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2005年12月 9日 (金)

仏教理解のために

仏教理解のために、大変参考になった本があります。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと13』の中に、「叡山美術の展開-不動明王にふれつつ」があり、そこに簡潔に書かれています。釈迦が、その後の仏教、大乗仏教をどう見たかなど、著者の想像的感想をまじえて、書かれています。
それにしても、宗教は、解脱にしろ、救いにしろ、手段を明らかにしなければ、だめなんだ、ということを認識しました。釈迦が解脱したといっても、普通の人にも適用されうる解脱の手段が提示されなければ無意味なのだということであり、このへんに大乗仏教の原点があるようです。宗教にとって、その目的に至るための手段は大切です。

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コメント

新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと13』には、とても重要な文章が掲載されています。「浄土-日本的思想の鍵」も、その一つです。たとえば、こんな個所があります。
「江戸期を通じて、いったい浄土はあるのかというのが、ずっと教学上の問題でした。結局、明治に清沢満之のみずみずしい説得力によって、あるかないかは相対的なものだが、浄土は絶対的なものなのだから、あるかないかということではなく、あるんだと、要するに絶対論的に説明しましたから、いまは思想的、論理的には安定したんですが、同時にそれだけ思弁的になって衰弱したとも言えます。」
以前、少し、問いを出したのですが、清沢満之という人が解決したということです。

投稿: | 2005年12月 9日 (金) 17時53分

浄土はあるのか、ある、そして必ず浄土に行ける。そう思い定めた時、その人の意識には、絶対的希望というものが生まれるのかも知れません。あるいは、それが、この教えの「宗教体験」の原点になるのかも知れません。

投稿: | 2005年12月10日 (土) 10時11分

大学生の時、ヤスパースが仏陀と竜樹について書いた本を読んだように思う。理想社から出ていた本だった。当時は、余り関心がなかったが、日本の大乗仏教の理解のためには、改めて読んでみたい本である。

投稿: | 2005年12月10日 (土) 18時40分

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