« 近代の進展 | トップページ | 生老病死 »

2005年12月19日 (月)

ラザロ物語の解釈

 新約聖書「ルカによる福音」16章19節から31節までに、ラザロの物語が記されている。それは「金持ちと貧しいラザロ」の物語である。これは、どのように解釈されているのだろうか。

 聖書の解釈の中で、道徳的・倫理的な解釈というものが一般的に広く行われていると思う。それは、それでいいのだろう。特に、説教の中で、それが採用されている。説教が個人に向けられたメッセージであることが要求されている時に、どうしても、説教に道徳的・倫理的性格が強く出てくることになる。道徳的・倫理的な要素を含んでいない説教というものは、何か根本的な説教の要素に欠けるのではないかとさえ、思われることもある。

 もちろん、福音は「よきおとずれ」であり、道徳的・倫理的な、人間的努力の果てにあるものとするならば、説教においては、逆に道徳的・倫理的要素を超えるものが、啓示として語られるということになる。それも、それでいいのだろう。

 さて、このラザロの物語は、では、どのように語られ、また聞かれるべきなのか。

 だいたいは、自分を「金持ち」の立場において、隣人の貧しさを省みよ、そして何か、慈悲の心を起こせ、といったコンテキストの中で読まれるのではないか。それはそれでいいのだが、ラザロ物語の別の解釈もあるのではないか。もちろん、想像である。この個所がファリサイ派の人たちに向かって語られていることから、金持ちはファリサイ派の人たちを指すのかも知れない。しかし、金持ちとは、ユダヤ人のことであり、貧しいラザロとは、実は異邦人のことである、と考えたらどうか。

 ユダヤ人は神の契約を与えられたということで、富んでいる。パウロは、ローマ人への手紙の3章1節で、「では、ユダヤ人の優れた点は何か」と問い、「それはあらゆる面からいろいろ指摘できます」と答え、「まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです」と言っている。

 ラザロは、金持ちの門前にいて、その食卓から落ちるもので腹を満たしたいと思っていた。それは神の言葉がユダヤ人に与えられたので、その言葉を求めて、ユダヤ人の門前にいたという異邦人のあり方を示している。犬が来て、ラザロのできものをなめた。異邦人にとっては、屈辱の時である。

 そして、ラザロと金持ちは共に死んだ。死は万人に訪れる。ラザロは天国に行ったが、金持ちは地獄に落ちた。

 その時、「わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこから私たちの方に越えて来ることもできない」とアブラハムは言う。人は死後、天国か地獄か、どちらかに行く。「大きな淵」とは、人の死後、その人が行った、いずれかの場所を取り替えることができないという意味なのであろう。

 そこで、金持ちは、アブラハムに、兄弟たちへの警告のためにラザロを遣わして欲しいと願う。アブラハムは、そっけなく言う、「モーセと預言者がいる」。金持ちは、再度言う、「死んだ者の中から、だれかが兄弟のもとに行けば、かれらは悔い改めるだろう」。アブラハムは答える、「モーセと預言者に耳を傾けないなら、死者の中から生き返る者がいても、その人の勧めを聞かないだろう」。これは、何を意味しているのか。

 ユダヤ人は、「モーセと預言者」すなわち旧約を重んじ、そこに解決を求める。しかし、それは救いの過程で最終的なものではない。旧約に最終的な解決はない。「たとえ死者の中から生き返る者があっても」と語られている。それは「死者の中から生き返る」が、「モーセと預言者」を超える者であるということだろう。しかし、それは「モーセと預言者」を無視することではなく、「モーセと預言者」すなわち旧約の中で救いはあらかじめ、来るべきものとして語られているのだということであろう。だから、「モーセと預言者」に聞く者は、「死者の中から生き返る者」につまずかない、という意味なのだろう。

 こんな解釈を展開すれば、このラザロ物語は、旧約とユダヤ教への挑戦であり、それはキリスト教をそれらとは全く違うものとして提示しているのだ。と言うことは、このような文書を聖典としている限り、キリスト教はユダヤ教から分離する以外にはない。

 また、死者の復活というテーマがあり、金持ちに、ラザロ派遣への願望が語られているのだから、このラザロは教会を意味していると考えれば、そこにもまた新しい視野が開けてくるのではないか。ラザロ物語は、こうして見ると、重要な内容を含んでいるのだ。それは、貧しい人への慈悲の行為の勧めという、一般的な倫理・道徳的説教の主題というよりも、ユダヤ教に対するキリスト教の自己主張なのではないだろうか。ラザロ物語は、実は、異邦人への神の救いの摂理が始まったということ、ユダヤ教とは別の救いの道が完成したことを語っているのではないだろうか。

|

« 近代の進展 | トップページ | 生老病死 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/7693490

この記事へのトラックバック一覧です: ラザロ物語の解釈:

« 近代の進展 | トップページ | 生老病死 »