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2005年12月10日 (土)

富永仲基

富永仲基(とみなが・なかもと、1715~46)のことは、最近、初めて知りました。新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと13』(479頁)に紹介されています。

「仲基は、大乗仏教(日本仏教)は真に釈迦の教えを源流としているかという点を考え、ついに釈迦の教えではないという結論を出した」というのです。彼の著書『出定後語(しゅつじょうごご)』の出した結論は、「大乗仏典と称せられる経典が、釈迦の教説と無縁のもので、しかも釈迦没後五百年後に創作されたものだとしたのである。つまり仏教でないとした」とのこと。

司馬さんは「私は、仏教徒である」といい、この説にどう対応したかというと、こう言っています。「仲基の説を読んで当惑はするが、反論する能力はない。現代のいかなる仏教史学者といえども、これに決定的な反論を加えることができないほど、堅牢な実証と思索の上に立っているのである」と感想を記しています。
この人は、31年の短い生涯であったそうです。

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コメント

富永の説なんて、要するに最初に説を立てたヤツが偉いという、江戸時代特有の神君思想に裏打ちされたものであり、ちょうど、貴方が指摘されているように「大乗仏典と称せられる経典が、釈迦の教説と無縁のもので、しかも釈迦没後五百年後に創作されたものだとしたのである。つまり仏教でないとした」の部分ですが、「釈尊に無関係=仏教ではない」という点に論理的飛躍があるのであり、釈迦の教説とは無縁になるほど、後の仏教学者は仏教を発展させたのだ、とすれば、何の問題もない。

投稿: ワンクリック | 2005年12月10日 (土) 14時58分

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