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2006年1月31日 (火)

瞬間の飛躍

大学生だった時、和辻哲郎の『ゼーレン・キェルケゴール』を読んで、とっても感動した。和辻さんの若い時の本だったとのことだが、驚いたことを今でも覚えている。その中に「瞬間の飛躍」について書いてある個所がある。
「神はただ瞬間の飛躍によって生れ更った人にのみ直接の事実である。飛躍の経験なき人にとっては如何に悟性が証明しても神は存在しない」
「飛躍の経験ある人には神は直接の事実である。それを経験しない人には、如何に完全な証明を与えられても神は存在しない」
「キェルケゴールは精神生活の真の開展がただ飛躍によってのみ可能であることを説いた。人間が何らか重要な一歩を進めるのは極めて突発的である。前の瞬間にはそういう現実はなかった、次の瞬間にはそれは確実な現実である。前後の瞬間は性質的に全然相異っている。即ち人は新しいより高い段階へ性質的変形によって突発的に到達するのである。自然現象に見られる如く萌芽としてある者が漸次開展するのでは決してない。連続ではなくて飛躍である」
最近は実存主義もキェルケゴールも流行ではなくなったが、それでも現代人は、こういうキェルケゴールを葬ることはできないと思う。

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終末の預言

イスラエルの建国が終末の預言の一部であるということは、アメリカの根本主義的キリスト教の中では一般的に語られていることであろう。しかし、日本では、あの地域の紛争に関しては連日のように報道されているのだが、同盟国における、イスラエルに関するキリスト教的解釈は、ほとんど知られていない。
今は、旧約聖書に登場するような預言者というものはいない。聖書はもう新たに書かれないからだ。
その預言者たちは、来るべき歴史について語ったと同時に、歴史の解釈も行った。時のしるしを告げたと同時に、時の意味を教えた。イスラエルの人々の苦痛がどこから来るのか、また何故であるか、原因と理由を明らかにした。
今、中東に苦痛がある。その苦痛を誰かが解明しなければいけないのではないか。聖書による議論がアメリカにはあるかも知れないが、日本にはない。

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予定の信仰

カール・ヒルティは、『愛と希望』の中で、こんなことを言っています。
「いろいろな人の運命を立ち入って知るようになれば、そういう見方(カルヴィンの予定説、ある者は救われ、他の者は滅びるように前もって定められているという説)に行きつかないわけでもないということ、また堅固なカルヴィン的信仰が最も勇敢な人間や国民を生み出しているということも、私たちにとっては疑いをいれないことであります」
カルヴィン主義の信仰は、資本主義との関係などの研究書もあり、近世に与えた影響は大きかったと思います。ヒルティも二重予定説に理解があったようです。しかし、二重予定説には受容に関して躓きの可能性があるように思います。

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神国論

トマス的・総合的体系は中世に適合するだろうが、アウグスチヌスの神国論は、どうだろうか。この神国論の歴史観が中世的総合を破ったのだろうか。神国論の歴史観は、ローマ帝国の国教となったキリスト教に対して、アウグスチヌスが仕掛けた近世への起爆剤なのであろうか。

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死は勝利

「天路歴程」の著者ジョン・バンヤン(1628-1688)に「恩寵溢る」という自伝的信仰告白録がありますが、その中で「死は勝利」といっています。。彼は60歳で亡くなるのですが、自分の人生を、こう語っています。
「彼はこの世のことにはあまり心を留めていなかった。なぜなら、彼はこの世では一介の旅人であり、風来坊であり、留まるべき都がないのを知っていたし、いと高き天上に永遠の手で作られた都を憧れ求めているのを自覚していたからである」
そして、驚くべき言葉を残しています。
「死は勝利であり、生は心待ちにしている幸福をもどかしくも遅れさせるものだと考えていた」
使徒パウロも、そんなことを言っていました。

バンヤンは、鋳掛屋をしている時、書物によって信仰に目覚めました。誰にでも入手できる書物だったのでしょう。こんなものも、ある人にとっては、人生の決定的な道案内となるのでしょう。
彼は英国の非国教の戦闘的説教者となり、再三投獄されました。しかし、「人々から破門されるのを怖れて神の御言を説いたり聴いたりすることをやめる者は既に破門されている者です」という覚悟でした。彼は語ることに終始していたようです。「私は誰に向っても、信じて下さいなどと、ねだりたくない。彼らが信じようが、信じまいが、私は一向に構わない」というのです。

もちろん、これは17世紀の英国が舞台になっています。今の日本で宗教を伝えて投獄されることはないでしょう。しかし、できるだけ合法的に、と思います。このバンヤンの精神はウェスレー(1703-1791)の中にもあります。しかし、彼は英国国教の司祭で、バンヤンとは違うスタンスを持っていました。それもまた可能だったということを考えてみるのも面白いと思います。

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命への道

過剰なる命への配慮は戦前への反動であり、その中で逆説的に命が萎縮している現代日本。「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」と言われた方がいた。その「わたし」がいないのだから、命の危機感は深いのである。

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2006年1月30日 (月)

近代を通って

故稲垣武一氏の日記(聖母文庫『日本文化とキリストの福音』所載)にこんな個所がある。
「宗教改革以後のカトリシズムは、あまりにラテン的なり。
 いまの世界は、近代以前のカトリシズムにあらずして、近代を止揚せるカトリシズムを要す。
 この意味において、われは、ニューマン及びドイツ・カトリシズムを研究するの要を思ふ」
                (昭和28年9月24日)

「近代以前のカトリシズム」は歴史的中世のカトリシズムであり、「近代を止揚せるカトリシズム」は「新しき中世」のカトリシズムであろう。その意味では同感である。近代を通過することが大切である。でなければ「止揚」はない。
ドイツ・カトリシズムは、日本ではカール・ラーナーなど、少しは知られているが、余り知られていないだろうと思う。宗教改革発祥の地、ルターの母国・ドイツで、なおカトリシズムは健在である。当然、対話・対論などあるだろうが、しかし、日本には余り知られていない。その意味で、新教皇がドイツ出身ということで、そのへんの事情が知られるであろうことを期待している。

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人の行いが何かの結果をもたらすことは、この社会のありようを見ていても、了解できることです。行いの前提に夢があります。人はいろいろな夢を語ります。夢は人の行動に活力をもたらし、社会全体の活性化にもつながります。思いは実現する、という人もいます。しかし、人は死にます。その前でもなくならない夢はあるのでしょうか。それが問題です。そんな夢であれば安心なのです。そんな夢を持ちたいのです。

死後、行いによって裁かれる、といった言葉が聖書にあります。行いのない私などは、率直、不安を感じます。立身出世、社会的地位の向上、金持ちになることなど、みな行いの結果です。そんなものがないと、死後、裁かれるのでしょうか。

以前も書いたのですが、人間にとってまず大切なことは何かをなすことではなく、存在のあり方と思います。それが、まず問われるのだと思います。しかし、そこから自然に行いが生まれてきます。その行いは、たとえどんなに小さなものでも、裁きの前で「よし」とされるのだと思います。裁きでは、まず量ではなくて、質が問われるのだと思います。

死という壁にもかかわらず、それを通り抜けていく夢であれば、そんな夢を見たいものです。そんな夢の実現のための行いは、死後においても意味を持っている、従って、生きている間でも意味があるのだと思います。

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哲学

若い時には哲学に関心があった。それは自己認識を得るためであった。今では心理学が、その課題を担っているかも知れない。しかし、心理学は個別科学のように思っていた。個別科学は自分を制限するものとして、自分の問いには応えられないもの考えていた。当時、プロテスタントの福音派の教会に出入りしていた。福音派の中には、逐語霊感説の影響があった。聖書は文字に至るまで霊感されている、という説であった。その聖書に「哲学」という言葉がある。
「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい」(コロサイ2・8)という言葉によって、「哲学」が理解され、「避けよ」といった気分が感じられた。
確かに有害な哲学はあるだろう。しかし、日々の雑多な経験を整理する体系は必要ではないだろうか。

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2006年1月29日 (日)

人の死

現代社会は、さまざまな方法で、人間関係を求めているようです。一人にはしないし、させない、という社会の強い意志を感じます。それは人が最も恐れているのが孤独であることを、誰もが知っているからかも知れません。

しかし、人は死ぬ時は一人です。心細いから何人かで死のうと、心中する人たちもいるようですが、あなたの死はあなたの死、私の死は私の死で、二人の死は別のことです。死の時には、人は一人にならざるを得ません。その孤独が怖いのだと思います。それを忘れるための方法が現代社会にはたくさんあります。それは人の根本的問題の根本的解決をいっとき忘れさせる作用とも見えます。気晴らしにしか過ぎません。こうして人は老いていきます。

しかし、中には一人でいても孤独を感じない人もいます。周囲の人たちは、おかわいそうに、と思っています。しかし、本人は、そう思っていません。死ぬ時にも、この不思議な人格的交流はなくならないでしょう。

黒沢明監督の映画「夢」で、死を祝うシーンがありました。老人が踊っていました。強烈な訴えを感じました。人は死を喜ぶことができるのだろうか、できるとしたら、なぜ。これが人の根本問題ではないでしょうか。すべての人の問題ではないでしょうか。さすが黒沢監督、強烈な問題提起を残されたと思います。

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ウェスレーの精神

ジョン・ウェスレー(1703-1791)は18世紀の英国人であったが、今でも、彼の信仰の遺産は世界中で有効であり、古くなってはいない、と思う。
彼の言葉で有名な「万事において最もよいことは、神我らと共にいますこと」「世界はわが教区なり」は、よく知られている。この二つは、神の臨在と世界伝道の標語でもあろう。そして、神の臨在はヨハネ福音書が、その消息を伝え、世界伝道の第一人者はパウロであろう。であれば、ヨハネとパウロである。ヨハネとパウロの精神である。

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授業への不満

昭和40年代の中ごろに起きた大学紛争の時、学生たちは静かに授業を受ける心の余裕を失っていた。彼らは校舎の封鎖をしてまで、自分たちの気持ちを知ってもらいたかった。だれかが、その気持ちを受け止めることができれば、別の展開もあったのかも知れないが、そんな人はいなかった。学校体制に対する不満があれば退学すればいいようなものの、そういうわけにもいかず、極端な行動に走らせた。
授業というものは、受ける側の関心により、価値判断がされるものである。今では、受ける側、学生たちに、自分の求める授業の選択が、以前よりも広がっていると思う。それはいい。しかし、同時に、自分の関心を自分で自覚することが、その前提としてある。高校時代までは、大学受験などで、自分の関心のままに、というわけにはいかないだろうが、大学に入ったら、まさに、自分の関心を自分で知ることが問われるのである。自分に合わない授業はやめて、他の方向を模索した方がよい。カール・ヤスパースは著書『哲学的自伝』の中で、当時の学問的環境に合わない自分について、こう言っている。
「私の眼にうつったところによれば、職業哲学者たる教授連が説く講壇哲学は、決して本来の哲学ではなく、科学たろうとの要求をもってする、われわれの生きることにとって重要ならざる物事の論究に、例外なく尽きるものでありました」
あの大学紛争は、違法行為、破壊活動などあり、経験者たちの多くに心の傷を残したが、同時に真剣になって生きることを問うた時代でもあったのだ、と思う。

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2006年1月28日 (土)

無視も必要

毎日、迷惑メールが何通も飛び込んでくる。対策を講じても、うまくいかない。開いたら、ウィルスが入っているかも知れないから、無視せよと忠告され、無視して削除している。現代生活では無視することが大切なんだと知るようになった。道徳・倫理は時代と共に変わるものだ。

