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2006年1月31日 (火)

死は勝利

「天路歴程」の著者ジョン・バンヤン(1628-1688)に「恩寵溢る」という自伝的信仰告白録がありますが、その中で「死は勝利」といっています。。彼は60歳で亡くなるのですが、自分の人生を、こう語っています。
「彼はこの世のことにはあまり心を留めていなかった。なぜなら、彼はこの世では一介の旅人であり、風来坊であり、留まるべき都がないのを知っていたし、いと高き天上に永遠の手で作られた都を憧れ求めているのを自覚していたからである」
そして、驚くべき言葉を残しています。
「死は勝利であり、生は心待ちにしている幸福をもどかしくも遅れさせるものだと考えていた」
使徒パウロも、そんなことを言っていました。

バンヤンは、鋳掛屋をしている時、書物によって信仰に目覚めました。誰にでも入手できる書物だったのでしょう。こんなものも、ある人にとっては、人生の決定的な道案内となるのでしょう。
彼は英国の非国教の戦闘的説教者となり、再三投獄されました。しかし、「人々から破門されるのを怖れて神の御言を説いたり聴いたりすることをやめる者は既に破門されている者です」という覚悟でした。彼は語ることに終始していたようです。「私は誰に向っても、信じて下さいなどと、ねだりたくない。彼らが信じようが、信じまいが、私は一向に構わない」というのです。

もちろん、これは17世紀の英国が舞台になっています。今の日本で宗教を伝えて投獄されることはないでしょう。しかし、できるだけ合法的に、と思います。このバンヤンの精神はウェスレー(1703-1791)の中にもあります。しかし、彼は英国国教の司祭で、バンヤンとは違うスタンスを持っていました。それもまた可能だったということを考えてみるのも面白いと思います。

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