 だいたいは、自分を「金持ち」の立場において、隣人の貧しさを省みよ、そして何か、慈悲の心を起こせ、といったコンテキストの中で読まれるのではないか。それはそれでいいのだが、ラザロ物語の別の解釈もあるのではないか。もちろん、想像である。この個所がファリサイ派の人たちに向かって語られていることから、金持ちはファリサイ派の人たちを指すのかも知れない。しかし、金持ちとは、ユダヤ人のことであり、貧しいラザロとは、実は異邦人のことである、と考えたらどうか。

 ユダヤ人は神の契約を与えられたということで、富んでいる。パウロは、ローマ人への手紙の3章1節で、「では、ユダヤ人の優れた点は何か」と問い、「それはあらゆる面からいろいろ指摘できます」と答え、「まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです」と言っている。

 ラザロは、金持ちの門前にいて、その食卓から落ちるもので腹を満たしたいと思っていた。それは神の言葉がユダヤ人に与えられたので、その言葉を求めて、ユダヤ人の門前にいたという異邦人のあり方を示している。犬が来て、ラザロのできものをなめた。異邦人にとっては、屈辱の時である。

 そして、ラザロと金持ちは共に死んだ。死は万人に訪れる。ラザロは天国に行ったが、金持ちは地獄に落ちた。

 その時、「わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこから私たちの方に越えて来ることもできない」とアブラハムは言う。人は死後、天国か地獄か、どちらかに行く。「大きな淵」とは、人の死後、その人が行った、いずれかの場所を取り替えることができないという意味なのであろう。

 そこで、金持ちは、アブラハムに、兄弟たちへの警告のためにラザロを遣わして欲しいと願う。アブラハムは、そっけなく言う、「モーセと預言者がいる」。金持ちは、再度言う、「死んだ者の中から、だれかが兄弟のもとに行けば、かれらは悔い改めるだろう」。アブラハムは答える、「モーセと預言者に耳を傾けないなら、死者の中から生き返る者がいても、その人の勧めを聞かないだろう」。これは、何を意味しているのか。

 ユダヤ人は、「モーセと預言者」すなわち旧約を重んじ、そこに解決を求める。しかし、それは救いの過程で最終的なものではない。旧約に最終的な解決はない。「たとえ死者の中から生き返る者があっても」と語られている。それは「死者の中から生き返る」が、「モーセと預言者」を超える者であるということだろう。しかし、それは「モーセと預言者」を無視することではなく、「モーセと預言者」すなわち旧約の中で救いはあらかじめ、来るべきものとして語られているのだということであろう。だから、「モーセと預言者」に聞く者は、「死者の中から生き返る者」につまずかない、という意味なのだろう。

 こんな解釈を展開すれば、このラザロ物語は、旧約とユダヤ教への挑戦であり、それはキリスト教をそれらとは全く違うものとして提示しているのだ。と言うことは、このような文書を聖典としている限り、キリスト教はユダヤ教から分離する以外にはない。

 また、死者の復活というテーマがあり、金持ちに、ラザロ派遣への願望が語られているのだから、このラザロは教会を意味していると考えれば、そこにもまた新しい視野が開けてくるのではないか。ラザロ物語は、こうして見ると、重要な内容を含んでいるのだ。それは、貧しい人への慈悲の行為の勧めという、一般的な倫理・道徳的説教の主題というよりも、ユダヤ教に対するキリスト教の自己主張なのではないだろうか。ラザロ物語は、実は、異邦人への神の救いの摂理が始まったということ、ユダヤ教とは別の救いの道が完成したことを語っているのではないだろうか。

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2005年12月18日 (日)

近代の進展

スペインが英国に負けた
英国は米国に負けた

こうして世界最強の国が誕生
今に至っている

米国人ペリーが日本の扉を叩いた
米国人マッカーサーが日本を支配した

日米関係の中で、日本が「独立」した時
日本は米国の松明を受け取ることになるのだろうか

いや、誰もそうは考えていない
米国の次はどこなのだろうか

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神人協力

救いに関しては神人協力説は
拒否されなければならない

しかし、救いの枠の中で
神人協力はあるのかも知れない

誕生は絶対他力であるが
成長は神人協力かも知れない

パウロも言っている。
「わたしたちは神の同労者」(第一コリント3-9)

誕生と成長との関係
それがポイントだろう

成長しない魂の危機も深刻だ
神人協力説の再考の時であろうか

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日本と世界

日本はわれわれの中にある
しかし、日本は世界の一部に過ぎない

世界に目を向けてばかりで日本を忘れたら
日本の中で、どうして生きていけようか

日本と世界
東洋と西洋

両方への目配せの中で生きる
そんな人が待望されていると思う

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2005年12月17日 (土)

親鸞のこと

梅原猛著『親鸞の告白』(小学館文庫)の感想を記します。

普通、親鸞の思想を知ろうとする時、『歎異抄』を読むと思います。しかし、それだけでは誤解するだろうというのです。
「『歎異抄』は、たしかに親鸞の思想や人格を理解する入門書としてはいいかもしれないけれど、これで親鸞の思想すべてを解釈するのは困ります。これを浄土真宗の教学とするのはまちがいです」(143頁)
要するに、親鸞の主著『教行信証』によらなければだめだ、というのです。しかし、この本は難しいらしい。私も読んでいません。しかし、そのため、親鸞の信仰を誤解しているかも知れません。

歎異抄からは、信仰の喜びといったものが伝わってこないと思ったのですが、梅原さんは、親鸞における信仰の喜びを繰り返し、語っています。

「悩みに悩んだ人間が、行き詰った末に救われるという救済の体験-つまり、深い絶望の果てに信仰によって救われた歓喜が、親鸞の書物には、実に明快にあらわれているからです」(41頁)
「親鸞は、…罪と絶望の心の痛みと、救われた喜びのみを語っている」(51頁)

こういう表明は、あるいは『教行信証』にあるのかも知れません。『教行信証』の中で、親鸞は「絶望の嘆きと信仰の喜びを繰り返している」(54頁)と、梅原さんは言っています。

しかし、梅原さんは、『歎異抄』の中でも、そういう解釈をされています。
第一条に「…念仏まふさんとおもひたつこゝろのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあずけしめたまふなり」という個所がありますが、この現代語訳の中で、「そのとき以来、われらの心は信心の喜びでいっぱいになり、われらはそこから無限の信仰の利益を受けるのであります」(264頁)と記されています。「利益」という言葉に、現在の宗教体験の表現を読み込んでいるのです。私としては、なかなか、「われらの心は信心の喜びでいっぱい」というふうには読めなかったわけです。

その他、興味深い個所は多々あります。
「摂取不捨」の「不捨」には、カルバン主義の5特質における「聖徒の保持」の信仰を連想しました。これは、もし人がひとたび、真に救われた者であれば、彼は恵みから全く離れ去ることはできない、という信仰です。
それから、追善供養の考え方で、錬獄を認めるカトリックでは、同じような考え方がありますが、それを否定するプロテスタントでは、供養否定の親鸞の考え方に近いと思います。しかし、真仏土という真実の極楽浄土に対して、化身土(仮の、あるいは偽の極楽浄土、自力、あるいは他力に自力を交える行者の往生する浄土)の区別があり(34頁)、この化身土を錬獄とみれば、カトリック的思想にも近いものを感じます。

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親鸞の読み方

梅原猛氏が小学館文庫『親鸞の告白』を出しています。書店で容易に入手できます。その中で、峻烈なる問題提起をしています。私としても、これまで考えたこともありませんでした。

「極楽浄土から還ってきた親鸞」という項目があり、二点を指摘しています。

その中で、「親鸞のいう悪は親殺しという悪の中の悪というべきものであるが、『歎異抄』のいう悪人正機説は、悪の捉え方がはなはだ浅薄であるように思われる」(35頁)と書いています。これは分かるような気がします。悪人正機説の「悪人」とは、普通の人なのです。しかし、親鸞の「悪人」とは、普通の人ではなくて、本当の悪人、刑事事件における極悪人のようなもの、そんな人も念仏、それも称仏(口で阿弥陀仏の名を称えること)で極楽往生できると言ったのだ、というのです。たとえば、死刑囚が死刑執行直前に口で南無阿弥陀仏と言えば、それだけで極楽往生間違いなし、そういう意味なんだそうです。被害者の関係者の感情では、加害者を許せないという気持ちは残るでしょうが、教えとしては、そういうものなんだろうと思います。そうでなければ、ありがたくないでしょう。

