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2005年12月11日 (日)

哲学への招待

私と哲学との付き合いは、どこから始まるのだろうか。振り返ってみるに、私は小学校の高学年の頃に、「探求」の心を起こしている。教室で、立ち上がり、教科書を読み始めたが、何か、声が震えていた。理由は分からなかった。ただ、自分で制御できない心というものを意識した。これは倫理的探求の最初であったかも知れない。その時は、もちろん目的に神という言葉を意識していなかった。そして、小学校卒業記念の文集に、私は自分の名前とともに「考える」という言葉を書いた。パスカルの「考える葦」のことを考えていた。人間にとって、これが一番大切と思ったからだ。ふと思いつき、文集に書いた。この文集の一件も、私の人生において、哲学との結びつきを示しているかも知れない。
 
私の哲学専攻は非常にあいまいな、ぼんやりしたものだった。大学時代、哲学とは何かについてさえ、私は明確な答えを持っていなかった。ただ、個別学問に自己限定することに何か対抗を感じていた。心理学も当時は個別科学と思っていた。本当は自分の心を理解し、統制したいという気持ちがあったのだろう。

しかし、今は、こう言おう。哲学とは世界観、人生観の構築である、と。そして、これは、われわれが有意義な人生を送るためには是非とも必要な精神的作業である。

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