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都会と田舎

年を取ると田舎生活がしてみたくなる、という気持ちは分からないではない。豊かな自然に囲まれたい。しかし、田舎では恐らく、プライバシーなんてないだろう。全部知られてしまい、その田舎の共同体の意識の中に組み込まれてしまうのだろう。自分が、その共同体意識と少しでも違うものがあれば、摩擦が起きるだろう。そんな摩擦が起きれば、それは自分にとっても、田舎の人たちにとっても、苦労の種になるだろう。
逆に、都会生活では、無名のままで生活が出来る。特にマンションなどでは、隣の人がどんな人かは知らない場合が多い。干渉しないのである。
どちらがいいのか。干渉しないし、されない無名のままでの生活を望むのであれば、都会生活がいい。

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寅さん

柴又の寅さんは漂泊とふるさと帰還を繰り返すのですが、それが人生を暗示していて、受けたのでしょう。漂泊のない人もいるかも知れませんが、それは人に必要なことと思います。

ふるさとは大切です。それは生まれた所であり、また帰る所でもあります。しかし、漂泊は人生そのものであります。その人生の中で、ふるさとを見出すのです。それが人生の目的でしょう。だから、ふるさと帰還ということは、別の言葉で言えば「死ぬこと」。死ぬということはふるさとに帰ることと思います。だから、未知の所に行くことではないと思います。多くの人は死ぬことは未知の所に行くことと思って不安になるのですが、私は、ふるさとに帰ることと思います。もちろん、その場合の「ふるさと」は二義的な言葉です。

寅さんは、いろいろなことを教えてくれます。人生を教えてくれます。人はふるさとを離れることが、一回は必要と思います。ふるさとを離れ、ふるさとを見出すこと、それが人生であり、人生の目的です。そして、漂泊の中で見出したふるさとに帰ることが死ぬことなのです。だから、死ぬことは、そんな人にとっては別に悲しいことではありません。

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2006年1月27日 (金)

アウグスチヌス

ローマ・カトリック教会では、以前、アウグスチヌスよりもトマス・アクィナスの方が重視されていた。その理由も、中世思想家たちによって説明されていた。しかし、日本では、アウグスチヌスの方が関係書籍は多く、その研究も盛んである。そして、教会間の一致の探求がされている現在、その関心は保持されなければいけないと思う。
 プロテスタントがアウグスチヌスを信仰の根拠とするのは、その恩恵論であり、理解できる。特に挙げられるのは、ペラギウス論争である。アウグスチヌスとの論争の中で、我々に与えられている、彼のイメージは、人間が自力で救いに到達できるとする功績主義者である。ペラギウスは、418年のカルタゴ教会会議で排斥され、その後の西方教会では異端的神学者と見なされてきた。しかし、これは西方教会でのことで、このアウグスチヌスの原罪論と恩恵論とは東方教会では継承されていない。
 東方教会では、アウグスチヌスの評価というものは、西方ほどに高くはない。かえって、教会分裂のきっかけであったことが意識されている。ニカイア・コンスタンチノープル信条の受け入れに関しては、当初は教会に分裂はなかった。しかし、その後、西方教会の中で、アウグスチヌスの「三位一体論」が広く読まれるようになり、その中で、聖霊の発出が「父と子から」と言われ始め、いつの間にか、ニカイア・コンスタンチノープル信条の「変更」が行われたのである。従って、東方教会としては、アウグスチヌスは、東西の教会分裂のきっかけを作った原因と見られている。
 同時に、西方教会の中では、宗教改革の原因としても、アウグスチヌスが登場している。
彼は、カトリック教会の聖人であるのだが、ルターはアウグスチヌス会の隠修士会会員であったし、カルヴァンにおいても、アウグスチヌスは常に権威の所在として引用されている。
 こう考えてくると、アウグスチヌスはカトリック、正教会そしてプロテスタント教会の三者において、実に深いかかわりを持っているのが分かる。自分の信仰の置き所に関して、こんなにも評価の分かれる人物はキリスト教会史上、他にいないのではないであろうか。アウグスチヌス研究は教会一致のための理解を深めるだろうと思う。

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自著への祈り

内村鑑三は多くの著書を世に送ったが、あたかも出征兵士の息子を戦場に送る父親のような思いを込めていたのではないだろうか。『興国史談』には、こんな文章がある。
「行けよ我が書、行いて誠実なる読者を索めよ、而してもし不幸にして懶漫無識なる『評論家』の手に落つることあらば、彼の心を一層頑にし、以て一縷の光明をも彼の心に伝ふる勿れ」

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2006年1月26日 (木)

資本主義の精神

ライブドア、株、そんな問題が連日マスコミの話題になっています。個人投資家も急増しています。日本社会は、どうなっているのだろうか、と思います。資本主義の精神がプロテスタンティズムなしに、現代の日本に勃興してるように思います。大塚久雄氏は『宗教改革と近代社会』の中で、こんなことを書いています。
「資本主義の精神とは一口に言ってどういうものかといえば、利潤(金もうけ)が、一つの自己目的となっていて、何のために-たとえばぜいたくのためとか子孫の遺すためとか-というのではなく、ただ「貨幣のために貨幣を追求」する、しかもそれが倫理的にみて善きことと考えられ、日常生活を専らその目的のために合理化し組織化する、といった精神なのである」
拝金主義そのものなのですが、金がいくら大切と言っても、同時に生の目的を問うことも大切と思います。

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再臨運動

内村鑑三は中田重治と共に再臨運動を始めたが、長くは続かなかった。周囲に異常な興奮が起きて、それへの嫌悪感があったのだろう。十字架の贖罪信仰から再臨信仰に進むべきであるのに、贖罪信仰なしに再臨信仰に接する人たちに対する危惧があったのだろう。しかし、十字架信仰は必ず再臨信仰に進むのであるから、十字架信仰だけに専念すればいいのだ。そう考えた内村は、再び、大衆に向かっての再臨運動を始めなかった。彼の言葉は周囲に火付け役のような役割を果たしたが、彼自身は静かに神の言葉を聴こうとする冷静な意識を保持していたのであろう。

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自由の履き違い

母とは24年間、同じ場所で生活した。その後、私の放浪・漂泊の人生が始まった。望んだことではなかったのだが、そうなってしまった。
大正生まれの母は、戦後の自由な時代に自由な生き方をする人たちに対して、よく「自由の履き違い」という言葉を使っていた。違和感を感じたのかも知れない。詳しい説明はせずに、その言葉をよく使っていた。
規制緩和で自由な社会が目指されている。しかし、人は、あるいはその中で破滅に向かっているのかも知れない。そんな事件が立て続けに起こった。
今の時代にあって、外側から道徳を押し付けることはできないだろう。であれば、内発的な高い文化を創造して、自由が破滅に向かうことを阻止する以外、道はないかも知れない。恐らく、こんな知恵は、今、誰もが持っているのだろうと思う。NHKの中にも、そんな意識があるように思う。その意味で、私はNHKに期待している。

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2006年1月25日 (水)

近世の夜明け

平野啓一郎さんの小説「日蝕」は単行本になって読んだのですが、文体と共に、内容も面白かった。特に印象に残ったのは最後のくだりです。
これは近世の夜明けに触れたもので、「北方で旺んになっている、アウグスティノ会の一会士によって始められた異端運動に関する報告」という文章があります。この運動のもたらしたものを知っているわれわれとしては、ルターという固有名詞を使わずに、さりげなく書いているところに、何とも言えないくらいの深い余韻を感じます。

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一神教への批判

梅原猛氏や山折哲雄氏の本を読むと、一神教への批判の言葉が時々あります。
一神教といえば、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の三つなのです。根本は民族宗教のユダヤ教です。ユダヤ教の聖書(旧約聖書)は一神教の原点のようなもので、他の二つとも尊重しています。
キリスト教はユダヤ教の分派のようなものとして成立し、やがて民族の壁を超えて世界宗教になっていきました。イスラム教は、のち一人の人物の新しい啓示が加わり、こちらも世界宗教になっていきました。
一神教への批判というのは、恐らく他の宗教・思想に対して寛容でない、という点にあるのではないでしょうか。ユダヤ教の世界は知りませんが、掟が今も厳然とあるといいます。その世界を経験して、掟を守れないのが罪人とすれば、きっと、「自分は罪人」という理解はすぐ起きるのかも知れません。幸か不幸か、われわれには、そんな掟はありません。あっても緩和されたものでしょう。そんな一神教の厳格さを思う時、日本と言う精神風土の中にいる我々も一神教への批判に違和感はないかも知れません。そして、そんな一神教を批判して分離したキリスト教であれば、一神教批判即キリスト教批判と受け取る必要はないのかも知れません。
神は無限、人は有限、従って人の知識も有限。であれば、人の知った真理といえども、神の真理の一端であって全部ではありません。しかし、その真理の一端を、あたかも全部のように見立てて、人はよく喧嘩します。教派主義の弊害です。「群盲象を撫でる」の格言は真理をついていると思います。教派はいいと思いますが、他の教派の教えも謙遜に理解しようとする心の余裕が欲しいと思います。それは、自分の教派の真理への不忠実にはならないと思います。一神教批判を教派主義批判と受け取れば、思い当たるふしは多いのです。内村鑑三の教会(プロテスタント)批判にも、その点が含まれています。それは、また現在の問題でもあると思います。

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劇場国家

目覚めれば 劇場国家 忙しい

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2006年1月24日 (火)

音楽を楽しむ

以前、小さなデジタル・オーディオ・プレーヤーを買った。私はケチだから、最も容量の小さいのを選んだ。音楽を楽しむにはCDやMDよりも携帯に便利で、よく使っていた。しかし、ただ、音楽を楽しむだけである。
それよりも、ラジオ深夜便で聴けば、毎日、世界と日本の名曲が解説つきで聴けるのである。この解説も、また楽しみである。最近は、こちらに関心が移ってしまった。もちろん、録音して聴いている。

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存在と悪

存在するということは、それ自身、価値なのかも知れないが、同時に道具になるということでもある。日本には、かつて「天皇機関説」いう学説があった。
カトリック教会の教会観にも「救いの道具」といった解説があった。もちろん、それは教会の解釈の一つで全部ではないが、プロテスタントにも正教会にも、余りない定義ではないだろうか。正教会のソボルノスチ(霊的共同体)の観念の方が教会の本質を言い当てているように思う。しかし、「救いの道具」といって、自らの相対化に理解を持つ余裕に、どこか安心したこともあった。
道具になるということは利用されるということである。善に利用されることが本来の目的であるが、悪に利用されることもありうることだ。だから、存在がなければ悪もない。逆に言えば、悪をなくしたければ、存在を小さくする以外にない。センチメンタリズムかも知れないが、こんな生き方に魅力を感じる人もいる。大いに共感する。

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拝金主義

宗教評論家・ひろさちやさんが、新聞で、現代の拝金主義を批判していた。それで思うのは、「人の心はお金で買える」という言葉。2004年、ライブドアの堀江貴文社長が著書の中で書いている。資本主義の競争原理の掛け声のような言葉で、資本主義のルールは、この言葉を許しても、堀江社長逮捕は、何者かが、この言葉を許さない、ということかも知れない。「武士は食わねど高楊枝」の正反対をいく精神が蔓延しつつある現代日本だが、武士道再考を説く『国家の品格』がベストセラーだという。