それから、「二種廻向の説」に関してで、「法然や親鸞は、自らが極楽浄土からかえった還相廻向の人であることを固く信じていた」(36頁)というのです。浄土へ行くことを往相廻向、浄土へ行ったのち、またこの世にかえることを還相廻向といって、「近代真宗学ではほとんど語られない」と、梅原氏は言います。要するに、法然も親鸞も、かつて浄土に行ったことがある、ということです。こういう説には、初めて、お目にかかりました。
要するに、浄土というものを死後の場所と考えていて、人は生まれ変わり・死に変わりしているのだというのです。しかし、浄土を生存している間と考えれば、分かりやすいです。悟りを開いた釈迦が、その教えを広めていく、それは還相廻向でしょうし、悟りを開くまでは往相廻向でしょう。しかし、浄土は死後、行くところ、そして人は生まれ変わり・死に変わりしている、それを言わないのが近代真宗学の問題なのだと、梅原氏は言っています。しかし、死後というのは、生きている人はまだ経験していないわけで、経験していないことが、どうして認識可能なのか、という素朴な問題を感じます。「自分は還相廻向の人」という時には死後の認識の獲得が既に含意されているのですから。

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姉歯・元建築士の願い

テレビで、耐震強度偽装問題に関する国会中継を見た。耐震強度偽装で、最初の一歩を踏み出した姉歯・元建築士は、自分の偽装が見破られることを期待していたのではなかったか。だから、単純な、誰でも専門家であれば見破れる程度の偽装をしておいた。そうすれば、その時点で、東京支店長に、「できない」という自分の立場を説明できたはずだ。しかし、どういうことか、通過してしまった。そこから後は、「許可された」という事実が確定して、一連のシステムの中で偽装は隠されていった。
自分の間違いは誰かに発見される。それを期待している。しかし、発見されなかった。その間違いは、後日、重大な結果をもたらしてしまう。最初は、一個人の、本当に小さな決断であった。その決断が、やがて日本中を騒がしてしまう。本人は、さぞ、びっくりしたことであろう。
罪は最初は個人の心の中で起きる。しかし、やがて世界を揺るがしてしまう。その教訓を学んだ。

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2005年12月16日 (金)

親鸞の宗教体験

以前、このブログで、歎異抄から親鸞の宗教体験がどんなものか、果たしてあったのかと問題にしたことがありました。最近、梅原猛さんは、著書、小学館文庫『親鸞の告白』で、はっきり、親鸞の宗教体験について書いています。こんな個所があります。

「親鸞は現世往生-現世において阿弥陀仏に救済されたことの喜びを、ひたすら説いている。彼は『死ぬときに阿弥陀仏の来迎を待つなどというのは、信仰が足りないからだ。阿弥陀仏の救いの力を信ずる人はこの世において、すでにゆるぎない信仰を得て、心は深い喜びにひたるのである。そして、その喜びに生きる人は、もはや弥勒と同じ位となり、来迎を待つ必要はない』と述べています」(60頁)

この典拠が、どこなのかは記されていません。

その前後を参照すると、浄土信仰の原点にいる源信においては「極楽往生・死後往生」であったが、法然では、現世救済の喜びが前面に出て、親鸞は、それを徹底し、死後の世界についてはほとんど語っていない、しかし、のちになると(これは現代を含むようです)、ふたたび、死後往生の色彩が強くなった、というのです。これは重要な指摘と思います。

そのあとに、念仏で極楽往生にいけるのなら、早く死にたくなるのだが、死にたい気持ちが起きないのはどうしてか、という唯円の質問に対する親鸞の答え「早く死にたいという気にならないのは煩悩が強いからで、そう思うと、私はますます往生確実だ」に対して、梅原さんは、こういいます。
「詭弁のように思えるかもしれませんが、これはたいへんな論理です」(61頁)

「詭弁のように思えるかもしれません」の部分は分かる気がします。

思うに、宗教体験というのは、現世救済・現世往生という言葉の意味でしょう。親鸞は、その立場であったと、梅原さんは言うのです。

キリスト教では来世救済を否定することはないのですが、同時に現世救済を指すような実現された終末論というものもあり、現世救済と来世救済の両方を、ある意味で肯定しているので、問題ありませんが、浄土真宗における現世往生という視点は、梅原さんの強烈な問題提起であるかも知れません。

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呼吸

生きるとは呼吸することである
吐いて吸う繰り返しである

吐いてばかりでも
吸ってばかりでも、いけない

肉体に呼吸があるように
魂にも呼吸がある

肉体の呼吸は無意識的だが、
魂の呼吸は意識的で、祈りという

神の霊を吸い込み
それを人々に提供する

それを伝道とか言うのだが、
命の躍動が、そこにある

人は生きるためには
魂の呼吸を知らねばならない

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エクソシスト

朝日新聞朝刊(2005年12月16日)に、バチカン公認の大学で「エクソシスト」の講座が人気だという記事がありました。

以前、悪とは「善の欠如」ということで、そこには悪の積極性が出ていない、という疑問を感じたと書いたことがありました。このような考え方は、アウグスチヌスにあり、トマスにあり、カトリック教会の教えにある、ということで、カトリック教会に対する疑問を感じていたと書きました。しかし、カトリック教会の中にある「エクソシスト」は悪魔払いの専門家であり、悪魔という実体を認めていることが前提となります。まさに、悪は「善の欠如」といった生易しいものではなく、悪の主体性を、これほど認めたものはないと思います。これもまた、カトリック教会の一面なのでしょう。

記事によると、本物の「悪魔つき」は突然、知っているはずのない外国語を話す、と書かれていて、少し気になりました。初代教会で、異言という現象があり、信徒たちが聖霊に満たされて知らない外国語を話したというのです。今も、この現象はあり、この信仰を持つ教会をペンテコステ教会と言いますが、現象としては紛らわしい面があるのかも知れません。もちろん、ペンテコステ教会の信徒たちは真正のキリスト者と、私は考えております。

悪魔は、確かに聖書に書かれています。そして、天使と共に被造物でもあります。ここにもまた「善の欠如」を見るべきなのでしょうか。いや、悪魔は悪の塊なのだと見た方がいいのではないでしょうか。

若き日、評論家・長谷川如是閑は家の近くにあった福音教会のバイブルクラスに通ったそうです。その時の感想を、アメリカ人の牧師が「お伽噺のような聖書の講義をするのに心を打たれた」と言っています。21世紀の今日、エクソシストへの関心は、お伽噺とはまた違った感じを聖書に向けるきっかけになるかも知れません。深層心理学者の意見も聞きたいところです。

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2005年12月15日 (木)

ギリシャの代わり

古代ギリシャ哲学思想を抜きにして、中世は考えられない。そのギリシャがルターの実存意識の壁になったため、宗教改革により、近世は両者の分離を敢行した。
ギリシャはわれわれ日本の文化的伝統の中にはない。中世を知るにはギリシャを知らなければならないのだが、ヘブライ流の救いのために日本にギリシャを知らせることから始めるべきなのだろうか。
そうではないと思う。日本は西洋ではない、東洋である。そして、ここには仏教という思想がはびこっている。ギリシャの代わりは、仏教であり、それでいいのだと思う。ギリシャでは理性が重視された。理性の普遍性を思う時、ギリシャを学ぶことには意味がある。しかし、仏教には、ギリシャ以上の実存的問いがある。この実存的意識は、もちろん、ヘブライ宗教思想と深く関わるのである。
日本のキリスト教宣教が成功しているとは思わないが、その原因の一つはこの社会に広がっている仏教思想を無視しているためかも知れない。

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輪廻のこと

輪廻というのは「生まれ変わり、死に変わり」だという。死後の世界のことを指している。しかし、生きている人は誰も死んではいないし、死後の世界のことなど知らない。それでも輪廻という。
輪廻は、肉体において生きている間のことではないのか。もちろん、それは一回だけの経験であり、「生まれ変わり、死に変わり」などしていない。しかし、希望が生まれ、なくなり、就職し退職し、などの中で喜怒哀楽の人生は、一回の人生の中でもある。
輪廻は「私」の人生である。それから離れて、解脱とか、悟りとかの人生は他者の人生である。しかし、そこには「常に在る」という感覚がある。時間超越の感覚がある。
解脱後、それは他者の人生であり、自分の人生ではないとして、再び、輪廻に戻る選択もあるかも知れない。それは罪という選択である。なぜなら、輪廻の人生は解脱を目指しているからである。輪廻の中に長くとどまることは出来ないからである。
輪廻を死後のことと思う時、想像の事柄になるが、生きている間のことと思う時、了解するのである。

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2005年12月13日 (火)

奇跡の問題

以前、超能力や念力などの真偽問題につき、テレビで激論がありました。これもまた宗教の問題と関わりがあるでしょう。宗教的次元から、この世に飛び込んでくる出来事というのは、普通、奇跡という言葉で表現されています。ですから、テレビの激論は、言ってみれば、奇跡をどう解釈するかという問題かも知れません。

奇跡は合理性(理性に適合すこと)を超えた世界のことでしょう。昔、アリストテレスという哲学者は「人は理性的動物」と言いました。人にとって、理性は不可欠なのです。「脳死は人の死か」ということで論争がありましたが、脳死は理性の消滅であり、従って、脳死状態では、「理性的動物」としての人の「定義」を維持することが不可能になり、そこに人の存在を認めることができない、といった議論も成り立つのではないでしょうか。脳死は人の死という定義に、私は余り抵抗を感じません。

