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2006年1月31日 (火)

命への道

過剰なる命への配慮は戦前への反動であり、その中で逆説的に命が萎縮している現代日本。「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」と言われた方がいた。その「わたし」がいないのだから、命の危機感は深いのである。

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コメント

「戦前も戦後も生きにくいですね」
「まあ、そんなものだよ。この世だもの。天皇主権の世も、国民主権の世も、どちらもこの世。この世は生きにくいものさ」
「では、どうしたらいいのですか」
「あの世の方がずっと生きやすいさ。しかし、政治家は、この世に責任があるので、あの世中心にはならないし、してはいけない。この世中心で、中心の中身を変えて、変化を与える以外にないのさ。その変化で希望を、偽装の希望を国民に与える以外に方法はないだろうよ」
「戦後社会に悲観的ですね」
「そりゃ、そうだ。政治に人間の究極的解決はないからさ」

投稿: | 2006年1月31日 (火) 08時31分

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