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近代人の自我

近代人の自我の問題は、中世バイバイの中で、それが内包していた病気が少しずつ明らかになってきた結果であるともいえる。歴史が近世に移った時に、その解決をトマス・アクィナスにおけるアリストテレスに求めることは出来ない。中世バイバイの理由の一つは、権威・アリストテレスには魂の救いのための薬はない、という思いにあったのだ。病めるルターが、アリストテレス批判を展開した理由はここあると見れば、ルターの洞察に同意することは容易であり、今でも、その洞察は生きている。
第二バチカンが、そんな歴史的中世を引きずっている現代教会の枠を崩したのは正しかったのかも知れない。成聖の恩恵とかも助力の恩恵といっても、現代の信徒には、なにやら分からぬだろう。しかし、時には、昔の「公教要理」を読んでみるのも参考になるかも知れない。
それでも、私は、歴史的中世がプラトンではなく、アリストテレスにシフトしたことには理由があると思っている。帝国の上にあって、地上の国を治める道具を探した時、プラトンよりもアリストテレスの方が道具として使えたという理由があったのだろうと思う。

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金子兜太さん

俳人・金子兜太(とうた)さんの名前は、新聞などで知っていたが、どんな人かは知りませんでした。2日間、ラジオ深夜便で「荒凡夫として米寿を生きる」という題での金子さんの話を聴きました。話がうまい、内容がある、自分の人生を見つめる目がいつもある、など非常に感銘を受けました。俳句というものが、金子さんにとっては人生を考える道具なのだ、ということを教えられました。自分の人生を、こんなにも常に考えている、こんな人もいるのだなあ、という感じで聴いていました。風景をよむ俳句ではあるが、そこに自分がいて、人生があって、生き方がある。それは多くの人にとって強烈な刺激であろうと思います。

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2006年1月23日 (月)

故教皇の名前

亡くなられたローマ教皇は、名をヨハネ・パウロ2世といった。ヨハネス23世とパウロ6世のあと、二人の遺志を受け継ぐことを表明したヨハネ・パウロ1世が、教皇になられて間もなく亡くなられ、ヨハネ・パウロ2世は、1世のあとを継ぐという意志を自分の名前で表そうとした。これまで、こんなふうにしか考えてこなかった。多くの人も、そうだろう。

しかし、ヨハネ・パウロという名前を、もう一度考えてみた。新約聖書の共観福音書は、どちらかといえばイエスの歴史を重んじた記述であるのに対して、ヨハネ福音書は、歴史よりも読者の実存に迫るものがあるように思う。福音の中心的なものが、ここで語られているように思う。そして、パウロは初代教会の大伝道者であった。ということは、この二つの名を合わせるということは、そこに大いなるアンビションを感じとることができるのである。今まで、こんなことは考えたことはなかった。

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永遠の生命

キリスト教では、永遠の生命は世の終わりの体の復活後に始まるとされている。しかし、ヨハネ福音書では、復活後の生命を表すと同時に、今既に、始まっている生命を意味するものとされている。聖母文庫『カトリックの終末論』(里脇浅次郎著)の44頁には、そう書かれています。この「今既に、始まっている生命」が、どのようにして得られるのか、その方法を伝えるのが福音の宣教であろうと思います。
しかし、同書には、また、次のような個所もあります。「教父たちは、永遠の生命は、死ぬ前にしか得られないこと、生存中の回心だけが有効であることを強調している」(同書、17-18頁)。神の審判は死後に始まるのではなくして、われわれの生きている間にも行われている、ということではないでしょうか。「信じない者は、すでにさばかれている」(ヨハネ3・18)。しかし、「生存中の回心だけが有効」というのは、本当の厳しい言葉と思います。

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ロシア文学

今、ロシア文学と言って、どんな作家を思うだろうか。私が若い時は、トルストイ、ドストエフスキーという名前がよく話題にのぼったが、今、彼らの名前も余り話題にならないようだ。

今、思うと、トルストイは世界を震撼させた偉大な求道者であったのかも知れない。彼のキリスト教信仰に疑問を持つ人もいたが、その求道の姿勢は、その劇的な最期と共に、大いなるものとして残っているように思う。

ドストエフスキーは、深層心理学の開拓者のようでもある。ということは、彼の文学によって自己認識の深化が得られたということでもある。

彼らが小説で展開した永遠の真理そして求道姿勢を哲学・思想として紹介していったのが、ベルジャーエフであった。共産主義ソ連が崩壊し、近世・近代のイデオロギーを終焉させて、ロシアに戻った、あの民族が正教会との関係の中で、世界にとどろく思想を再び生産する時が来るのだろうか。

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2006年1月22日 (日)

母性原理

作家・故遠藤周作氏は、キリスト教における母性原理の強調で知られている。彼が内村鑑三を積極的に評価した文章を、私は知らない。私は内村の積極的評価をためらわないが、遠藤氏は、むしろ、批判していたように思う。内村は、遠藤氏にとっては、キリスト教の父性原理強調の象徴的人物に映ったのだろう。

これは、遠藤氏のキリスト教がカトリックであることと無縁ではないように思う。カトリックでは聖母マリアの信仰上の位置づけがあり、プロテスタントには、それがない。カトリックでは祈りはイエスのほかマリアにも向けられるのだが、プロテスタントではただイエスにのみ向けられるのだ。

マリアは女性であり、イエスは男性である。イエスは、自分に祈りが向けられるのを拒否されてはいないが、祈りを聴くのは女性がふさわしいのかも知れない。いや、母性がふさわしいというべきだろうか。観音様も女性であり、同じようにマリアも女性である。母性原理の中で祈りが聴かれるのであれば、祈る方でも、なにか安心するものがあるのではないだろうか。

聖書では、イエスに「父」はいない。母はいて、マリアである。しかし、イエスは神を父と呼ぶ。イエスに人である父がいれば、祈りで「父」と呼ぶ時、人である父と、神である父との間で、紛らわしさが残るかも知れない。しかし、母はイエスの真の母であり、二人には連続性がある。マリアの母性を通して、イエスにつながり、イエスが父に祈る。そんな祈りの経路・道筋があってもいいのではないか。もちろん、マリアの人間性とか母性においてではなくして、イエスにおいて、その神性において、何事かが起きるのではある。

祈りを誰に向かってするのか、そう考えた時、父性にではなく、母性に向かってなされる。ちょっと、そんなことを考えてみた。マリアと観音も女性であることは、そのことをを表しているのではないかと思った。

そして、キリスト教における母性原理の強調は、大切な要素と思った。遠藤氏の再考を促されたのである。

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聖母文庫

長崎市のカトリック系出版社、聖母の騎士社から聖母文庫というキリスト教関係の文庫本が出ています。キリスト教出版では、プロテスタントが先を行っているように思うのですが、この文庫には敬意を表したいと思います。キリスト教出版界での唯一の文庫なのです。驚きです。最近は、読み応えのある文庫が出ていて、思索のきっかけを与えてくれます。

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夢見る少年

私は夢見る少年になりたい
眠って見る夢でなく
覚めて見る夢を見たい
覚めて見る夢とは思い出のこと、
そして自分が何かを知らせてくれるもの
時代を超え、国境を越えて
夢は広がる
少年の心を持って
そんな夢を見続けたい
司馬遼太郎とは、
そんな夢見る少年であった

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2006年1月21日 (土)

ホリエモン精神

人騒がせなライブドア。人騒がせが、それだけで悪いとは思わないが、かっこよくいきたいものだ。たとえば、インドのガンジーさんなど。命を張った非暴力・無抵抗運動を指導して、それで世界は感動した。そんな感動で、人騒がせするなら、ライブドアの株を買いたい。しかし、上昇志向が人一倍強いホリエモン精神に、下を見る余裕があるのだろうか。下を見れば限りなく、貧しい人たちが続く。芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」のように、下には下がいる。彼らの命綱を切ったのが、今回の騒動の原因にあるのかも知れない。

ホリエモンさんは、会社を大きくしたいという。何か拝金主義でこり固まっているように見える。どこかに、不安があるのだろうか。資本主義のルールの中で、ITという現代の「神」の意思に合致して、奇跡を現代社会に現出しているようにも見えるのだが、一体何が欲しいのだろうか。巨大企業への夢をお持ちのようだが、巨大企業に、そんなに魅力があるのだろうか。資本主義の先達のように、巨大企業化の中に自分の救いの確証を求めているのだろうか。まさか、そうではあるまい。単なる夢に過ぎないようなのだが、動機が分からないのである。

企業には企業の使命がある。その使命達成の中に健全な喜びがある。そして、企業の株があがる。そんな過程が無視されているように見える。そんな意識が社会の蔓延するのは、健全な社会意識を崩していることになるのではないだろうか。それとも、社会全体がゲーム化している現代にあって、そう思う私は古いのだろうか。

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しつけ

幼児期の逆境は人間を本当に芯のある人間にするのだろうか。「おしん」は、いい経験をしたものだ。

自分のことは自分でする。自分の始末は自分でつける。サムライ精神の原点である。それはしつけの原点でもある。このしつけがないと、人はのちに生活しにくくなる。

豊かに育った現代の青年に、このしつけがされていないと、将来に不安を感じる。

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生活に感動を

朝寝坊 休みの日なり あと5分

異次元に もういいかいと 声かける

根なし草 大地を変わる しんどさよ

人は皆 表現者なり 誰もかも

我は行く 彼岸目指して よろよろと

心病み 記憶直しを 試めよ

深夜便 感動乗せて 今日も行く

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2006年1月20日 (金)

健康の秘訣

かつて勤務していた会社の代表であったM先生が、クリスマスに従業員をねぎらおうと、われわれを東京・銀座の中華料理店に招いてくれた。その時、丸いテーブルに並んだ料理を前にして、こう言われた。
「少しずつ、多くの料理を。それが健康にはいい」
この言葉を忘れることができない。これが健康の秘訣なのだと、今でも思う。
生活の小さな知恵が大切である。それを生活の中に取り入れること。こんな生活習慣が蓄積して、人は快適な生活を送ることができるのである、と思う。
M先生は、食事と歓談のひとときを終えると、銀座の闇の中に一人消えていった。その、うしろ姿に意気軒昂なものを感じた。当時、大学紛争は収束していたが、ある大学の院長であったM先生に、その苦労の影は見えなかった。

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病妻

病妻と 共に我行く よろよろと

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童謡の世界

私が子どものころ、テレビなどで童謡がよく歌われていた。童謡歌手といわれる人たちもいた。その中に、近藤圭子という人もいて、少し憧れていた。何か事件があって、その後、東京大学の近くで喫茶店を開いているということを週刊誌で知り、会社の同僚と店を訪ねたことがあった。圭子さんと母親がいた。私は一介の客を装い、何も言わず、店を出た。また最近、ラジオ深夜便で、小鳩くるみさんが出ていた。大学教授になっていたが、語り口が昔のままで、懐かしかった。
最近は、余り、童謡を聞かないが、NHKラジオ深夜便で、時々、童謡の紹介がされている。いつも聴いている。そのたびに、イエスが子どもたちの世界を「神の国」になぞらえていたことを思う。こんな個所が聖書にある。

イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。それを見てイエスは憤り、彼らに言われた、「幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい。止めてはならない。神の国はこのような者の国である。よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受け入れる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。そして、彼らを抱き、手をその上において祝福された。(マルコ10・13-16)

子どもたちは成長して、やがて大人になる。そこには弱肉強食の世界が待っている。その中で生き抜くためには、子どもたの純心な世界にひたっているわけにはいかない。大人の世界が一般化し、浸透していけばいくほど、子どもの世界は忘れられていくのかも知れない。しかし、イエスは、子どもたちの世界こそ、神の国に近いといわれた。童謡の世界は、われわれに神の国を垣間見させてくれるようである。童謡を聴いて感動する。それは、われわれが神の国を慕い求めているからである。