さて、信仰と理性との関係についてどう考えるべきでしょうか。合理とは理性に適合するということであり、すべてを人間の理性の支配下に置こうとするもので、学問の世界では古代ギリシャに、この立場が現れています。

一方、奇跡の世界というのは、理性を超えているのですが、反理性ではないのです。奇跡の超理性的性格は、反理性と一見、同じように見えますが、反理性ではないのです。ここで反理性を否定しないと、宗教は迷信や妄想の世界に入ってしまいます。

宗教の狙いは超能力の獲得などではなくて、理性の癒しだと思います。医者は体を癒してくれますが、人の本質は理性なのですから、体の癒しだけでは十分ではありません。理性が癒されれば、超能力を持ちたいなどという欲求は消えてなくなるでしょう。この理性の癒しこそ、奇跡の本来の目的と思います。
     
西洋合理主義の限界などと盛んに言われて、反理性の立場が宣伝されるのは危険と思います。信仰は疑念をはねつけるところで成り立つ性格を持っているので、一度、信仰の世界に入ると、反理性の事柄と超理性の事柄とが見分けがつかなくなる危険性が生まれます。

迷信や妄想を拒否するために理性の立場を重視するのは大切ですが、理性万能の世界には救いがなく、理性を超える世界を求めるのも、また人の根源的な欲求と思います。西洋では、理性がギリシャ、宗教がユダヤということで、この両者が出会い、その関係を問いながら中世が出来ました。

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断片

あえて断片にとどまろう
それにも全体の命があるから

体系の全体を知ることは
命を得る条件ではないから

体系の媒介を経る余裕はない
命の叫びは、それでは遅い

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2005年12月12日 (月)

知識と信仰

知識は信仰ではない。しかし、知識がなければ信仰もない。信仰は知識を媒介にするが、知識は信仰を生み出さない。だから、信仰を持つために学者になる必要はない。それは信仰を持つ学者の存在を否定することではない。

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文化

文化は宗教の表現なのだろう。文化の中に、奥に、宗教がある。文化は人と人との絆、そこで満足する人が多い。しかし、文化から宗教に突破して、そこから文化を見た時に、文化の真相が見えるのだろう。

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寅さんの解釈

渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」のロングランは驚異的で、昭和48年、ある雑誌(11月号)に「フーテンの寅さん」という表題でエッセーを書いた時には、思いも及ばなかったことです。当時は全国的な大学紛争も終わりはしたものの、その後遺症は続いていて、エッセーは冒頭「今の日本に希望はあるか-」という問いかけで始め、結論部分にこう書きました。

僕は日本の希望の一つに「フーテンの寅さん」をあげたい。この映画、有楽町あたりのちょっと上品な映画館には縁がなく、新宿とか浅草とか、「ねえちゃん、あんちゃん」のたむろしている映画街に、ヤクザ映画、ポルノ映画と肩をならべて上映された。ただこのことだけで、世の良俗の守護神でおわします「責任倫理的」人間は現代日本の傑作映画の一つの傍らを通り過ぎてしまったことだろう。あたかも、強盗に襲われた旅人に目をそむけた祭司、レビ人のように。
「寅さん」の人気は今や怪物並み、かつての「君の名は」に匹敵するらしい。その理由の一つは寅さんの、小説『坊ちゃん』を思わせる気っ風のよさと、映画「ジバゴ」にも及びそうな情の深さにあるだろう。しかも同時にコッケイときているから、ますますいい。この感動、いつまでも失いたくない。

この映画が渥美さんの死に至るまでシリーズとしての製作が続き、日本人に歓迎されたことには大きな意味があると思います。映画は宗教宣伝とは無関係ですが、あえて、宗教的解釈をほどこすこともできそうです。

『カトリックと創価学会』(南山宗教文化研究所編、第三文明社、1996年)という本があります。これは1995年の9月13、14日の両日、南山宗教文化研究所と創価学会の東洋宗教研究所との間で行われたシンポジウムの公式発表論文やレスポンス、自由討議の内容を一冊の本にまとめたものです。異なる宗教間の「対話」について教えられました。

その中に、こんな言葉があります。「現代の諸宗教の世界において伝統の教えを生かそうとするならば、キリスト教の宗教を述べ伝える際に、非キリスト教の真理をキリストの教えの『前段階』として認め、仏教を述べ伝える際にはキリスト教の真理を釈尊の教えの『前段階』として認める必要があると思います」(27頁)。互いの宗教の中に真理の輝きを認めるということは大切なことで、それが対話の前提ではないかということです。

そこで、寅さんの意味についてです。そこには、アウトサイダー、捨てられた者、同伴者といったモチーフがあり、これはキリスト教の中にもあるのです。風の如くやってきて、また風の如く去っていく寅さん。その風とは、人が実感の中で捉える神、聖霊を指しているようでもあります。

また、もう一つのロングランに「水戸黄門」がありますが、そこでは、黄門さまの旅姿に、神が人になるという「謙卑」、やがて黄門さまの真実の姿が現れて裁きが行われる場面では、「啓示」における真実の解決と、キリスト教の伝えるところと非常に類似しています。

仏教では、どうなのでしょうか。寅さんについても、また水戸黄門についても、仏教的解釈というものがあるのではないでしょうか。われわれが、常に接していて飽きないもの、そこに宗教の真髄が隠されているのではないでしょうか。寅さんに、また黄門さまに宗教的真理は輝いていると思われます。

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資本主義のこと

禁欲的プロテスタンティズムが資本主義の形成に貢献したと、ウェーバーはいう。その主体は特にカルバン主義の教会で、二重予定論まで持ち出している。そこに救いの確証の問題があったという。不思議な論理である。救いは、そんなに難しいのだろうか。世俗内での出世が条件なのだろうか。そうではないと思う。

別の観点があったのではないだろうか。近世は、中世の否定を貫徹しなければならない。その時、世俗的勢力としてはカトリックがあり、次に、ドイツの領主勢力と結びついたルター派があった。しかし、カルバンの改革派教会では、そんな世俗的勢力はなかった。しかし、彼らは、ルター派を中途半端な改革として否定していたから、宗教改革の大義は自分たちにあると考えていた。しかし、世俗内勢力が弱く、その勢力がないと、いつか旧勢力に潰されてしまう。その危機意識が強かったのではないだろうか。こうして、近世社会を引っ張っていったのではないだろうか。それは世俗内勢力の増大を是認するものであり、こうして宗教的な人生目的が、それに結びつくことを許したのではないか。私としては、こう考えたほうが分かりやすい。そして、この勢力は今、歴史的には米国という国を形成している。もちろん、今も、こんな「行為義認」を信奉していたら、それはキリスト教としては問題であろうと思うけれど。

要するに、近世を開いた人たちによれば、資本主義での勝者、競争社会での勝ち組が、やがて魂の救いを獲得できるのだ、ということになるのだが、そんなことはないと思う。

救いというものは苦行とか、行いによるのではないから。絶対他力という救いの道は、すべての人に開かれていて、容易に手に入れられるものではないだろうか。

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神基習合体制

近代日本は、見えない神基習合体制の時代ではなかったろうか。
近代日本とは、もちろん、明治維新から昭和20年までの敗戦の時代を指している。神基習合体制とは、神道とキリスト教との習合した体制という意味である。言ってみれば、ある人たちの解釈する国家神道の本質を指している。もっとも、これは見えない習合であり、それ以前の神仏習合のような、おおっぴらな習合を意味してはいない。もし、おおっぴらな習合であったなら、戦時中、「天皇が偉いか、キリストが偉いか」ということで、治安維持法違反で、牧師たちが詰問されるようなことはなかったろう。
この時代の体制とは明治憲法体制である。明治憲法制定に関して、伊藤博文の残した文章がある。西洋のキリスト教に代わる日本人の精神的軸になるものはないだろうか、それは皇室である、といっている。これは習合に至る示唆である。そして、国家神道体制が生まれた。その本質に関して、ある小説が、主人公の発見の驚きと共に、描いている。堀田善衞氏の『若き日の詩人たちの肖像』である。集英社文庫の下巻の319頁以下に書かれている。平田篤胤が神道の中にキリスト教を引っ張り込んだ、というのである。これは、よく知られた話である。
「近代を超克するというのなら、まず平田篤胤あたりから超克してかからなければならぬだろうと思う。超克どころか、この戦時中の現在こそが、まさにその『近代』の典型か、その結論のようなものではないか、と思う」(324頁)と、主人公は考えた。戦時中、「近代の超克」というテーマで座談会が行われたことを指しているのだろう。卓見ではないだろうか。
国家神道による戦争と、その罪過に、キリスト教会が他の宗教団体とは違って特別に責任があるとは思わないけれど、国家神道に利用されたという指摘は、考えておく必要はあると思う。

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感動を追求する人生

人間は経験を糧にして成長する
だから何を経験するか吟味しなければならない

最高の経験を感動という
だから、感動を追求する人生が最高の人生だ

では、どこに感動があるのか
本の中に、音楽の中に、それはある

目と耳を通して
感動を追い求めよう

一人がそうするなら、波紋が広がり
やがて社会全体に感動が満ち溢れるだろう

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2005年12月11日 (日)

