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2006年1月30日 (月)

近代を通って

故稲垣武一氏の日記(聖母文庫『日本文化とキリストの福音』所載)にこんな個所がある。
「宗教改革以後のカトリシズムは、あまりにラテン的なり。
 いまの世界は、近代以前のカトリシズムにあらずして、近代を止揚せるカトリシズムを要す。
 この意味において、われは、ニューマン及びドイツ・カトリシズムを研究するの要を思ふ」
                (昭和28年9月24日)

「近代以前のカトリシズム」は歴史的中世のカトリシズムであり、「近代を止揚せるカトリシズム」は「新しき中世」のカトリシズムであろう。その意味では同感である。近代を通過することが大切である。でなければ「止揚」はない。
ドイツ・カトリシズムは、日本ではカール・ラーナーなど、少しは知られているが、余り知られていないだろうと思う。宗教改革発祥の地、ルターの母国・ドイツで、なおカトリシズムは健在である。当然、対話・対論などあるだろうが、しかし、日本には余り知られていない。その意味で、新教皇がドイツ出身ということで、そのへんの事情が知られるであろうことを期待している。

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