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2005年12月 2日 (金)

内村鑑三の魅力

近代日本のキリスト者で一番読まれてきたのは内村鑑三であったと思う。今も、研究対象として取り上げられている。なぜなのだろうか。一つは、キリスト教の受容に関して、日本の文化との関係を重視して、それが日本人に共感を与えているのかも知れない。彼の書き方に関しても、俳句・和歌の伝統を持つ日本人の簡素さに適合するものがあったと思う。読みやすく、印象が長く残るのである。大切なことを、はっきり言い切っている。
また、彼の信仰の原点が、米国の一人の人物との邂逅にあったということも考慮していいのではないか。だいたい、宗教というものは通常、指導者に導かれ、その教団の中で訓練されて、教団の中で活動するという行き方をするものである。その点で、内村の場合は、指導者は米国にいて、その訓練を受け続けることは出来なかった。従って、彼に、属する教団というものはなかった。そこから、彼は日本はじめ世界に信仰の指導者や指導理念を求めていったのではないか。彼は信仰の独学者であったのだ。それが日本人に訴える要素を多く持つようになった理由の一つではないか。
宗教というものは先に立つ宗教者とその教団との関係が、その人物にとって不可欠であることを思いつつ、それとの関係で、内村の特異な回心経緯の展開を考え、内村の魅力の特徴を思った。

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コメント

大切なことを伝えるために、大論文を書く必要はない。さりげない、日常会話の中でも、それが伝えられている。内村の公開日記の中に、それがあるように思う。日本人には、こんな形式がふさわしいのではないだろうか。

投稿: | 2005年12月 4日 (日) 18時11分

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