永遠の哲学

 哲学を、どのように勉強するか。それは、自分で一人の哲学者を選ぶところから始まる。そして、その哲学者を中心とした対話を続けていくことである。その中に哲学の楽しみが、やがて現れてくる。 哲学というのは、人生最大のテーマについて思考実験をすること、考えること、考え続けることである。それは、人生におけるさまざまな判断、決断、決定のために意義がある。
 哲学者とは愛智者である。そして、愛智者とは、真理を求める人、真理を呼吸する者である。真理は愛智者のもとに来たり、そして離れていく。インスピレーションとともに真理は愛智者を訪れ、そして、愛智者が真理を表現することによって、真理は多くの人々によって共有されるものとなる。人は真理によって生きる。
 どんな哲学がよいかと言うなら、それは各人が決めることである。私の推薦は「永遠の哲学」である。すなわち、中世スコラ学であり、なかんずくトマス哲学である。これはアリストテリコ・トミズムとも言われる。一般的に、トマスよりアウグスチヌスの方が関心が高い。トマスは教会の御用哲学のようにみなされ、教会の信仰の前提がないと、なかなか読めないからである。しかし、われわれ東洋人が、この点で理解を示すことができれば、西洋文明に対する価値あるメッセージを発信できるはずである。
 ところで、アリストテレスは近世の初め、受難にあった。自然科学の挑戦を受け、その不備が指摘されたからである。この窮地からアリストテレスを救わなければならないが、どうするか。ここで、神学、哲学、科学の関係を考えよう。
 「永遠の哲学」という言葉はある。しかし、「永遠の科学」といった言葉はない。科学は発展するからである。アリストテレスの科学が古くなっても、それによって彼の哲学が古くなってしまうということではない。アリストテレスの「権威」がトマスを媒介として教会に結びつき、その結果、彼において変化すべき、科学的知識の領域が権威的に固定されてしまった。ここに問題があった。科学的知識に権威といったものはない。従ってアリストテレスの科学的知識を権威化したのは間違いであった。科学的知識というものは本来、そのような性質のものではないのである。
 もちろん、アリストテレスもトマスも、権威化されて、鸚鵡返しのように繰り返すのは、哲学精神ではない。そのような態度があったので、中世哲学に対するラッセルの批判があったのだろう。また、現代人であれば、実存哲学を考慮しないではいられない。それらを傍らに置きつつ、自ら思索していけば、この「永遠の哲学」は真実の満足を与えてくれるであろう。それはまた、「新しき中世」の哲学でもあろう。

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悪について

 悪の問題の解明は人間の最も根源的問題の解明である。性善説と性悪説とがあり、どちらが正しいのかといった問題提起もあろう。
 私はアウグスチヌスに関する本を読んでいて、彼の中に矛盾があるのではないかと思ったことがある。それは彼の中に「善の欠如」という悪の定義があり、そこには悪の積極性といったものが不十分に思えたためである。当時、私はプロテスタントであった。悪に対するアウグスチヌスの説明には何か割り切れないもの、これはキリスト教の教説ではないのではないか、といったものを感じた。この問題は、その後長く私の中で未解決問題として残った。
 後期アウグスチヌスの恩恵論、ペラギウスへの反駁論はプロテスタンチズムに直結する。救われるための人間の功績を完全に否定したのである。このような文脈の中では、アウグスチヌスの「悪についての説明」は不思議な響きとして印象づけられる。
 実は、この不思議な響きの中にこそカトリシズムが存在しているのであろう。であるがゆえに、アウグスチヌスを論じることはエキュメニズムを論じることに繋がる。アウグスチヌスはプロテスタントの教父であると共にカトリックの教父でもあるのだから。
 カール・バルトは「聖霊とキリスト教生活」の中で、アウグスチヌスの中に自然的価値の残存があり、これはトマス・アクィナスの中にも受け継がれているとして、この両者を批判している。この個所は、実は非常に重要に思う。ていねいに一歩一歩、理解を深めていかねばならない所である。もし、この批判が救いに関して言われるのであれば、カトリック教会もバルトと同じように、アウグスチヌスを否定しなければならないであろう。しかし、罪を犯した人間は、それでも人間なのである。そして、存在している限り、「善」なのだ。バルトの主張の中には、この事実を弱くするか、見えなくする危険性はないだろうか。
 ここで、エチエンヌ・ジルソンの言うところに耳を傾けよう。
「原罪はどのような結果を人間性の善に生じたかということが問題になるとき、われわれはまずこの善とよばれるところのものを規定しなければならない。じっさい、この善とよばれるものは、三つの異なったものを意味している。第一にそれは、人間性そのもの、すなわちそれの構成的諸原理から生じて、理性をもつ生活体として定義されるところのものである。第二にそれは、人間が善に対して感じる、そして善なるものは一般にそれ自身の善を含有しているから、それなしには人間が生存することもできない自然的傾向性である。第三に、人間性の善とよばれるものは、人間が神から創造のさい与えられ、したがって恩寵としてうけた原本的な正義の賜物である。この最後の意味に解されるとき、人間性の善はその本性の一部分ではなく、それに付加されたもの、したがって原罪によってまったくなくされたのである。第二の意味に解されるとき、人間性の善は真実にその本性の一部分を形成し、したがってなくされることはなく、ただ減ぜられるのみである。すべての行為はある習性のきざしを生ずるものであって、最初の邪悪な行為はさらに邪悪な行為をなす性向を生みだし、かくして善に対する人間の自然的傾向性を弱める。しかしこの傾向性は、それにもかかわらずなお存続して、すべての善の獲得を可能ならしめるのである。最後に、本来の意味における人間性、すなわち人間の本質そのものはどうかといえば、「人間性の原本的善は罪によってなくされることも、減ぜられることもない」(primum
igtur bonum naturae, nec tollitur, nec diminuitur per peccatum.) のである。このことを否定することは、人間が人間でなくなりながら、しかもなお人間であることを認めるものにほかならないであろう。それゆえ、罪は人間性になにものも付加することもなく、また人間性からなにものも除去することもない--『人間にとってその本性であるものは、罪によって人間から除去されることも、また人間に与えられることもない』(ea enim quae sunt naturalia homini, neque subtrahuntur neque dantur homini per
peccatum.) 人間の形而上学的規定は不変であって、たまたまそれにおこる諸偶有性には依存しないのである」(『中世哲学の精神 上』167-168頁)
 この罪の問題がプロテスタントとカトリックを分ける重要点であることを、ジルソンはこう指摘している。
「キリスト教世界は、その本性が罪によって壊敗されているものであると一般に考えられているが、そのように考えられがちであるのは主としてルター、カルヴィン、ヤンセニウスの影響によるのである。しかしかれらの眼によってキリスト教をみることは、トマス説の--あるいは真正のアウグスティヌス説さえもの--とはまったくことなった光に照らしてそれをながめることである。じっさい、聖アウグスティヌスほど、堕落した世界を無価値であると考えなかったものは他にない。まず第一に、そのように考えることは、かれの形而上学的原理の禁ずるところであろう。悪は善の壊敗にほかならず、そして悪はこの善においてのほかは存在することができないのであるから、悪が存在すれば、善もまた存在するわけである」(『中世哲学の精神 上』164-165頁)
 こういう説明で、初めて、アウグスチヌスの一見、矛盾と見えるた部分が理解できるのである。

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哲学への招待

私と哲学との付き合いは、どこから始まるのだろうか。振り返ってみるに、私は小学校の高学年の頃に、「探求」の心を起こしている。教室で、立ち上がり、教科書を読み始めたが、何か、声が震えていた。理由は分からなかった。ただ、自分で制御できない心というものを意識した。これは倫理的探求の最初であったかも知れない。その時は、もちろん目的に神という言葉を意識していなかった。そして、小学校卒業記念の文集に、私は自分の名前とともに「考える」という言葉を書いた。パスカルの「考える葦」のことを考えていた。人間にとって、これが一番大切と思ったからだ。ふと思いつき、文集に書いた。この文集の一件も、私の人生において、哲学との結びつきを示しているかも知れない。
 
私の哲学専攻は非常にあいまいな、ぼんやりしたものだった。大学時代、哲学とは何かについてさえ、私は明確な答えを持っていなかった。ただ、個別学問に自己限定することに何か対抗を感じていた。心理学も当時は個別科学と思っていた。本当は自分の心を理解し、統制したいという気持ちがあったのだろう。

しかし、今は、こう言おう。哲学とは世界観、人生観の構築である、と。そして、これは、われわれが有意義な人生を送るためには是非とも必要な精神的作業である。

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2005年12月10日 (土)

無教会主義の意義

「無教会主義的キリスト教が教会史の最後を飾るべきキリスト教の形体であることは或は歴史そのものが流れ終って、教会史がその終りに達する迄、確かめられぬ事柄であるのかも知れない。我々として知り得ることは、キリスト教は既に全世界に宣べ伝えられ、その最後に位置した日本に於てカトリック、プロテスタントと並んで無教会キリスト教が第三の独立の地歩を次第にかためつつあるという客観的な事実である」
(「関根正雄著作集」第二巻21頁)

