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2006年1月30日 (月)

哲学

若い時には哲学に関心があった。それは自己認識を得るためであった。今では心理学が、その課題を担っているかも知れない。しかし、心理学は個別科学のように思っていた。個別科学は自分を制限するものとして、自分の問いには応えられないもの考えていた。当時、プロテスタントの福音派の教会に出入りしていた。福音派の中には、逐語霊感説の影響があった。聖書は文字に至るまで霊感されている、という説であった。その聖書に「哲学」という言葉がある。
「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい」(コロサイ2・8)という言葉によって、「哲学」が理解され、「避けよ」といった気分が感じられた。
確かに有害な哲学はあるだろう。しかし、日々の雑多な経験を整理する体系は必要ではないだろうか。

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