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2005年12月29日 (木)

キリストの勝利

新聞広告で、塩野七生さんの本の紹介があった。ローマ人の物語14巻目の『キリストの勝利』(新潮社)という本である。
塩野さんの本に「神の代理人」というものがあったと思う。宗教改革当時の教皇の感想が書かれていて、興味深かった。だいたい、16世紀では、ルネサンス、宗教改革関係の資料は豊富なのだが、古くされた対抗側の対応は余り知られていないのである。近年では、平野啓一郎氏の「日蝕」は面白かった。書き方もそうだが、中世の関心をテーマにしつつ、最後にドイツで起こった改革運動に触れて終わっていて、示唆的であった。要するに、あちら側の意識が書かれていたから、逆に新鮮であったのだ。
さて、大帝コンステンティヌスのキリスト教公認のあと、この教えが国教になるのだが、その間に何があったのか。私は知らなかったが、塩野さんの本が書いているらしい。広告では、こう書かれている。
「(大帝の死後)その親族を襲ったのは血なまぐさい粛清であった。生き残った大帝の甥ユリアヌスは、多神教の価値観に基づく寛容の精神と伝統の復活を目指す。しかし、キリスト教側から「背教者」と糾弾された彼の治世は短命に終わり、キリスト教はついにローマ帝国の国教の座を奪い取ったのだ。」
「背教者ユリアヌス」という題の小説があったと思う。辻邦生さんの本だったと思う。まだ読んでいない。このへんのことが書かれているのか。しかし、今の日本では、「多神教の価値観に基づく寛容の精神と伝統の復活を目指す」ことは、背教どころか、ごく当たり前の宗教意識ではないだろうか。
さて、この国教化が勝利という感覚は、カトリック教会ではそうかも知れないが、プロテスタントではどうだろうか。国教化は中世キリスト教共同体を生み出すのだが、これに対する反発が宗教改革の意識の中にあったし、今でも、プロテスタントの意識には、中世キリスト教共同体を批判的に見る人たちがいる。むしろ、それが多いし、一般的なのだろう。そこでは、そのきっかけを作った国教化はキリスト教の勝利どころか、堕落の始まり、原因とみなされて、塩野さんの本の題である「キリストの勝利」といった楽観視などないのではないか。
中世カトリック教会を批判する理由はたくさんある。今でも、この教会の異教への寛容精神はプロテスタントによって批判されるかも知れない。迷信だ、偶像崇拝だというかも知れない。実際、フィリピンでは今でも十字架につく人たちがいるという。もちろん、刑としてではなく、信仰の修練なのだろうか。教会の教えとは関係ないだろうが、自分たちは信仰において行っているのだろう。
社会全体がキリスト教化することはキリスト教が異教化することをも意味している。それを見つつも、なおその中で真実の信仰が保持されている、そんな信仰的視点があれば、中世的社会の中でも、この信仰を維持していけるのではないかと思う。

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