「事実プロテスタントトが充分実践的に正直に行動すれば、教派の分裂は論理上当然なのである。それが事実上起らないのは、多くは愛の名において折中妥協しているからではなかろうか」
(「関根正雄著作集」第二巻337頁)

矢代静一氏は無教会について、次のような批判をしている。「儒教あるいは武士道が現代人にどんな意味があろう」という点は、私は同感できるのだが、藤原正彦教授は武士道再考を訴えている。
「言うまでもなく、カトリックとは、ギリシャ語で普遍的という意味である。世界宗教だ。一島国である日本の土俗宗教ではない。従って日本的キリスト教というのはあり得ないと、ずっと自分に言いきかせてきた。これは内村鑑三に疑問をもっていたせいかも知れない。それはまず、無教会主義という日本的キリスト教があってよいのかという考えが根本にあったからである。内村の生きていた時代には、たしかに儒教精神や武士道魂が日本人の内奥には棲んでいたことだろう。けれど、内村の儒教的武士道的キリスト教は、当時の一部の知的日本人には共鳴を呼んだかも知れないが、現代の、つまり私がキリスト教と真剣に取組むようになった頃には、儒教並びに武士道を、イエスの生き方と結びつけるのはもう無理だった。つまり、当時の私は、内村が毅然とした人物であることは認めたが、結局のところ無教会主義なるものは、日本的求道者内村個人の聖書読みであり、イエス観にすぎないと自分に言いきかせたものである」
(「螺旋階段の上の神」河出書房新社、206頁)

私は、「日本的キリスト教の試み」というのは大切な視点と思います。遠藤周作氏も共感されると思います。それはおかしな・あやしげな、異端的キリスト教を創造しようという意味ではありません。正統的で日本的、それはありうるのではないでしょうか。矢代氏はカトリック信者でしたが、内村の問題提起は、今も多くの人々を魅了していると思います。

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富永仲基

富永仲基(とみなが・なかもと、1715~46)のことは、最近、初めて知りました。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと13』(479頁)に紹介されています。

「仲基は、大乗仏教(日本仏教)は真に釈迦の教えを源流としているかという点を考え、ついに釈迦の教えではないという結論を出した」というのです。彼の著書『出定後語(しゅつじょうごご)』の出した結論は、「大乗仏典と称せられる経典が、釈迦の教説と無縁のもので、しかも釈迦没後五百年後に創作されたものだとしたのである。つまり仏教でないとした」とのこと。

司馬さんは「私は、仏教徒である」といい、この説にどう対応したかというと、こう言っています。「仲基の説を読んで当惑はするが、反論する能力はない。現代のいかなる仏教史学者といえども、これに決定的な反論を加えることができないほど、堅牢な実証と思索の上に立っているのである」と感想を記しています。
この人は、31年の短い生涯であったそうです。

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創価学会の「宗教改革」

  かつて創価学会が日蓮正宗から分離した時、創価学会系の雑誌に「宗教改革」という言葉を見つけたことがありました。これは、もちろん、西洋の16世紀に起きた、キリスト教の宗教改革を指しているのでしょう。
  西洋の中世はキリスト教一色で、聖職者階級が支配していました。帝国の国教だったからです。そこからルターが出てきて、ローマ・カトリックという西洋中世のキリスト教に対抗して、プロテスタントという新しいキリスト教を生み出していったのです。 
 しかし、宗教改革がすべて正しく、中世教会がすべて間違いという前提に立つと、教会の歴史を叙述していくのが難しくなってしまいます。帝国の中で公認宗教になった、国教になった、そういう歴史的経緯を「間違い」と断定する歴史観がプロテスタントの中にはありますが、皇帝の決定に教会は反対できたのでしょうか。宗教は教団を形成します。そして、教団は歴史的存在で、それを否定することはできません。ただ、間違いであれば「謝罪」する道だけが残されています。ヨハネ・パウロ2世が、21世紀を迎えるにあたり、過去のカトリック教会の間違いを謝罪したように。しかし、過去の歴史的事実を否定することは出来ません。
 さて、ルターの宗教改革は教派を生み出していったのです。キリスト教の場合には、ニカイア信条によって分裂は避けるべきものという意識があります。しかし、宗教改革に端を発したプロテスタントの歴史は教派・分派を後から後から生み出していったという歴史を持っているのです。しかし、それではいけないということで、プロテスタントの中から、教会一致運動というものが生まれて、教派主義というものを克服しようということになったのです。しかし、教派主義というものは宗教改革の原理に隠されていたものでした。
 こんなことを考えていると、創価学会が、宗教改革を持ち上げるのは、ただ、ローマ教会に対抗して、自分たちの運命を切り開いていったプロテスタントの英雄的生き方を参考にしようということで、その後の教会史の冷静な評価から宗教改革を見ているのではないのかも知れません。
 もう一つ、創価学会のよく引用している言葉に「人間主義」という言葉があります。宗教改革時代に「人間主義」という言葉を使うとしたら、それはルネッサンスの賛美になってしまいます。それは宗教改革の神中心主義に対抗した別の流れの賛美を意味するのです。しかし、神という言葉のない創価学会の場合に「人間主義」というものは、最も高い価値を表す言葉なのでしょう。造られた世界の中で、人間が最高というのがキリスト教の教えでもあるからです。神を肯定し、同時に人間を肯定したのは、宗教改革時代のプロテスタントでもルネッサンスでもなく、中世のキリスト教(ローマ・カトリック教会)なのでした。創価学会の「人間主義」に対して、対抗的意識を覚えるのは、創価学会が持ち上げている宗教改革の宗教(プロテスタント)で、そのプロテスタントが戦ったカトリック教会の場合には、ヒューマニズム(人間主義)という言葉に、それほど抵抗を感じないのです。

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2005年12月 9日 (金)

仏教理解のために

仏教理解のために、大変参考になった本があります。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと13』の中に、「叡山美術の展開-不動明王にふれつつ」があり、そこに簡潔に書かれています。釈迦が、その後の仏教、大乗仏教をどう見たかなど、著者の想像的感想をまじえて、書かれています。
それにしても、宗教は、解脱にしろ、救いにしろ、手段を明らかにしなければ、だめなんだ、ということを認識しました。釈迦が解脱したといっても、普通の人にも適用されうる解脱の手段が提示されなければ無意味なのだということであり、このへんに大乗仏教の原点があるようです。宗教にとって、その目的に至るための手段は大切です。

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2005年12月 8日 (木)

ウェスレーの教会観

ジョン・ウェスレーの両親、サミュエルとスザンナは二人とも非国教会から国教会への改宗者である。初め、サミュエルが改宗し、妻がそれに続いた。サミュエルは非国教会の立場が正しいと主張しようとして、論戦の準備中、国教会に鞍替えしたのである。彼の改宗の動機が何であったか、今の私には定かではないが、ここに教会論があったと見たい。

私はジョン・ウェスレーの教会観は、この両親の教会観を踏襲しているのではないかと考えている。それはイギリス国教の教会観、すなわち「一・聖・公・使徒継承」の教会観である。彼が、晩年、あくまで国教会に止まり続けたのも、この教会観に固執したためではなかろうか。

ウェスレーの創始になるメソジスト教会には「教会論が弱い」という指摘が、よく聞かれる。メソジスト教会の本質は運動である。従って、どういった教会を打ち立てねばならないかといった議論は本質的になじまないところがある。救い、きよめといった関心は個人主義的、心理的な傾向を持つ。そこから教会論、見える教会とはどういったもの、どうあらねばならないかといった議論は二義的、相対的なものになってしまう。

これは何に由来するのだろうか。ウェスレーの中では、教会というものははっきりした姿をもっていた。しかし、彼の弟子らの間で、イギリス国教からの分離問題が起き、実際に分離してしまった後、国教会の教会観である「一・聖・公・使徒継承」を受け継ぐことができなくなってしまった。少なくとも、国教会がいうところの「使徒継承」ではなくなってしまった。その結果、教会観が少しぼけてしまったということではないだろうか。

以上は私の感想だが、最近はウェスレー研究も充実しており、すでにこの問題では定説があるのかも知れない。

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駅伝型人生

人生は、複数の選手が、それぞれある区間を担当して走る駅伝に似ている。先人の遺産を学び、それを現代に翻訳、生かし、後世に伝えること、これが人生のすべてであり、駅伝が示唆している。大切なのは、バトンタッチである。誰からバトンを引き継ぐのか、そして、誰にバトンを渡すのか。バトンを渡す相手は、そのうちに現れるであろうが、バトンを受け取る相手は、すでに存在しているのだ。