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2006年1月19日 (木)

被差別部落民の信仰

江戸時代、被差別部落民の中にキリシタン信仰が流れたかも知れないと、先に触れたが、確かに、そんなこともあったようだ。NPO法人長崎人権研究所事務局長の阿南重幸さんに関する記事=長崎新聞(05年12月31日、22面)=に、こんなことが書かれている。
「江戸時代にポルトガル人宣教師が本国に書き送った書簡の訳本を丁寧に調査。禁教令の下、キリスト教を信仰した被差別部落の人たちが弾圧・処刑に抵抗する姿や中国人、オランダ人相手に牛やシカなどの皮革貿易で大活躍したあとを次々と公表してきた。いずれも埋もれていた史実」
信徒が被差別部落に入ったのか、もともとの被差別部落の人たちが信仰を持ったのか、ここでは、後者のように書かれている。しかし、江戸時代にも、信仰は見えない形で続いていたと言えるのかも知れない。少なくとも形は変わっても、絶えたわけでないことは、はっきりしている。

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2006年1月18日 (水)

日本版「新しき中世」

「新しき中世」とは、元来は第二次世界大戦を挟んで、西洋思想史の中で提唱されてきた言葉である。提唱者の国籍は多様であった。日本史をベースにして、それを唱えた人はいないと思う。しかし、日本史においても、それは妥当するかも知れない、と思った。
日本の近世は鎖国体制であった。その反動しての近代は富国強兵の旗を掲げ、少し無理をしたかも知れない。こうして、近世と近代は、ある意味で連続しているのである。
では、近世のスタートは何であろうか。鎖国の理由であるキリシタン禁制である。その象徴的出来事が長崎での26人の処刑であった。彼らは聖人とされたが、この出来事は、日本キリシタン史の全体の苦難の象徴としての意味もあろう。それで、彼らの人格が聖人の如くに高められたという理由によるのではなく、その出来事の故であろうと思うからである。
もし、日本にも「新しき中世」の提唱が可能であれば、それは、このような近世・近代への批判としての意味であろう。それは、あの26人の処刑から始まる日本史に対して、反省を加えるものである。そして、そのような洞察は、既に行われている。和辻哲郎の『鎖国』が、そんな視点で書かれている。その視点の有効性を、現代においても生かすことは可能であろう。その流れの中では、日本版「新しき中世」が生まれてくるのである。
かつて、遠藤周作は吉満義彦との語らいの中で、西洋版「新しき中世」への疑問を持った。それは、日本での妥当性への疑問であった。こうして、遠藤はキリシタン史を題材にした小説を書き続けた。彼は、「新しき中世」の理念の中で作業したのではなかったが、キリシタン史を題材とすることは、日本版「新しき中世」への道案内をしたともいえるのである。その意味では、遠藤周作のなしたことは、現代日本の中で忘れられてはならないことである。

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西條八十

ラジオ深夜便で、五木寛之さんが西條八十について語っていた。「日本では最大の作詞家といっていい」といっています。確かに今でも、歌の紹介で、その名前はよく耳にしますが、余り関心はありませんでした。戦時中、軍歌を作ったということで批判されたとのことでした。『父西條八十』(西條嫩子著・中央公論社)という本がありますが、そこに「なぜ軍歌を作詞したか」という項目があり、本人の弁明もあります。

ところで、著名な作曲家、山田耕筰、信時潔などキリスト教の洗礼を受けています。音楽とキリスト教との関係は日本でも深いと思いますが、西條八十も、一時、ホーリネス教会の中田重治牧師の講義を聴くこともあったということです。「関東大震災と妹慧子の病死」の項目で触れています。これは初めての発見でした。中田牧師は「父の詩心にも数々の影響を及ぼしている」と、著者で、娘の嫩(ふたば)子さんは書いていますが、どんな影響かは触れていません。

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2006年1月17日 (火)

ルター像

「新しき中世」というテーマに関して、フランスの思想家ジャック・マリタンを抜きには考えられないだろう。日本で、この立場の論客は、ただ一人、吉満義彦であった時がある。彼は日本人ではただ一人のマリタンの弟子であった。しかし、残念ながら、マリタンの著書は、日本では余り翻訳されていない。その中で、たとえば、『三人の改革者』(1923)という著書があり、翻訳が出ていた。ルター、デカルト、ルソーを論じたものである。
以前、読んだ時、ルター解釈が何か、それまでの理解とだいぶかけ離れたもので、プロテスタント信仰者の中では、批判があると思ったが、実際、そうであった。『激動するアメリカ教会』(古屋安雄著、ヨルダン社)の149-152頁を参照すると、こう言われている。
マリタンのルター像については、アドルフ・ヘフテが著書『コッホレウスのルター注解の呪文に縛られたカトリックのルター像』(1943)の中で、16世紀のコッホレウスの偏見に満ちたルター像が無批判に受け入れられているという。コッホレウスは1549年の『マルティン・ルターの行為と著作についての注解』で、憎悪に満ちたルター伝を書き、これが、のちのカトリックのルター像になったという。
しかし、逆を考えれば、日本では、これまでカトリックのルター批判は余り紹介されてこなかったのである。公平に考えれば、これもまた問題があるのではないかとも思う。近代日本そして現代においても、キリスト教出版はプロテスタントの方が国民に浸透していると思うが、世界の現実はプロテスタントだけがキリスト教ではないからである。

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中東問題

イスラエルという国が連日、マスコミの話題になっている。中東和平に日本も関心を持っているが、それは、石油の産地でもある、その地域に混乱が起きれば、エネルギー問題が世界的に、そして日本でも起きるからでもある。しかし、米国では、この国に対して、日本とは別の関心もあるのではないだろうか。

米国の建国はピューリタン移住民によるものであった。当時の宗教問題がからんだ世界的な移住であった。英国国教のローマ寄りに我慢ならない人たちが移住した。世界の歴史の中で、類似なものを探した時、イスラエルのエジプト脱出しか思い当たらなかったかも知れない。エジプトを出たイスラエルはかつての故郷を目指した。そしてエルサレムのある、その約束の地に定住した。英国を出た移住民たちは、当時の英国を、あのイスラエルの人たちが苦しんだエジプトに見立てたのではないか。こうして「出エジプト」で移住した米国を「約束の地」と思ったのではないか。米国は、今、世界の大国となった。

ところで、紀元70年、ローマ軍によってエルサレム神殿が破壊され、世界に離散したユダヤ人たちは、あの大戦の試練を超えて、約束の地に国を造った。これもまた、ある意味での、2度目の「出エジプト」ではないのか。であれば、同じ、「出エジプト」で国を造った米国とイスラエルが、何か強い共鳴で結びついているのかも知れない。日本人には分からない意識が働いているように思う。

日本人としては、個人的な移住はあるが、宗教的理由による団体的移住は歴史的にないし、これからもないだろう。もっとも、幕末、そんな計画があったかも知れない。しかし、日本人としては、この地を「約束の地」と考えて、理想的な国造りをしていくような可能性しかないのである。であれば、どんな宗教団体でも、この地におれるようにしなければならないし、また、宗教団体には、日本という「国のかたち」に対する理解と受容が必要とされるのではないだろうか。

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救いの理解

救いの理解に関して、プロテスタントで二つの理解があります。従来は対立的に捉えてきたのですが、あるいは、どちらでもいいのかも知れません。ここでは、救いとは、1階から2階に行くことを意味します。
一つは、こうです。
1階から2階に行くために、はしごがあります。しかし、はしごがあっても、2階に行く意志がなければ、行けません。人が2階に行くには、はしごの存在と、人の動機の二つが必要です。まあ、普通の考え方かも知れません。この場合、宣教者の仕事というのは、はしごの存在を知らせるということです。はしごは福音です。その人に動機があっても、はしごがなければ2階に行けませんから、はしごを与えてくれた神を賛美し、人に救いの究極的原因があるとは言えません。
もう一つの理解は、こうです。
神のなさることは、2階に行こうという動機を人に与えるということです。神の意志は必ず実現します。だから、その人は必ず2階に行くのです。その過程の中で、はしごが存在していて、人ははしごを使いますが、2階に行けた理由は、はしごがあるというよりも、2階に行くという動機がある、ということであり、それは神の与えたものというのです。これも、救いの原因は、動機を与えた神ということになり、人ではありません。
私は最初の理解をしたいのですが、あとの理解でもいいような気がします。ということは、両方とも真理といことかも知れません。

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2006年1月16日 (月)

ラジオの楽しみ

定年後の人生にとって、ラジオは楽しみを与えてくれるかも知れない。テレビと比較して、ラジオは情報量としては劣るけれど、テレビのように一定の場所に固定される必要がない。それが大きな利点なのである。道を歩きながら、喫茶店で一休みしながら、ラジオ楽しむことが出来る。テレビでは、そうはいかない。
ラジオで朗読の魅力に触れることも出来る。朗読なんて、と私は軽く考えていたが、どうして、なかなか面白いものである。感動し、何日も余韻が残る場合もある。
最近は、小型のデジタル・オーディオ・プレーヤーが出回っている。私も、安いのを買った。これもCDとかMDに比べれば重宝だ。しかし、流れてくるのは音楽だけである。ラジオでは、音楽もあり、朗読もあり、会話もありで、いろいろと考えさせられる。その点、ラジオの方が刺激の多様性がある。
そんなラジオ番組でお勧めなのは、なんと言っても、NHKラジオ深夜便である。しかし、深夜に起きているのはしんどいことである。録音して、昼間の空き時間に、「○○しながら」聴くこと、これが結構楽しいのである。浪費しているかも知れない時間を有効に使えたという満足感もある。
最近は、ラジオの良さを味わっている。

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2006年1月15日 (日)

新聞の読み方

以前、新聞を隅から隅まで読むという人がいて、驚いた。時間が足りないだろうし、中には、どうでもいい記事も多いはずだ。そんな必要はないと思う。
新聞はまず見出しを読む。それは簡単で、すぐに終わる。そして内容を想像し、その時点で、既に分かっている記事は読まない。見出しで、少し、ひっかかるものを読む。
新聞を読むことは、実は自分探しのためでもある。自分の興味・関心が、どこにあるかが、それで分かる。それは大切なことだ。できるだけ、幅広く情報に接し、記事の関心度から自分を見つけていくのである。その結果は言葉として残しておくこと。そうしないと、発展性がない。
現代社会では、自分の好奇心を正しく管理していかないと、自分が分裂してしまう。刺激は多く、強く、自分は、そのすべてに反応するわけにはいかないからだ。

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元号と西暦

天皇が代わると、元号も変わる。私は昭和の時代に生まれ、今、平成。次の元号時代にも生きられるかどうか。

ところで、西暦はどうなのだろうか。数年の誤差があるというが、イエス・キリストの誕生で紀元(A.D.)と紀元前(B.C.)に二分されている。2006年というのは、元来はイエス・キリスト誕生後2006年という意味である。

ところで、西暦は、元号のように代わることがあるのだろうか。もしあるとすれば、キリストの再臨の時であろう。ある意味では、再臨を2006年も待っているということを西暦は意味している。

イエス時代の直後に新約聖書が出来て、それまでの聖書が旧約聖書と呼ばれるようになった。その聖書が今でも読まれ、信じられている。であれば、紀元何年という今の時代には、その間の不変のかたちが隠されているのではないだろうか。日本の歴史は、それよりも新しく、西暦の意味する根底歴史の中の、一つの歴史として考えることも出来るのではないだろうか。

