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2005年12月20日 (火)

死んだら仏

小泉首相が靖国神社参拝に関連して語った言葉で忘れられないものがある。「死んだら誰でも仏じゃないですか」。A級戦犯の人たちだって、仏なんだ、拝んで何で悪いか分からない、という意味なのだろうか。

A級戦犯というのは生きている時の判断・差別だが、A級戦犯の人と言えども、たとえば死の直前の称仏で極楽浄土に行くのである、そして、死の直前の称仏というのは本当に容易なのだから、ほとんどの人に極楽浄土は約束されている、どうして死んでからも差別するのだろうか、そんな感情が小泉首相にあったのだろうか。

思えば、仏教(浄土真宗)にしろ、キリスト教にしろ、救われる方法は簡単である。一方は称仏であり、他方は信仰である。であれば、逆に地獄に落ちることの方が難しくなる。死ねば、みな仏であり、平等なのだという言い分もありうる。

ヒトラーを拝むのはおかしいのではないか。中国から、首相の靖国神社参拝に対して、そんな反発があった。しかし、ヒトラーだって、死の直前の称仏があれば極楽浄土に行くのだ、日本人であれば、この儀式はするんだ、であれば仏なのだから拝んだっていいじゃないか、死んだ人間を差別するな。そんな気持ちがあるのだろうか。ヒトラーだって、極楽浄土に行くという考え方は、おそらく梅原氏の解釈による親鸞の教えであろう。

しかし、神道でも、そういう教えなのだろうか。まさか、靖国神社の祭神が仏とはいわないであろうが。われわれは、仏教的理解の中で、神社におまいりにいっているのではないだろうか。

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コメント

もともと、神仏習合だったんだから、「仏教的理解の中で、神社におまいりにいっているのではないだろうか。」というのは、むしろ正しいことであります。まさか、これを疑問視されるというのでしょうか?

それは、残念ながら明治以降の貧弱な宗教観による考え方であり、むしろ国家神道の呪縛から解き放たれて、自由化された古来の宗教観が復活しつつある、良い傾向だと思います。

投稿: ワンクリック | 2005年12月20日 (火) 11時11分

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