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哲人王

哲学の歴史にソロモン王(在位BC967ころ~BC928ころ)は登場しない。しかし、彼は愛智者であったことは、彼の即位にかかわる神への嘆願により、また彼の著として知られる「コヘレトの言葉」などで知られている。従って、愛智を意味する哲学とソロモン王とは無関係ではない。哲学の歴史で、このソロモン王に注目されないのは何故なのだろう。時代を考えれば、哲学はギリシャ発ではなくて、ソロモン王発ではなかったか。しかし、ソロモンの場合は単発で終わったが、ギリシャの場合は歴史を形成していったことの違いは大きい。
哲人王とはプラトン(BC428,7~BC348,7)の理想であった。しかし、その理想はソロモンにおいて既に実現されていた。彼を想起すればよかったのだ。元型は「かなたに」ではなくて、「こなたに」あったのだ。プラトンが哲人王の出現を求めた理由を考えてみると、哲学の彼岸性に対する反動があったのではないか。政治は優れて此岸的なものなのだから。あるいは、ソロモンの存在をプラトンがどこかで知ったのであろうか。ソロモンはプラトンの願った哲人王であったのではないかと思う。
時代の順序を捨象すれば、ソロモンはギリシャとユダヤの伝統の融合の象徴であり、彼の中に両者の伝統が出会っている。日本の中で、このソロモンに相当する人物を探せば、聖徳太子だろう。

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霊魂の実在

永録12年(1569年)、織田信長の面前で、有名な宗論が行われました。キリシタン側にはフロイスとロレンソ、仏教側には日乗上人が立ち、霊魂の問題を議論したのです。日乗上人は刀を抜いて、「霊魂を見せろ」と叫んだといいます。
キリシタンでは、人の霊魂の実在を認めて、霊魂こそ大切として、その死後の救いを強調していました。しかし、仏教では来世は認めても、霊魂を認めないのです。釈迦は涅槃経の中で霊魂を否定しています。従って、後生はないはずですが、大乗仏教の中では後生を認めています。
「仏教は六道輪廻を説きながら、人間は死ねば四大(地水火風)となって消えるともいう。輪廻する主体は業(カルマ)であって、人間の意識は輪廻にはあずからない。それでは現世でどんなに悪事を働いても来世とは意識の上でのかかわりあいがないのだから、かまわないではないか、という考え方も成り立ち得る。その場合、道徳は根拠を失う。仏説はこれを『断見』と呼んでしりぞけるが、仏説中のもっとも難解な部分である」(『死の日本文学史』中公文庫、376頁)と、著者の村松剛は言います。この「断見」は、どこか「浄土真宗の「本願ぼこり」を思わせます。
この魂の教えは、仏教ではない、別のところから来た、と村松さんは言うのです。
「日本人はそれまで千年以上にわたって仏説にはなじんでいながら、魂の実在についての信条はじっさいには守りつづけて来た。『たま』への古代信仰は、陰陽道の魂魄の理念によって支持、補強されている。仏教もついにこの古い信仰には、手を触れ得なかったのである。霊魂をみとめるキリシタンの教えは、古代いらいのこの日本人の信仰に、論理をあたえたともいえる」(前掲書、378頁)。
このキリシタン時代の最大の知識人と言われる人に不干斎ハビアンがいました。彼は『妙貞問答』という書物を書いて、「魂の存在を前提としなければ後生はない」と主張するのです。仏教でも、源信の浄土教は「厭離穢土、欣求浄土」の思想ですし、法然、親鸞にしても、その教えを受け継いでいるのですから、そこには「魂の存在を前提とした後生の救い」の教えがあると思います。
葬儀などでは、霊魂は、今、一般的に認められているのではないでしょうか。しかし、「釈迦は涅槃経の中で霊魂を否定しています」といいます。釈迦の教えは果たして、どうだったのだろうか、と新しい関心が湧いてきます。

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敗戦の原因

太平洋戦争の敗因の原因は何であろうか。司馬遼太郎さんなら、日露戦争の勝利の中に潜んでいたというだろうが、和辻哲郎は『鎖国』という本の中で、敗戦の真の原因が秀吉の時にあった、秀吉が原因を作った「鎖国」にあると示唆しています。 

武士の歴史は大政奉還で終わり、「鎖国」も「開国」に変わって、日本社会も近代に以降します。幕末維新には「無理」があり、その無理がたたって、昭和20年の敗戦にまでなったとすれば、あの敗戦の本当の原因を作ったのは、徳川三代将軍・家光の「鎖国」であり、その原因は秀吉のキリシタン禁止の処置と言うのです。鎖国によって日本人の視野は狭くなってしまったからです。

もし、キリシタンを排除しなかったなら、日本には内乱が起きて、フィリピンなどのように植民地になってしまうかもしれなかったという意見もあり、秀吉の禁教令を是認する人もいるのですが、和辻は、日本は、そんな軟弱な国ではないと言うのです。日本の文化は、植民地化を阻止する力になったと思います。

日本は日本でいい。いや、日本でなくてはならないと思います。しかし、どこかで世界を考えなければいけません。世界と日本、この二つの軸の中で、政治家にはバランスのとれた考え方をして欲しいと思います。

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2005年12月 7日 (水)

エンヤさん

歌手のエンヤさん
お城に住んで
美しい自然に囲まれて
時々、その美声を世界に響かせる

天才の登場には美的・自然環境が不可欠と
そういう数学者もいて
初めて知った、お説なのだが
エンヤさんの調べの美しさを納得した

そこで、我が家の周囲を見て
うなだれた
転居しなければ
才能は死滅してしまう

そんなに、たいして才能があるとも
思えないのだが

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先祖供養

われわれは、先祖を大切にするという気持ちがなければ、子孫を期待できないのかも知れない。自分で選択したのではないが、生まれ落ちた瞬間、われわれは関係の中に置かれている。先祖への心がなければ、子孫に伝えるものもない

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比較

比較がなければ、心はずっと生きやすいであろうに。不幸はすべて比較から生まれる。しかし、比較がなければ生きがいもないかも知れない。これが俗世の実態である。

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2005年12月 6日 (火)

人生の達人

以前、テレビで十戒という映画を見ました。シナイ山の山麓で、羊の世話をしていたモーセが、山の中に「燃える柴」を発見して、「あれは何だろう」と好奇心にかられて、見にいき、神に出会うのです。神に姿はないのですが、言葉としてモーセに語りかけ、同胞をエジプトから脱出させよという使命を与えるのです。その後のモーセの生活は一変して、いろいろな奇跡とともに、エジプト脱出は成功するのです。これを見て、思いました。

モーセは、羊の世話をしている時も、きっとエジプトで苦役に従事している同胞のことを思い続けたのです。そのために、神に出会って、まず、「何故、我が同胞は苦しんでいるのか。何故、あなたは我が同胞を解放してくれないのか?」という言葉が出てきたのです。私たちが日頃、無意識の中で何を考えているか、それが大事です。そこに、私の、そしてあなたの「可能性」があるのです。

あの「燃える柴」での、神との出会いは、モーセの生涯を変えた大きな出来事でした。その時を境にして、彼の人生はすっかり変わってしまったのです。般若心経の中に「色即是空」「空即是色」という言葉があります。モーセの生涯の前半に「色即是空」、後半に「空即是色」の世界を感じます。

今、私たちの周囲は情報・知識の洪水です。その中で、どう生きていくかを、私たちは常に問われています。ここに、私自身の「問い」と「答え」の持つ意味があります。それが、私の可能性だからです。そして、その中でキーワードが見つかった時に、この情報・知識の洪水が取捨選択されていくのです。

このキーワードの発見のためには、生活の中での試行錯誤や仮説という手段なども必要かも知れません。生活の仕方、意識の持ち方で、まず軸足を決めるということです。あるものを選択するということは、別のものを捨てるということです。軸足が決まると、そこで自然に選択がされていくのです。この流れを見つつ、人生の目的、生活の目標を、出来るだけ錐のように一点に絞り込んでいけば、何をすべきかの展望が開けてくるのではないでしょうか。

また、仕事の仕方、技術を見つけなければなりません。そこでは、情報・知識を動員していくことになります。その動員する主体が知恵とすれば、「知恵とは情報・知識を具体的活動にしていく能力である」ということになるでしょう。とにかく、この知恵がないと情報・知識の洪水の中で溺死してしまいます。

生活の中で、常に、私自身の「問い」と「答え」を自覚していなければなりません。その自覚がなければ、人生の達人にはなれないように思います。

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プロジェクトX

NHKの番組「プロジェクトX」。中島みゆきさんの「地上の星」で、その意図を知り、共感を覚える。

司馬遼太郎さんの本が、今も作られている。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと』も13巻目が出ている。全部、買っている。