今、日本では元号と西暦が併用されている。その意味を考えるのも意味深いことである。

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大乗の時代と地獄

仏教で大乗が姿を現した時と、キリスト教が誕生した時とは歴史的には接近しているし、お互いの教えは類似している。何か関係があるのではないだろうか。シルクロードあたりで接触があったのでないだろうか。
悟りを開いた仏陀は小乗時代の人で、司馬遼太郎さんは、仏陀の悟りは普通の人には無理だろうという。
さて疑問。悟らなくて死んだとしても、地獄に行くわけでもなく、それはそれで構わないのだろうか。輪廻というかたちで、死後にもなお往生の可能性を残しているのだろうか。あるいは、こんな発想が大乗的で、霊魂の実体性を否定している仏陀には、こんな発想はなかったのかも知れない。
こんな難しい仏陀の悟りの道の対極にあるのが、親鸞の教えなのだろう。そこでは救いの方法は簡単で、だれにでも可能だ。同じように、キリスト教の福音の道も信仰のみだから、簡単で誰にでも開かれている。
そこで、問題なのは、その簡単な道にもかかわらず、その道に入らない人たちは、どうなるのだろうか、という点である。親鸞では万人救済的なので、信仰を持たなかった人にも、なお何かのかたちで救いの余地が残されているのだろう。しかし、キリスト教では、地上にいる間に魂の永遠のすみかが決まるという、ある意味で恐ろしい教えがある。錬獄の教えは、それを否定しているのではない。
地獄、そんなものはないよ、勧善懲悪のために作られた想像の産物さ、そう思う人もいるのだろう。現代人では、それが普通かも知れない。しかし、もし天国があるとしたら、地獄もあるかも知れない。そして、天国の味を知った人は、地獄も肯定せざるを得ないだろう。さて、そんな思想を持った時、人の親となるということは、このような恐るべき選択の世界に、一つの魂を誕生させるきっかけを作るということを意味している。自分の子どもが地獄に落ちたら、親としてどう思うだろうか。恐らく、耐えられないのではないだろうか。人の親となるということには、そういう意味が込められているのではないだろうか。

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2006年1月14日 (土)

生き方の発見

今日の朝日新聞朝刊19面「生活」欄に、「朝山あつこさんからあなたへ」という記事があります。そこに、生き方発見の仕方が紹介されています。
要するに、「一人一人の心の中にあって、素直に楽しかったり、夢中になったり、大切に思ったりする何か」を発見しようということだ。それが、その人の「よりどころ」。それを発見して、それを伸ばしていけばいいのだ。「好きということには理屈抜きの絶対的なパワーがある」と朝山さんはいう。全く、同感である。こんな生き方を子供たちに紹介しなければいけない、と思う。勉強は出来るが、うまく生きられない子供になって欲しくない。まず、うまく生きられること、その次に、出来れば勉強も成績がよければいいが、成績が悪くてもいい。そんな順序で考えたい。
朝山さんは、「子どもたちが将来の夢や仕事を考えるためのプログラムを開発し、学校などで実施しているNPO「キーパーソン21」代表」とのこと。

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少子化問題

子ら減りて あわてるなかれ 悪も減る

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幸せのおすそ分け

あなたは、幸せであっていいんだよ。幸せでなければ、幸せのおすそ分けはできないからね。
それに、幸せのおすそ分けは自然であった方がいいな。なぜなら、幸せは自由なのだから。今、たまたま、あなたに宿っているだけなのだから。それに、幸せは、どんなにおすそ分けしても、なくならないから安心していいんだよ。
幸せの押し付けなんてしない方がいいよ。たとえ、それが崇高な使命であっても、幸せの自由な流れ方に人為的な作用を加えるのは、私はやめた方がいいと思う。
中には、幸せを「売る」ことを職業にする人たちがいて、そのために、あなたに「不幸の自覚」を促すことがあるかも知れない。しかし、自分は幸せと考えている人にとっては、余計なお世話だろうね。その人たちには、あなたは無用の人だ。それはそれでいいじゃないか。
だから、あなたの周囲には不幸な人たちが集まる。それでいいんだよ。幸せは、不幸な人たちに惹かれているのだから。不思議なことに、この幸せは不幸な人たちが好きなんだ。それは不幸な人たちに対して自分を誇るとか、見下すとか、そんなものじゃない。自分を受け入れてくれるという期待が、そこにあるんだよ。
こうして、幸せが流れていく。そうすると、ますます幸せになるんだよ。

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2006年1月13日 (金)

愛の問題

愛とは共にいることの喜びなのである。しかし、人の世では、この喜びがやがて中断される時が不可避的にやって来る。それは誰もが分かっている。それが愛の問題、最大の問題である。

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『ラジオ深夜便』

月刊誌など、ほとんど読まないのですが、最近、『ラジオ深夜便』を読むようになっています。放送の内容など載っていますが、時には、驚くような体験談もあり、びっくりしています。人生を思い、生活を向上させたいと願っている人には有益な雑誌ですね。

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孤独

孤独は恐ろしく、また楽しいものだ。
孤独が恐ろしいのはコミュニケーションなしの地獄への入口になるかも知れないから。人は、みな、それを予感している。人間とは、「間」を生きるもの。「間」とはコミュニケーションのこと。だから、コミュニケーションなしの世界には人は生きられない。従って、そんな世界に入るのを地獄の経験というのだ。
孤独が楽しいのは、コミュニケーションがあるからだ。いや、ありすぎるのだ。もちろん、孤独が見える姿では独居であれば、そこに会話はないか、あるいは極端に少ない。それでも、魂への何者かのアプローチは絶えない。それは見える環境との交流でないだけに、いつまでも、臨終の床までも続くのだろう。

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新約聖書の古さ

新約聖書というと、「新」の言葉のために、なにやら新しい教えという感じを持ってしまう。しかし、実は、現存する日本最古の歴史書・古事記よりも古いのである。古事記は712年に出来たが、新約聖書は1世紀後半に成立し、397年には現行形態となっているのだ。しかし、語感から言うと、古事記の方が古いように感じてしまう。古事記の方が、新約聖書よりも、ずっと新しいのである。

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2006年1月12日 (木)

血筋

家族とは血筋による共同体である。遺伝子などによって、お互いに近さを感じることもできる。相続がからむ時、争いが起きることがある。男性が女性の家に入る時には、婚姻と同時に女性の親との養子縁組もしておかないと、のちになって、財産がある場合など、相続問題が起きて、もめるかも知れない。
また血筋によって先祖ともつながることができる。傑出した先祖を持つ人たちは、それを誇ることも出来るだろう。また、その逆もありうるだろう。
旧約聖書の世界では、この血筋が重んじられている。マタイ福音書の冒頭は系図である。血筋を問題にしているのだ。しかし、新約聖書の世界では、血筋が第一義の問題でなくなっている。ヨハネは、「神の子」の誕生の過程について、「それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生まれたのである」(ヨハネ1・13)といっている。イエスも、「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。」(マタイ10・37)と言っている。血縁共同体に対する挑戦である。ここに世界に開かれた共同体があるのではないだろうか。
大切なのは、血縁共同体の単純な排除ではない。それとは別の共同体もあり、現在、存在していることを知り、その中での血縁の位置を見直すこと、相対化することだ。血縁を民族と換えてもいい。日本人とは日本民族のことであり、世界の中では非常に特殊に存在と思う。その民族性を生かすためには、どこかで世界性とか普遍性を考えなければならない。このバランスを考えることが、日本のためでもあり、世界平和のためでもある。

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家族

私の生まれた家は、どうも戦火で消失したらしい。記憶に残っているのは木造二階建ての家である。
私の父は、私が1歳になる前、フィリピンで戦死した。ただ写真で、その姿を知るだけで、会ったことはない。いや、母が私を背負って、麻布の連隊にいた父に面会したのだと言っていた。もちろん、私にその記憶はない。
父の葬儀の写真に小さかった私が写っている。私は左端に一人で座っている。その写真に写っている時計の位置を見て、この家で葬儀があったのだと知った。しかし、記憶がない。
この家の二階に住み込みの職人さんが一人住んでいた。よく二人で将棋をした。祖父母と母と私は1階にいたのだろうが、これも余り記憶がない。
そのうちに、家のすぐ前に新しい二階建てが建った。私は祖父母と一緒に新築の家の住人となった。やがて母は再婚し、弟が二人生まれた。こうして、一つの敷地に二つの家屋が出来て、家族も何か二つになったようだった。母の家族は別の家族に思えた。
私は老人たちの環境の中の子になった。祖父との心の交流は余りなかった。ただ病気で6畳の部屋に寝ていた時、祖父から芥川龍之介の本をプレゼントしてもらったことがあったが、余り会話はなかった。医師が1日に2回も往診に来たことがあった。そんな時、何か自分の意識が天井の方に移ったように感じたこともあった。臨死体験だったのかどうかは知らない。
この部屋で、クリスマスの時、枕元にプレゼントが置いてあった。小学校低学年の時、何度か、クリスマスの思い出は、枕元に何があるかという期待感に溢れていた。
幼稚園の園児だった時、他の園児とちょっとした争いがあり、私は幼稚園に行きたくなかった。しかし、祖母は私を背負い、無理にも連れて行こうとした。頑固なところがあった。夕食なども、私は、いつも祖父母の中でとった。ときに祖母は何か気に入らないところがあったようで、祖父に食ってかかり、茶碗を庭に投げた。気性の激しいところも持ち合わせていた。そんな祖母だったが、晩年、私がたまたま家に帰ると、やさしくなっていた。「私と一緒に住みたい」とも言ったので、驚いた。何か、実家では、いづらいところがあったのだろうか。その時の祖母の顔が忘れられないでいる。やがて、病で倒れ、1か月ばかり病床にあり、亡くなった。臨終の床に私はいなかった。
今は、祖父母も母も母の再婚の父もいない。亡くなってみると、みな懐かしい人たちばかりだ。

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新撰組

戦後まもなく、鞍馬天狗という映画があった。小さな美空ひばりが出ていた。あのころは、勤皇が正義で、新撰組は悪の代名詞のようであった。敵を斬る、裏切り者を斬る、怖い存在でもあった。
しかし、最近は、新撰組は、どうも、そうでなくなったらしい。悪とか、怖いといった印象が薄くなってきた。土方歳三なども、魅力ある存在として描かれている。
どうして、そうなったのだろうか。もちろん、「滅びの美学」というものは、新撰組にもある。近藤勇にも土方にもある。それが魅力なのだろうか。それとも、近代日本に飽きて、江戸時代への郷愁のようなものが作用しているのだろうか。
最近の新撰組は怖い存在でなくなった。しかし、人を斬ることに躊躇しない人たちであれば、そのような印象の変化もまた怖いことではないのだろうか。

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2006年1月11日 (水)

存在の類比

神学は神について語ることであれば、そのベースは「神は何々である」と語る肯定神学でなければならない。しかし、神については語れないことが分かる。そこで「神は何々ではない」という否定神学の要素も必要となる。であれば、この両方の要素が必要で、どちらか一方だけでは不十分ということだ。この肯定神学、否定神学の両方を必要とする視点が存在の類比である、と私は思う。

