« 浄化する力 | トップページ | 自立 »

2005年12月31日 (土)

使徒継承

イエスは生前12人を選び、自分の活動に協力してもらった。後年、その人たちを12使徒という。その代表格がペテロであり、ペテロの後継者が教皇ということになっている。使徒は、現在は司教が、その務めを継いでいるという。カトリック教会は、そう考えているが、プロテスタント教会は、そう考えない。使徒継承とは教理の継承という意味でとらえていて、もちろん、それは本来のニカイア信条の意味ではない、と私は思う。
さて、宗教団体というものは教団を形成しないでは成り立たない。その教団の代表者をどう選ぶかは、宗教団体にとって大切な事柄である。その使徒の後継者という教団形成の原理的観点が宗教改革であいまいになった。しかし、教会のしるしを確定しないでは事業を後世に伝えることができない。こうして、「見える教会」のしるしが合意された。そこに説教と共に洗礼とか聖餐とかの聖礼典がある。
その聖礼典を「いらない」と言ったのが、内村鑑三であった。「見える教会」が、見えなくなった。しかし、そのために、見える教会が引きずってきた無用の事柄がなくなった。そして、常に新しい教会の「伝統」を作る必要が生まれたのである。これは、一方で団体消滅の危機をもたらすものだが、同時に時代と環境に最高に適応する「教会」の創造をも可能にするのではないだろうか。
「一人の弟子も持たない」と言った親鸞、内村聖書研究会を解散させた内村には歴史的に信仰の継承を顧慮しないといった気持ちがあるいは、あったのかも知れない。そこに共通点を見ることも出来る。しかし、親鸞の後継者、蓮如によって親鸞の宗教団体が巨大教団になっていくように、無教会も将来、あるいは内村の意思に反することかも知れないが、日本のキリスト教の中で巨大な団体になるかも知れない。

|

« 浄化する力 | トップページ | 自立 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/7917702

この記事へのトラックバック一覧です: 使徒継承:

« 浄化する力 | トップページ | 自立 »