司馬さんの事業もまた、「プロジェクトX」だったのではないか。無数の無名の人々が登場して、みな、われわれに感動を与えてくれるのである。

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世俗内禁欲

近世、修道院を廃止して、その禁欲的生活を世俗の中に移し、その世俗内禁欲のエートスが資本主義をつくった、その刻苦勉励的・禁欲的生活というものは、救いの確証という目的を持っていたのだと、マックス・ウェーバーはいう
さて、修道院の禁欲的生活というものは、外面的には確かに禁欲的に見えるのだが、最後の救いの確証を目指しているといった喜びのない生活であったのだろうか。そうとは思えない。そこでは聴くことの喜びがあり、その喜びのための禁欲的生活であったのではないか。禁欲は、喜びが自然にもたらした生活態度であり、得られるかどうか分からない喜びのための禁欲的生活というのは、少し違うように思う。
世俗内禁欲的生活というものは、生活の武装のように思える。宗教改革が始まり、旧勢力からの巻き返しも起きて、宗教改革の歴史を生きるために、どこかで定点を築く必要が出来た、その定点がルターをなお中途半端と批判したカルビニズムなのだろう。世俗内禁欲的生活というのは、近世への移行を決定的にするための戦闘態勢のように思える。

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2005年12月 5日 (月)

ジュピター

ラジオで、モーツアルトの音楽の話があり、「交響曲ジュピターでは、ちょっと違うモーツアルトを知ることができる」と言っていました。少し、気になっていて、モーツアルトのCDを買い、ジュピターを聴きました。確かに、それまでのモーツアルトの調べと違っていました。何か、ベートーベンを聴いているような感じで、彼の「英雄」に、どこか似ていると思いました。モーツアルトの別の一面を見たように思いました。

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南無

南無という言葉がある。日本仏教では、南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経という言葉があり、われわれにはなじみ深い。その「南無」である。井上洋治というカトリック神父が、この言葉に興味を覚えて、『南無の心に生きる』(筑摩書房)という本を出している。「南無アッバ」という言葉も作っている。もちろん、神父の造語である。アッバとはイエスの祈りの冒頭の言葉で、父(なる神)を指している。

さて、南無とは、どういう意味なのだろう。この言葉はサンスクリット語に由来し、その意味は「帰命」、「帰依」、「信従」を意味するのだという。だから、南無阿弥陀仏は阿弥陀仏に帰依する、南無妙法蓮華経は妙法蓮華経(法華経)に帰依するという意味になる。ところで、阿弥陀仏は文字通り仏であり、悟った人という意味である。だから、人格である。しかし、一方、南無妙法蓮華経は一つのお経である。

部外者が思うに、帰依すると言った場合には、やはり「人格」に帰依したい。その意味では、南無阿弥陀仏の方に共感する。南無妙法蓮華経をキリスト教的に翻訳すれば、「南無ガラテヤ書」であろうか。ルターのガラテヤ書偏愛と、彼が、ヤコブ書を「わらの書簡」と言ったことを思う。もちろん、こう唱えることで、信仰の純粋性、その正統さをアピールすることは出来るが、同時に、それは論争的なものが背景にあると容易に連想させる。南無妙法蓮華経にも、法華経第一という価値観、その信仰の表明があるのだろう。

南無は素晴らしい言葉と思う。キリスト教信仰の中で、「南無アッバ」を唱えようか。いや、私は、まだ、そこまでいっていない。「南無イエス」はだめである。イエスは人なのだから。「南無キリスト」もだめだ。キリストは一般名詞で、救世主を信じると言ったって、そこでは、救世主が特定されていないのである。やはり、イエス・キリストという名前に帰依するというのが、一番ふさわしい。だから「南無イエス・キリスト」なのである。

今、普通に「イエス・キリスト」というけれど、本来の意味を考えたら、とんでもないことである。これはキリスト教信仰の中でのみ唱えられる信仰の言葉だからである。この信仰に帰依するということで、「南無イエス・キリスト」なのだ。キリスト教徒でない者たちが、イエス・キリストなどと言う必要はないのである。まして、キリストなどという言葉を使う必要はない。あの人の名はイエス、それで十分である。

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活動と観照

「中世人の生活は、人生は意味があるという確乎とした信念によって貫かれていた。すなわち、人間は至福なる直観をもって神とあいまみえるべきものである、との信念がそれであった──ランツベルクは中世的世界の叙述をこのように進めている。時間のうちなる生命とは変化・運動のことであるが、そもそも、自らのうちにそのまったき意味を有していないものにしてはじめて、動くのである。では、もしもわれわれが自らの意味をまったく自己のうちに有し、より高い善への予感によって動かされているのでなかったならば、どうしてわれわれが動くことがあるだろうか。また、休息・静止というものがなかったならば運動もなかったであろう。けだし静止こそは運動の能動因であり目的因であるから───つまりそれは運動を呼びおこすと同時に、運動がそこへと行きつくべき終点である。しかるに、静止は、その法則が成就された場合には永遠の静止となる。ここからして内的生活は必然的に永久の静止へと向かって動き、そこにおいて自らの意味を見出す。この永遠の休息が幸いなる直観にほかならないことを悟るためには、われわれがなにか意味あるもの──人間であれ神であれ──を、愛のまなざしをもってみつめるとき、そのときわれわれはこの上なく幸福で完全、かつ静かな時を経験するということに着目すればよい(この経験は有限ではあるが、生き生きとしたものである)。人間の最高の可能性は活動的生活のうちにではなく、むしろ観照の生活のうちに秘められている。この点において東洋、古代、中世は一致しており、これにたいして近代世界はプロテスタンティズムの影響の下に、運動をそれ自体で目的と見なす傾向を示している。」
 (「崩れゆく壁」J・エスタライヒャー著、春秋社、218-219頁、パウル・ランツベルクの項)

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ヒルティーのキリスト教理解

 カール・ヒルティの『幸福論』には、キリスト教の論争に関するコメントが、それとなく平易な言葉で挿入されている。余りにも保守的なプロテスタントには、少し意外と思われるようなコメントもあるだろう。
 例えば、二重予定論については、第三部(岩波文庫)の203-204頁に、またファンダメンタリズムについては、同216-217頁に触れられている。いずれも否定的、批判的な内容である。
  また、アメリカのリバイバルのやり方についても批判的であり、第三部の320-321頁には、「アメリカ流の『信仰復活派』の売名的なやり方は、決して永続性ある宣伝にはならなかった」と言っている。これが何を意味しているか分からないが、戦後の日本に、ビリー・グラハムの大衆伝道は大きな足跡を残したと思う。彼と同じ教派の中では批判的動きもあったが、多くは賛同したと思う。

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モンテーギュ学寮

 西欧近世史に関心を抱くものは、パリ大学モンテーギュ学寮に引きつけられる。というのも、ここにジャン・カルヴァン(1509~1564)とイグナティウス=デ=ロヨラ(1491~1556)が学んだからである。恐らく、この二人くらい、西欧近世史に強い影響を与えた人物はいない。宗教改革はルターが始め、カルヴァンが引き継いだ。カルヴァンの信仰を継承している改革派教会には、ルター派の改革は不十分という意識があり、改革派教会こそ宗教改革の徹底という自負がある。であれば、反対宗教改革のロヨラとカルヴァンは対極関係にある。

 『カルヴァン』(渡辺信夫著、清水書院)は、当時のモンテーギュ学寮に触れている。
 14歳のカルヴァンはパリに行き、大学で学ぶ。大学(ユニヴァシティー)はたくさんの学寮(カレッジ)の集合体であり、彼が二番目に入った学寮がモンテーギュの学寮であった。その理由は不明。この学寮は最も保守反動的であったと、著者はいう。

 宗教改革は1517年以来ドイツで進んでいたが、フランスにも、その波が押し寄せてくるとして、カトリック教会は宗教改革を論駁する理論闘争の担い手を養成し始めた。この活動で、フランスではノエル=ベディエ(~1537)は指導的人物であったが、その人物がモンテーギュ学寮の長になったのである。彼が学寮長を退いた後も、この学寮は彼の姿勢を続け、学生らに中世哲学と神学とを叩きこんだという。

 カルヴァンは、おとなしく勉強する優等生であり、1528年には文学士の称号を得て卒業している。ほぼ、同じころ、ロヨラがこの学寮で学んでいた。著者は「イグナティウスはモンテーギュで叩きこまれた型に全くはまりこもうとし、カルヴァンはここで教えられたことを踏み越えて自己の信仰と思想とを形成した」(前掲書 21頁)という。

 一体、モンテーギュ学寮での教育は、どんなものであったのか。ロヨラは、そしてカルヴァンは、この学寮をどう思っていたのか。そして、お互いを知っていたのか。

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2005年12月 4日 (日)

美しい神

神を美と結びつけて考えたことはなかったが、これは間違いであったかも知れない。神は、通常は罪の許しと共に思考されている。啓示の側面である。それが中心で、そこがなければ、神の論議は、すべて意味がない。しかし、別の面もあるのではないだろうか。自然神学的側面である。その側面は、啓示とは区別されるが、否定され、排除されるものではない。
こうして、「美しい神」という考え方もありうるかも知れないと思った。美は、人間を動かすものである。ドストエフスキーに、そんな言葉があったかも知れない。人は美を求めている、といってもいい。であれば、第一原因でもある神が、美をもって人間たちを動かしている、とも言えるのではないか。その側面から神を考えることも許されていいのではないか。
ポール・ジョンソンは『神の探求』(共同通信社)の中で、聖トマスの主張には、絶対美としての神という考えがあるとして、天国では、この神の絶対美を知ることが出来る、という。「天国で何よりも私たちを恍惚とさせるのは、神自身の美である」(116頁)。
男性は女性の美人に遭うことを喜ぶであろうが、そんな美の最高のもの、絶対なものに、死後、天国で遭うことが出来ると思えば、死ぬことも楽しくなるのである。