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社会の変化に

景気がいいらしい
ミニバブルとの声もある

社会に自信が回復してきたように感じる
活気が出てきたようにも思う

刺激も多く、強くなった
目を外界に向けよ、と誘う

その中で願うのは
穏やかで、静かな生活

一番大切なものを
見続ける生活

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お産婆さん

過去たちは現代に生まれたがっている。そのための、お産婆さんはたくさんいる。中には有能な人もいる。それらのお産婆さんたちの手によって、過去たちは現代に生まれている。
われわれは過去たちを、ある程度、知っていた。この過去たちの再生は、その認識の深化を意味しているようだ。
景色は変わらない。しかし、山を登るにつれて、景色はより広い全体の中で見ることが出来、遠くまで眺めることができる。そんな「見る」ことの喜び、欲求がある。そういえば、司馬さんも、どこかで、そんなことを言っていた。不思議な人だ。我々の旅の中で、いつも、彼の言葉が聞こえてくるのだから。

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『坂の上の雲』

司馬遼太郎さんは、『坂の上の雲』の映画化には慎重であったらしい。誤解されて、変な自信が生まれて、戦前に回帰することを恐れたのだろう。しかし、夫人は、後に変な映画となるよりは、と思い、承諾されたと、以前、何かで読んだ気がする。
『坂の上の雲』は近代日本の讃歌なのである。その近代は、日露戦争の勝利からおかしくなり、坂を下り始め、太平洋戦争の敗戦で底に達した。そんな歴史観を司馬さんは持っていたかと思う。その時、坂を下り始めた時から底に達した時までを、近代日本の挿入部分と見たら、日本は、なお近代を続けることになるのである。それは誤解、誤読である。司馬さんが、そう思ったかどうかは知らないが、「新しき中世」の歴史観では、現代日本は近代の延長ではないのである。近現代といって、近代と現代を区別する。現代を近代の中に包摂することは、違うのではないだろうか。その違いをしっかり見据えることは大切なことであるように思う。

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続・隠遁生活

「なぜ、隠遁を好むのですか」
「同時代人に知られるのが恥ずかしいからですよ。私は無名でいたい」
「それなら、こんな書き込みはしない方がよいのではありませんか」
「確かに、矛盾ですな。しかし、後で役に立つかも知れない。思想は表現しないと、心の内側で、とどこおるのです。それは心の健康のためによくありません。常に新鮮な思想に触れるためには、それを放出しなければいけない。そのために書き込みをしているのかも知れませんな」

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隠遁生活

私は隠遁生活に憧れているものであるが、都会のど真ん中での隠遁生活もありうるのではないだろうか。修道院を世俗の外から内に移して、世俗内禁欲という生活スタイルを創った人たちが、初期資本主義のリーダーたちだったと、ウェーバーはいう。それと同様、隠遁生活は何も人里はなれた地でなされるだけではない。それでは、かえって人目につくではないか。都会のど真ん中で、ひっそりと生きること、これが最高ではないだろうか。こうして、ゆっくり生きていると、いいろな夢を見る。やがて、自分に一番大切なものが見えてくる。その方向に、ゆっくり生活の舵取りをすればいいのだ。

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2006年1月10日 (火)

老子

『老子と暮らす 知恵と自由のシンプルライフ』(加島祥造著、光文社)という文庫本を購入した。老子の考え方は、決して難しいものではないと思った。西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一の考え方、また否定神学を知っていれば、その解説のようなものだ。

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歴史への関心

歴史教育というものは、歴史的事実の記憶ではない。しかし、入試という関門をクリアするには、記憶が大切である。そして、それが課題であれば、記憶こそ歴史教育ということになろう。しかし、それでは興味が起きない人も出てくる。
歴史小説を書き続けた司馬遼太郎さんは、敗戦時の日本軍に疑問を持ち、その回答を歴史に求めた。そんな関わりが歴史に対する本当の関わりなのだ。要するに、現在の疑問がある。その回答を歴史に求めるのである。現在の疑問から始めなければならないのだ。
歴史とは現在・現代の理解の深化を目的としなければならない。この一点が保持されるのであれば、歴史に対する興味・関心というものは格段とあがるに違いない。
そして、その関心事を歴史小説の中に表現していくのである。そうしなければ、読者は現代との対話という歴史の役割に気づかないのではないか。
こうして積み上げられた歴史教育の蓄積の中に、民族の将来は期待されるのだと思う。

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2006年1月 9日 (月)

死者たちを想う

錬獄の教えがあり、死者による取り次ぎの祈りもあるカトリックの中では死者たちと生者たちとの交流は考えやすい。死者たちのための祈りは完成途上にある死者たちへの応援であり、死者による取り次ぎの祈りは、生者への応援である。
仏教では死者のために法事がある。どんな意味があるのか、よく知らない。カトリックと仏教は、生者が死者に向き合う時、同じような考え方があるのだろう。
しかし、プロテスタントでは、交流はない。祈りはただイエスに向けられるのみで、死者(復活者)からの慰めは聖霊のみ。キリスト教はプロテスタントが根本にあるのであり、カトリックは、それに付加しているのであり、その根本を否定しているのではないだろう。
しかし、もしあるとして、死者たちとの交流の実感はどんなものなのだろう。聖霊は生ける神であり、この実感は信徒であれば、みな持っているだろうが、それ以外、死者たちの交流の実感はあるのだろうか。私には分からない。
しかし、我々は、いろいろな意味で死者たちとの交わりを持っている。昨日、NHK大河ドラマで司馬遼太郎さんの「功名が辻」の放映が始まった。司馬さんも死者、ドラマの登場人物も、今ではみな死者たちだ。われわれの世界は実に、死者たちとの対話・交流を日々、熱心に行っているともいえる。生者たちは、こうして日々、死者たちの影響下にいるとも言える。ある意味では、死者たちも、こうして生きているのかも知れない。しかし、このような意味で、死者が永遠に生きるのだと考えるとしたら、「永遠の命」の意味を誤解することになろう。
死者たちとの対話なくして生者たちは生きられないことは日々、痛感するのであるけれど。

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新生

自分の人生でありながら、そうでないような気がする。別の人格がとりついたように思える。
自分を知る人たちは、自分に以前の反応がないのに気づき、驚いているようだ。死んだみたいだ、という。しかし、外形は死んではいない。どう解釈したらいいのか、とまどっているみたいだ。
家族・地域共同体から孤立している。彼らと同じ感情が持てないのだ。困ったものだ。しかし、どうしようもない。
突然、不思議な充実感がやってくる。以前は知らなかったものだ。もう死んでもいいと思う。この世でやることは何もない。臨終の床は悲しみの時でもなく、深い安らぎの時になるだろう。なぜなら、その時にやってくると思われる死の不安がないからだ。
不思議な経験である。しかし、なくならないのだ。いつまでも続いているのだ。

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2006年1月 8日 (日)

広告環境

都会生活は実に刺激的だ。われわれは無数の広告に取り囲まれている。広告の目的は人の購買である。購買の目的を達成しない広告もある。しかし、広告なくして購買はない。広告が、人のニーズに到達した時、購買が始まる。それまでは何も起きない。
だから大切なのは自分のニーズを正しく管理することである。必要なものと不必要なものを見極めることである。この自己管理が出来ていないと、都会生活は無数の、大量の、強烈な刺激のために、人を滅ぼしてしまうかも知れない。そして、それは、その人だけの問題ではなく、周囲にも悪影響を及ぼしてしまう。気をつけよう。

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復権の道

秀吉により処刑された26人。彼らは日本史では罪びとかも知れない。しかし、いま、世界10億の信徒たちが、彼らを聖人として覚えている。決して忘れられてはいない。彼らの出来事は、今も後も、永遠に忘れられることはない。キリスト教国でもない日本に、どうして26人もの聖人がいるのだろう。そんな国は他にあるのだろうか。そう思った時、キリシタンたちは復権しないではいないであろうと、思った。その復権の道筋がどうかは知らないが、やがて知られるであろう。

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遠藤周作さん

遠藤周作さんは、信濃町駅近くの寮(今は真生会館となっています)の寮生だった時、舎監であった吉満義彦さんとの対話を残しています。
吉満さんは、「新しき中世」の論客でしたが、遠藤さんは、疑問を持ったのです。この立場は日本で、どうなのか、と。
やがて、遠藤さんはキリシタンものを書き続けるようになりました。作家としては、それでよかったと思います。日本人の読者に語るには、やはり日本を題材にした方がよい。司馬遼太郎さん、梅原猛さんなど、多くの読者を持っていますが、やはり日本について語っているからです。
カトリック作家として遠藤さんが選択したキリシタンものは面白いだろうか。日本人は、彼らを弾圧した秀吉、徳川幕府と続く政権・権力の方に関心を持っています。キリシタンものが、どのように現代と、またわれわれと関係しているのか、そのへんが、今ひとつ、不明なのかも知れません。もちろん、キリシタンがつながっているバチカンという国は、いまも厳然と存在しているのですが。
あの遠藤さんと吉満さんとの対話が、今も続いていたら、どうなのでしょうか。対話は今も続けていって欲しいと思います。

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2006年1月 7日 (土)

矢代静一作品

私は、矢代静一さんの作品に接したことがなかったが、1月6日、初めて接して、びっくりした。正直、感動した。
NHKのラジオ深夜便で聴いた「弥々」という作品(原作・矢代静一、朗読・毬谷友子、ギター・榎田竜路)で、良寛さんの初恋の人・弥々の物語。朗読コンサートアンコールで、再放送とのこと。
毬谷さんは矢代さんの娘さんとのことだが、何か圧倒された。
以前、高堂要さんが、週刊の新聞に、矢代さんの劇評を盛んに書いていたが、感動していたのかも知れない。お二人とも、既に故人となった。
こういう番組を紹介できるラジオ深夜便もすばらしい。深夜便が聴けるためにも、日本人に生まれてきてよかった、とつくづく思う時がある。ちょっと、おおげさな言い方ではあるけれど。

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聖地

エルサレムは、世界のキリスト教徒にとって聖地である。長崎は、日本のカトリック教徒にとって聖地である。そのら聖地から流れるものが世界を、そして日本をうるおしている。その流れは見えなくとも人々の心に届き、天への無数の旅人たち、巡礼たちを励まし、かつ案内している。

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情報洪水の中で

現代社会の情報洪水は、かなり以前から指摘されていた。悪いことではないが、情報選択の力のない人にとっては、かえって危険なことでもあろう。洪水でおぼれる人が出るかも知れない。おぼれないためには情報の選択が必要になる。
選択のためには、自分なりの価値観の確立が必要だ。世界観とか価値観とか、それらがなければ、選択ができないからだ。そして、それらの中で、何か閃いたことがあれば、それに集中していけばいいのである。
「天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。」(マタイ13・44)

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2006年1月 6日 (金)

転職

転職はできたら避けたい。しかし、時に、これでいいのか、このまま時が過ぎていっていいのか、と思い、心残りがする場合、人は転職を決意する。
転職はいっとき解放感があるかも知れないが、経済生活の安定を欠くことであり、また、生活の規則性が失われ、病気になるかも知れない。しかし、自分に納得のいく時間の使い方をしたいという思いは大切だ。自分は何のために生きているのか考えて、新しい生活を確立するための準備をしなければならない。自分探しが、そこで行われる。自分が死ねる目的が現れたら、そこで新しい歩みが始まる。
転職は新しい自分探しのスタートである。そこでは自分は何かが問われている。これが分からない限り、人は転職を続けるのかも知れない。

