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2005年12月27日 (火)

遊牧生活

週刊誌で高校・大学の偏差値調べや、卒業生の出世競争調べなど、学校間の競争意識をあおるような調査が行われている。やるな、とは言えないが、なぜやるのだろうか。もちろん、読者が増えるからなのだろうが、ますます格差社会を形成しているように思う。
われわれは今、定住生活社会に生きている。この定住社会は稲作から始まった。そして、この定住社会では貧富の差が出来て、それが格差社会になる。所有の多い少ないが幸福かどうかを決めることになる。それはまた不幸の原因にもなるのである。
司馬遼太郎さんは、モンゴルに心惹かれることを通して、どこか遊牧生活に憧れていたようなところがある。そこが偉いところだったと、今、思う。作品を見ても、世界中に足を運んでいるのだ。多くの収入がありながら、あるいは、無所有の幸福を知っていたのかも知れない。
遊牧生活は定住生活とは全然違う。そこでは、所有は少ない方がいいのである。一個所に長くいないので、移動する時、多くのものがあっては、それだけ苦労するからだ。生きていくのに必要なものだけでいい。
そんな生活が遊牧生活である。 遊牧生活になれた人が定住生活の中に入るには苦労が多いだろう。日本は天皇が稲作をしている場面をテレビなどでも紹介していて、典型的な定住型生活の社会である。だから、格差社会であり、出世競争を強いられる社会なのだ。その中で根っからの遊牧型人間が生きるには、どうすればいいのか。あるいは、こんな問題が今の皇室の中にあるのだろうか。

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コメント

定住社会では、転職は不利である。しかし、中には転職を繰り返す人もいる。あるいは、遊牧型の人間なのかも知れない。

投稿: | 2005年12月27日 (火) 06時57分

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