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2005年12月 3日 (土)

望む時代

「あなたは『新しき中世』で、何を望んでいるのですか」
「神中心の時代、信仰の時代です。近世はルネサンス以降、人間中心の時代と言われています。しかし、それが世紀末において破綻したという理解です。しかし、もちろん、世俗権力の上に宗教的権威があって、それが固定化しているような時代を望んではいません。ただ、倫理的な知識・知恵、それと宗教的な知識・知恵、それらが満ち溢れる時代を望んでいます。戦後、松下幸之助氏は、水道の蛇口から水が出るように、物資の溢れるような社会を望んだと、どこかで読んだことがありますが、今、物資の溢れる時代は来ていると思います。人が、それで幸福になればいいのですが、そうでなければ、余り意味ないです。その幸福を考える時、人は倫理・宗教に行き着くのではないでしょうか。仏教でも、儒教でも、神道でも、キリスト教でも、イスラム教でも、どんどん対話していけばいいと思います。日本では仏教と神道の影響を考えないことには、生きていけないでしょう。であれば、それらを知ることが必要です。根本的なことを考える時代が来ていると思います」

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根底場働

「根底場働」という日本語に初めて接しました。井上洋治という神父さんが、今年1月に出した新刊『わが師イエスの生涯』の中で、使っています。
井上神父は、古い自著で、アガペーを悲愛と訳した方がよいという提案があったのを覚えています。愛というものが、日本では仏教の中では執着という、悟りを妨げる、あまり芳しくない意味に使われているので、神の愛(アガペー)を愛と訳すと、あるいは誤解を生むかも知れません。仏教的には、愛よりも、むしろ、慈悲といった方が正しい意味に近いと思います。しかし、日本語には悲哀という言葉もあり、発音だけで、「ひあい」というと、これも「悲哀」の意味に誤解されるかも知れません。
では、「根底場働」は、どんな意味なのでしょうか。
「『キリストのからだ』とよばれている『アッバのまなざし』の『根底場働』」(206頁)という個所があります。「キリストのからだ」は教会でしょうか。「アッバのまなざし」は神の愛でしょうか。アッバは、イエスが祈りの時に、神を指した言葉で、父(お父ちゃん)という意味です。要するに、「根底場働」は理性によって対象化できない働き、東方正教会では、理性によっては「神聖な闇」、また西田哲学の「絶対無」に相当するようです。
「この『根底場働』-一般には『神』という言葉でよばれているであろうが-」(206頁)という個所もあり、「神」と同じ意味だと、著者は言っています。
また、この「根底場働」の理解から、イエスの教えは、超越神論でもなく、汎神論でもなく、正確には汎在神論であると著者は言うのです。要するに、超越神論では、神は人とは違うという面は言えるのだが、別の面、近さが言われていない、しかし、汎神論では、神と被造物との違いがはっきり言えていない、その二つを言わなければいけない、ということでしょう。しかし、これは「存在の類比」という中世の言葉が指摘してきたところと思います。肯定神学でもなく、否定神学でもなく、その両方を言いつつ、その一つから離れる、それが「存在の類比」の考え方ではなかったでしょうか。であれば、井上神父の、汎在神論の主張にも理解できるものがあります。神は超越だけではなく、我々に近い存在である。神の霊、聖霊は、われわれの五感ではないにしても、われわれの実存の意識の中に入ってくるからです。

悲愛にしても、根底場働にしても、神父さんの造語です。しかし、その造語に込められた思想の軌跡には教えられるものがあります。

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2005年12月 2日 (金)

内村鑑三の魅力

近代日本のキリスト者で一番読まれてきたのは内村鑑三であったと思う。今も、研究対象として取り上げられている。なぜなのだろうか。一つは、キリスト教の受容に関して、日本の文化との関係を重視して、それが日本人に共感を与えているのかも知れない。彼の書き方に関しても、俳句・和歌の伝統を持つ日本人の簡素さに適合するものがあったと思う。読みやすく、印象が長く残るのである。大切なことを、はっきり言い切っている。
また、彼の信仰の原点が、米国の一人の人物との邂逅にあったということも考慮していいのではないか。だいたい、宗教というものは通常、指導者に導かれ、その教団の中で訓練されて、教団の中で活動するという行き方をするものである。その点で、内村の場合は、指導者は米国にいて、その訓練を受け続けることは出来なかった。従って、彼に、属する教団というものはなかった。そこから、彼は日本はじめ世界に信仰の指導者や指導理念を求めていったのではないか。彼は信仰の独学者であったのだ。それが日本人に訴える要素を多く持つようになった理由の一つではないか。
宗教というものは先に立つ宗教者とその教団との関係が、その人物にとって不可欠であることを思いつつ、それとの関係で、内村の特異な回心経緯の展開を考え、内村の魅力の特徴を思った。

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2005年12月 1日 (木)

預言活動

中世は一つの頂点であった。それが崩壊していく時、印刷術の発明と共に、預言活動も解放されていった。信教の自由とは、この時からのスローガンであった。プロテスタント教会は、その預言活動の中で生まれていった。こうしてプロテスタント教会群が出来た。ソフトは預言、ハードは印刷であった。この近世の流れを認めていくことも大切なことだ。啓蒙主義にも意味がある。
今、印刷に変わるものがITなのだろう。そして、預言は、今や万人に開かれるようになった。一人ひとりが簡単に預言者になれるのだ。もちろん、無資格である。ただ、神からの資格があればいい。パウロと同じように。そして、ITの海に言葉を投げかければいいのだ。それが神の言葉であれば、自らの力によって、その意図を実現するであろう。これが、われわれの生きている時代の様相なのである。

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忙しいという漢字は、心が亡びるという構成になっている。忙(ぼう)と亡(ぼう)は、同じ発音でもある。多忙社会は、人にとって大切なことを忘れる社会になる危険がある。あいさつで、「忙しい」とは祝意を込める場合が一般的だが、注意した方がよい。社会が改革され、競争が強化され、忙しくなると、心の亡びる社会になるかも知れない。
もちろん、無駄を省くことには賛成で、社会に合理性を求めたい。だが、自由な社会を歴史に求めれば、戦国時代であったという感想もある。道三や秀吉を生んだ時代は自由な社会であったが、日本は、これからそんな社会になるのだろうか。そういう社会でもいいのだが、そのためには自分の生き方を確立しないといけない。

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結婚の絆

以前、NHKのラジオ深夜便で、臨床心理学者の河合隼雄さんが、結婚したという事実には、何かの意味があるかも知れない、と言われたが、気になっている。まだ、自分に解答はない。

アメリカ人の場合には、よく、アイ・ラブ・ユーという。これは、「私はまだ、あなたと結婚を続ける意志がある」という意味だそうで、こんな意味が込められているとは知らなかった。これを言わなくなると、離婚になるというから、軽い言葉ではないらしい。

愛とは、相手の何かを欲するという、自分の自由意志の中にある感情ではないのだろうか。それが相手になくなれば、愛することができなくなる。それでも愛しているといえば、それは自分の気持ちに忠実ではないことになる。だから、愛がそのようなものであれば、それが変わらないという保証はない。変わってしまったら離婚ということでは、アメリカ社会の家族というものは安定しないのではないかと思った。日本の場合は、余り、「私はあなたを愛しています」などとは言わないが、言わないからといって、離婚するわけでもない。

しかし、愛という言葉には、相手からもらうだけではなくて、あげる、という意味も込められているのではないか。そこでは相手を特定しない、広い愛である。この愛を家庭の基礎にすれば、家庭の崩壊を少なくすることができるはずだ。結婚相手が、どんな愛で結ばれているのか、それはそれぞれ違うかも知れない。それにしても、結婚したという事実の中に、何が隠されているのだろうか。なぜ、この人と結婚したのだろうか。

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カーペンターズを聴く

NHKのラジオ深夜便で、カーペンターズの曲を聴いて感動しました。特に、イエスタデイ・ワンス・モアと、トップ・オブ・ザ・ワールドには、何か懐かしい思いがしました。ということは、以前、聴いていたということです。非常に身近な曲に思えました。
なぜ、引かれるのだろうかと思いました。私は灰田勝彦の曲が好きなのですが、どこか似ていると思いました。両方とも、明るく、ほのぼのとした、肩のこらない音楽です。
これまでカーペンターズという名前や、その音楽に関心を持ったことはないのですが、その好さが分かりかけたようです。70年代前半が全盛期というのですから、古い話です。日本では騒然とした大学紛争が収まりつつある時期でしょうか。当時は、私にはカーペンターズの好さが分かるような心の余裕はなかったですね。しかし、今、本当にいいなあ、と思いました。

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