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日本の聖地

日本の聖地は長崎である。キリシタン殉教の地であり、原爆が投下された地でもある。もちろん、原爆は広島にも投下されており、そちらの方が世界的には知られている。
原爆投下に関しては、米国の人たちの声に、少し合点できないものを感じる。戦争を早く終わらせたかった、あれがなければ米国人にもっと多くの犠牲者が出た、など、そんな声だけが聞こえてくる。しかし、それだけというのが、どうも合点できない。いや、時代が変われば、別の声も聞こえてくるかも知れない。
なぜ、原爆が二個所に投下されたのか。それは偶然であろう。人の側に何か特別の意味があるとは思えない。しかし、象徴的に解釈してもいいのではないか。広島へは日本軍国主義への鉄槌、では長崎へは、どんな意味があるのか。まだ、誰も語っていない。
長崎は、遠い昔、日本に鎖国へ向かう政策の始まった悲劇の地、その鎖国政策の誤りが何世紀もへて悲劇的結果を招いたのだと解釈することもできる。しかし、その地は同時に、日本が西洋文明に接し、鎖国の中でも窓を開いてきた所である。その文明は遠く、米国人たちが脱出してきた魂の故郷でもある。それは長崎に届いた西洋が、米国人たちの古い故郷である西洋中世のそれであるからだ。
時代が変わって、米国人たちが長崎に出会う時、そこに、あるいは「ふるさと」を見出すかも知れない。その時、日本軍国主義への鉄槌とは違った感情が芽生えるのではないだろうか。そして、日本は長崎から、現在、米国が担っている世界文明の流れを受け継ぐことになるのかも知れない。以上は空想である。

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日米関係

日米関係が、日本にとって重要なのだということは日本史を学べはすぐにもわかることだ。ペリーが来て、交際しましょうと提案しただけで、日本の体制が崩壊した。驚くべきことである。また、太平洋戦争では、日本の敵は米国であり、ここでも国を滅ぼした。こんなに大きな影響を与えた国は米国しかない。
日米関係をどう考えるか、それは日本の宿命のように思える。今は、日米同盟という日米安全保障条約があり、憲法の上に存在しているような現実味を帯びている。しかし、米国は米国、日本は日本だ。日本は日本の独自性において生きるしか道はないのである。その独自性をどこで見出すのか、そして、その独自性が同時に世界的にも普遍性を持つためにはどうしたらいいのか、この兼ね合いが大切だ。
実は、米国は故郷脱出組による国である。彼らが、もう一度、昔の故郷に出合う機会をもうけてあげたら、どうだろうか。ローマ帝国の末裔たちに、この日本で、ローマ帝国の文化遺産に出会う機会を提供したら、あの脱出以来の思いに一つの決着が与えられるのではないだろうか。それはまた日本の文化的独立にも意味があるのではないだろうか。
日本で米国研究が盛んになることは、日本を守るためには必要なことである。

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あの世とこの世

魂の救いを切に求めている人は、あの世中心であって、この世は逃れる場所であり、言ってみれば、どうでもよい場所であろう。肉体の死まで、そんな信仰を抱き続けるのが、正しい信仰のあり方と考える人もいるかも知れないが、いや、そうではない、という声も聞こえてきそうだ。そこでは、神はあの世を創ったのであり、この世は創らなかったということになるが、実際は、この世を創造したのだ。われわれが見ている、住んでいる「この世」こそ、神が創造した世界なのである。現在は、歪み、また苦しみの場所になっているかも知れないが、それでも、なお神が創造し、救いのわざを行っている場所は、この世なのではないか。
新生者たちは、この世は神が創造した世界なのだという観点を再発見すべきであろう。もちろん、魂が滅びる寸前の求道者たちにとっては、この世など顧慮する余地はなかろう。しかし、救いを経験した魂は、自分が顧みなかったこの世が神の創造した世界であることを、深く思うべきではないだろうか。

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2006年1月 5日 (木)

新生者らの集会

教会は「新生者らの集会」であると考える人たちがいる。バプテスト教会、救世軍などは、そう考えている。しかし、幼児洗礼を行う教会は、そう考えていないだろう。それでも、「新生者らの集会」が教会の本質に根ざすものと考えているのではないだろうか。水の洗礼は大切であるが、霊の洗礼は、それ以上に大切である。この二つの関係がどうなのか、そこに教会観の分かれる理由がある。

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幼児洗礼

プロテスタントのバプテスト教会は幼児洗礼を行わない。批判している。それは洗礼(バプテスマ教会では浸礼という)の意味であり、それが指し示している新生の条件である自覚的信仰が幼児では不可能であるという理由による。確かに、その通りである。
カトリック教会は幼児洗礼を行う。プロテスタントの改革派教会でも聖書の根拠を示しつつ、これを行う。
洗礼は新生を指し示しているかも知れないが、時間的に一致しているのではない。たとえば、パウロは新生があって、そのあとに洗礼を受けた。また、洗礼が先で、そのあと新生する人もいるだろう。あるいは、同時という人もいるかも知れない。しかし、大事なのは新生なのである。新生がなければ、魂は滅びるからである。新生の重要性は、バプテスト教会が強調するとおりである。
では、幼児洗礼は避けるべきなのだろうか。教会が、それを認めているのであれば、自分の子に幼児洗礼を受けさせてもいいだろう。なぜなら、幼児洗礼を受けた人が、救われる魂であれば、やがては新生に導かれるであろうし、そのような神の予定がなければ、新生にまで達せず、滅びるだろう。滅びる魂は滅びる。それは洗礼を受けていようが、受けていなかろうが、同じことだ。こんなことを思うと、親が祈りを込めて、子に幼児洗礼を受けさせることも、あえてよいのではないかとも思う。子がのちになって、洗礼の水を返したいと思っても、それは子の自由であろう。新生に達していない子にとって洗礼は無意味だが、子には、そんな選択をする権利はあると思う。

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隣人への義務

人が生を受けるということは、ある環境の中に存在し始めるということである。その環境について、先輩たちは、新たに生を受けた後輩たちに教える義務がある。そのかかわりの中で、人は生きることを選択し、また決断するのである。先輩たちが、その義務を怠ると、後輩たちはとんでもない間違いを犯すかも知れない。そうならないために、ここは是非、先輩たちに、言い残すべきことを、すべて語りつくしてもらいたい。
先輩たちが、その義務を感じ、何らかのかたちで、言い残すべき言葉を残していくこと、それは大切なことだ。なぜなら、それは、その先輩だけが知っていることで、後輩たちは知らないのだから。

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歴史のリセット

歴史の事実は変更できない。しかし、歴史の解釈は変更できる。
歴史を新たに始めるには、解釈に手を入れなければならない。

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歴史小説

辻邦生さんの『安土往還記』(新潮文庫)を購入した。歴史小説とは、こういうものだと、改めて思った。しかし、同時に、途中で読書を投げ出したい気持ちも出てきた。歴史小説は、こうだから興味がないのだ、と昔の自分が言っているようだった。それは司馬遼太郎さんの小説と比較したからである。辻さんの歴史小説の方が、司馬さんのものに比べて、歴史小説としては完成度が高いのかも知れない。司馬さんの歴史小説を読んで、びっくりしたのは、これが歴史小説なのかという定義も問題でもある。「余談ながら」と、途中で自分の感想などが加わる。『安土往還記』には、そんな個所は一度も出てこないのである。
しかし、私は司馬さんのやり方でいいのだと思う。どんなに完成度が高くとも、読者に読まれないのでは、書物本来の意味が薄れるではないか。
私は、歴史小説なんだということで、司馬さんの小説は長い間、読まなかった。ただ、対談とか評論とかは、読んできた。しかし、文庫で何冊も続く長編歴史小説を、つまらなかったら1冊で終えよう、と思って、読み出した。そしたら、1冊目の半分くらいを読んで、やめることができなくなった。こうして、大体すべての長編歴史小説を読んだ。そこには、頻繁に「余談」があった。
現代人は、どこかでジェネラリストになることを求められている。歴史の断片を描いても、それだけではなく、他の歴史との比較とか、現代人の生き方とか、いろいろな目配せが必要とされている。司馬さんの小説には、それがふんだんにあった。しかし、典型的で歴史小説の完成度としてはむしろ高いと思える『安土往還記』には、それがない。
司馬さんの小説は、小説なのだろうか、という疑問もあったらしく、自分でも、そう言っている。そして、小説は何でも入れることの出来る器という自分なりの解釈の中で、これでいいんだと思ったらしい。司馬さんの定義でいけば、誰でも小説家になれるだろう。そして、そんな人が出て欲しいと、時代は願っているのかも知れない。

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ミニ・バブル

株価の高騰が続き、ミニ・バブルが起きているという指摘もある現状である。改革政策の成功という評価もあるかも知れない。しかし、バブルもバブルの崩壊も、どちらも政策の失敗ではないのか。急激な変化は避けるべきだと思う。
こんなに株価が高騰すると、誰もが株に目が行き、通常の仕事に身が入らなくなる。そういった状態が起きないだろうか。国民心理に健全さが失われるのである。そういう意味で政策の失敗なのだ。金利政策などの導入で、株価高騰の抑制をしなければいけないのではないか。日本人はとかくバランスを欠く民族なのだ。誰も誰もと、ある一つの道に行く。今、株価への関心のために、そんな気分になりつつある。
こうして、勝ち組・負け組みが出来つつある。下流社会という言葉もあるそうだ。人は負け組みや下流社会を選択したくないと思うかも知れないが、時流の反対の方に価値があるかも知れない。内村鑑三は、そういう感覚を持つ人だった。幸福は、あるいは負け組み、下流社会にあるのかも知れない。
少子化対策にしても、悪い言葉で言えば「国策」かも知れない。国の借金のために、子供を産もうというのだから。もちろん、担当大臣は「国策」の響きを避けていて、選択は夫婦にあり、国は子育てに協力するのだと言っている。だが、国の方針であることには変わらない。国民が多くなって、それで問題が解決するわけではない。どんな人が生まれるか分からないではないか。犯罪が多発する可能性も増えるだろう。

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2006年1月 4日 (水)

弟いじめ

NHKの大河ドラマ「義経」が終わったが、頼朝はなぜ、あんなにまで義経をいじめなくてはならなかったのか、頼朝の気持ちが分からない。
思うに、鎌倉幕府というのはトップは頼朝であっても、実態は妻の実家である北条氏の方に力があったのだ。頼朝は、その中で一人であり、いわば弱い立場だったのだ。頼朝は、そのことをよく知っていた、義経にも知って欲しかった。だから、義経が兄弟の情でなんでも出来ると思っているような甘い考え方に苦しんでいたのではないだろうか。それが、恐らく限界に来たのだろう。
頼朝は北条政子と結婚して、新しい生き方を見出したが、それはまた相手の実家との関係に中で新たな意識ももたらしたのだろう。頼朝は源氏の頭領というよりも、北条家の利害代表というのが真相なのではないだろうか。
結婚というものは、今では男女の合意が尊重されていても、双方の実家がかかわってくるのである。だから、双方の実家もよく知らねばならないと思う。そうしないと、不幸な結果を見ることになろう。

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行動の原点

愛を感じた時に行動が生まれる
その行動が一番力強い

マザー・テレサがインドの貧者に感じたもの
その愛は不滅

人々の苦痛を感じた時に生まれる行動
そんな行動の人でありたい

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若き日に

若き日に、人は人生を問う
その問いを発することと
それを受け止める人のいることは大切なこと

それらを自問自答して、
すべてが自分の中で行われる時
時に環境に応じられない自分が生まれる

問いと答えのやりとりを外在化して
自分の環境の質をあげて
柔軟性を高めねばと思う

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2006年1月 3日 (火)

