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2005年12月30日 (金)

野口英世の最期

野口英世が最期の時、「私には分からない」と言ったという。含蓄の深い言葉と思う。
人の生命を救うということが医師の務めであり、野口は、言ってみれば、それまで、ヒューマニズムの戦士であるような、かっこいい人生を送ってきた。
しかし、最期の言葉は何か挫折を思わせる。当時の顕微鏡では、黄熱病の病原菌を発見できなかったというのが、この言葉の背後にある理由である。
医師の人生は人命を救うことを課題にしている。しかし、その務めの前に大きな壁があり、その前では挫折に直面するという定めを変えることは出来ない。それは人は死ぬという厳粛な事実である。それを変えることは出来ない。医師もまた、この事実の前に無力である。
医師の人生は尊いと思う。ある意味では、人の人生で一番尊いかと思う。私も小学校の卒業文集で、将来の夢として「医者、科学者」と書いたかと思う。今の生活を思うと書かなければよかったと思う。当時でも、本気に、そうなろうとしたのではなかった。ただ、漠然と価値ある人生とは、そんなものと思って書いた。しかし、医者も科学者も死を前にしては無力である。
死は人にとって課題であると思う。その課題には、医者も科学者も挑戦していない。この課題に気づいて、私の小学校の時の夢は崩れた。野口英世の最期の言葉は、それを暗示しているように思う。彼の人生は、この挫折によって、あるいは真に価値あるものになったのではないだろうか。

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