人は家の中に生まれてくる
家の外で生まれる人はいない

敗戦で家の心棒がなくなったみたいだ
もちろん、家は立ち行かなくなる

家の崩壊が始まる
家族はばらばらになる

かつての家を再建することはできない
しかし、かつての家の再建を目指す人もいる

どんな家を作るのか
社会は核家族になっているのに

年金問題は家の問題だ
生活の保障は家の課題だから

そこでは、新しい家が構想されている
しかし、それが家だという認識はまだ浸透していない

近代が進行し、その中で立ち止まっている日本
新たな生活様式を求めている

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二重予定

二重予定説はカルビンの説として知られている。救われる人も滅びる人も、神の意思の中で決定されていて、それを変えることは出来ないという説だ。救われる人の原因は神の決定であれば、自分の功績ではないから、行為義認は完全に拒否できる。それはいいのだが、逆はどうか。滅びる人たちも自分に原因があって滅びるのではなく、神に原因があるというのだ。不公平だと思う。これではまずいのではないか。確かに、この説に対しては、批判もあった。しかし、あるいは現実を見て、論理的整合性を考えて、生まれた説だはないかと思った。
聖書が示す救いの条件を現実に照らした場合、すべての人が救われるのではない。であれば、救われた人の死後の場所として天国があるのだとすれば、滅びる人のためには地獄がなければならないだろう。そして、神が全知全能であれば、このように、すべての人の究極的立場の最終的決定は神が下したものでなければならない。こうして二重予定が生まれたのかも知れない。
ザビエルが布教のために来日した時、日本の人たちは、その教えを聞いたことのない自分たちの先祖はどうなったのか、と聞いた。当然の問いであったろう。二重予定の論理から類推すれば、地獄に落ちたことになるだろう。そういう教えに、日本人たちが耐えられるだろうか。この国では、家族や地域の共同体意識は、今では薄れていても、根っこでは強いものがある。
この説に対して、玄侑宗久さんは、『仏教・キリスト教 死に方・生き方』の中で、「一生懸命にやって、祝福されて上機嫌にしていることが、神の世界に行ける証明だと言うんですね」(166頁)と解説するのだが、もし、ウェーバーの、あの本を参照にしているのだとしたら、あの本は、このことと逆のことを言っているのである。
宗教者であれば、「上機嫌」であることは宗教体験であり、恵みの体験であろうが、それがあっても、それが予定の証明にならない、というのが、あの本の言うことではないのか。それとも、あの人たちは禁欲的宗教者でありつつ、恵みの体験はなかったというのだろうか。それでは宗教者の定義はどうなのか、という問いにまでなってしまう。資本主義の台頭をもたらした人たちの宗教的動機というのは、よく分からない。
しかし、このカルビンのもたらしたものが宗教改革の「完成」であることは理解できる。ルターは原理を語った。彼は、その原理による共同体・教会には融通性をもたせた。しかし、その後、カルビンが出て、原理による教会を作った。ローマ・カトリック教会に対する新しい教会が、これで「完成」する。宗教改革は、こうして教会の創出を実現した。であるから、これは教会革命であって、改革ではないのだ。改革としたのは、歴史を飛び越えて、原始教会を「真実の教会」と見て、ローマ・カトリック教会の改革を意図したのかも知れないが、両者に連続性はない。そして連続性のない所に改革はない。
二重予定の神なんて神ではないという理屈は、非常によく理解できるのだが、この教えの中では、そんな理屈を封じることも大切だ。絶対主権の神という考えも、それに連動しているのだろうか。どこかで善悪の理屈を封じることだ。藤原教授も『国家の品格』の中で、そんなことの必要性を言っている。

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2006年1月 2日 (月)

怖い言葉

「人間として最大の不幸を経験していないあなたに、偉そうなことを言う資格はない」。そんな声が聞こえる。「最大の不幸」とは何か知らないが、この地上の人生では、幸福よりも不幸の方が魅力があるような気がする。他人を不幸にしたいとは思わないけれど。

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玄侑宗久さん

臨済宗僧侶・玄侑宗久さんの著書には教えられるところが多い。『禅的生活』では、その知識の広さ・深さに驚いた。『仏教・キリスト教 死に方・生き方』も面白い。キリスト教の宗教経験を仏教的に表現できるように思った。玄侑さんはこれからも著書を通しての活躍を大いに期待されていると思う。
禅宗では、宗教心理学的な言葉が豊富に用意されているように思う。心理学は「科学」として、事実を扱うのだと考えれば、そこでは宗教的前提の違いを超えた対話が可能なのであろう。現代日本社会では、心理学は宗教間の対話をもたらしているかも知れない。また、心理学的探求は、個別宗教の現代的課題としての方向性も示唆しているのではないだろうか。

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近世

近世は分裂と競争の時代になった。その競争は進歩をもたらした。その意味で、近世の意義を認めることはできそうだ。
競争とは、対立関係を前提としている。その対立関係が厳しくなる時、それはのびやかな精神にとって苦痛となる。キリスト教の教派対立の関係は、苦痛を伴うものでもあった。しかし、教派対立が、自分の教派の絶対化を意味しないのであれば、それは健全に競争関係を維持するものとして意味あるのではないか。そこに「見えない教会」の概念があるのかも知れない。
近世にあっては、この概念は教派絶対化を阻止するものとして必要なのだ。絶対教会は「見えない教会」なのだという理解の下で、各教派が対立しつつも、競争していく、そんな構図が近世のものなのかも知れない。だから、「見えない教会」という概念を失うのであれば、近世は苦痛以外の何者でもないであろう。
進歩は望むべきものであろう。しかし、逆に見れば、罪の結果なのではないだろうか。楽園で、「知恵の木の実」を食べたことが罪とされた。知恵の木の実であれば、知恵が与えられることを意味している。知恵は進歩をもたらす。進歩は罪の代償なのであろうか。罪には罰が結びついている。だから、罪と罰は避けたいのだ。しかし、人間社会に生きて、自分の罪、他人の罪と、罪に囲まれて、その影響としての罰を何らかの形で受けないではいられない。罰は苦しみを意味している。しかし、罰の原因が罪であり、罪の原因が「知恵の木の実」であれば、罰の苦しみの中に、進歩の希望も含まれているのではないか。
進歩のために罪を犯すことはしたくない。しかし、不可抗的な罪のために苦痛を耐えている人にとって、その中に進歩の希望を合理的に提示するのは、されてもいいのではないか。
こう考えると、近世は一見、進歩の時代であった。しかし、罪が根本にあった。その罪の罰が第二次世界大戦とその後の世界情勢であった。そんなふうにも思えてくる。
新しい時代は、次の世代が罰に苦しまないために、罪を避ける時代でありたい。進歩をもたらす競争があってもいいが、その中に、あるいは罪のあることを覚えたい。そして、罪を避けることを第一に心がけたい。社会の停滞があるかも知れないが、幸福感も、そこにあるのだから。

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キリシタンの挫折

キリシタンが日本を「征服」できずに挫折したのは、日本の文化という高い壁があったからだと思う。当時、カトリックの布教が伸びていったのは、そんな文化の壁を持たなかった世界の地域であったと思う。今、カトリックの国々がプロテスタントの国々に比べて国のあり方が遅れているという事実は、そんなところに原因があるのではないか。
宗教が心の問題としてのみ導入されたのであれば、当時の日本でも生き延びる可能性はあったと思うが、政治的な主権の確保が結びついていたので、政治問題になったのであろう。布教方針の限界が、そこにあったのだと思う。その背景には、政治・宗教一体の中世共同体を認めることが出来るのだろう。近世の初めといっても、カトリック世界は中世との連続の中で生きていたからだ。日本がキリシタンを拒否したのは、当時としては当然であったかも知れない。
しかし、近代日本で、そのようなカトリック信仰を持つ外交官が日本を評価していた。1943年、パリで、ポール・クローデルが、こう言った。
「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」
クローデルは大正末期から昭和の初めまで駐日フランス大使を務めた詩人である。1923年(大正12年)、『聖ジュヌヴィエヴ』という題の詩集を新潮社から出している。そこでは、日本を「非常に古い文明を持ちながら、それを見事に近代文明に適応させた国」と称賛している。それから20年後の言葉であるが、その意味は、まだよく分からないでいる。彼は日本のどこを見たのだろうか。

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2006年1月 1日 (日)

子供を産むこと

子供が少なくなると社会保障とか、いろいろ問題が起きてくるので、子供が多くなるようにと願い、政策立案が行われている。国家のために子供が必要だというのである。
しかし、子供の永遠の運命はどうなのだろうか。自分の子供は、死後、救われるのか、滅びるのか、そんなことを考えた時、簡単に子供をつくることはできなくなってしまう。
生きているうちに、魂に救いを与えられなければ、永遠に失われてしまう。死後、第二の機会はない。それは恐ろしいことである。そんな「かけ」を子供を産む人たちは行っている。
人が生まれると喜び、死ぬと悲しむ。しかし、生まれるとはどういうことか、死ぬとはどういうことか。そのことが分からないで、子供を産むことは無責任ではないのか。
もちろん、救いとか悟りとか、第二の誕生とか、そんな宗教的な要請など意に介さない人たちもいるだろう。しかし、第二の誕生を経験してしまった人にとっては、自分が生のきっかけを与えてしまった他者の魂の行方が気がかりなのである。ここにも、子供を産むことに躊躇してしまう理由の一つがある。

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背教者

キリスト教がローマ帝国で国教となる前、背教者といわれた皇帝ユリアヌスがいた。辻邦生さんの「背教者ユリアヌス」を読もうと思ったが、古い本とのことで、今、書店には置いていない。辻さんはキリスト教に関心があったようだ。
さて、天正少年使節が帰国して、殉教した人もいたが、堂々と背教した人もいたらしい。きっと、確信のような理由があったのだろう。ハビアンも「妙貞問答」を書いたが、のち背教した。
明治維新になって西洋との交流が開け、キリスト教も入ってきたが、プロテスタントが脚光を浴びていた。カトリックほど外国との関係がきつくなく、それだけ自由があったからかも知れない。日露戦争後、カトリック系大学が出来たが、秀吉、家光以来の鎖国政策によるキリシタンへの固定観念は日本人の中に根強く残っているのではないだろうか。「国が奪われる」という不安は、日本にあっては皇室の神道があるからか、鋭敏な感覚があるのかも知れない。日本という国の建前は、ユダヤ民族の宗教のような民族宗教(神道)を持っていて、日本人として生きるためには、この環境をどうしようもない。このへんの対話で理解を深めないでは、キリスト教への誤解・偏見はなくならないだろう。その意味も含めて、かつての背教者たちは、今もなお雄弁に語り続けているのかも知れない。

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故郷

米国を建国した人たちは故郷喪失者たちであった。今でも、その精神は米国の人たちの深い意識の中に根付いているのだろう。日本では逆に望郷の思いが強い。「ふるさと」「津軽のふるさと」という名曲もある。あらゆる機会を通して、故郷からの誘いが押し寄せてくる。
米国の建国者たちにも、その望郷の思いはあったのだろう。しかし、それに負けてしまえば、自分たちの祖国脱出の大義は失われてしまう。その望郷の思いは、新しい故郷の創出で歴史前進の力となった。新しい故郷は天にある。アブラハムと同じ立場だ。彼らは、アブラハムと同じ思いをもっただろう。故郷脱出という過去の事実が反省され、信仰的価値づけの中で、新しい解釈が行われた。こうして米国は約束の地になっていく。米国の人たちにとって、故郷とは出てきた場所、英国ではなくて、これから行く所、「天にあるエルサレム」なのだ。
故郷とは西田哲学でいう純粋経験なのだろう。純粋経験は過去を向くと同じように未来にも向かねばならない。

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