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2006年1月 8日 (日)

遠藤周作さん

遠藤周作さんは、信濃町駅近くの寮(今は真生会館となっています)の寮生だった時、舎監であった吉満義彦さんとの対話を残しています。
吉満さんは、「新しき中世」の論客でしたが、遠藤さんは、疑問を持ったのです。この立場は日本で、どうなのか、と。
やがて、遠藤さんはキリシタンものを書き続けるようになりました。作家としては、それでよかったと思います。日本人の読者に語るには、やはり日本を題材にした方がよい。司馬遼太郎さん、梅原猛さんなど、多くの読者を持っていますが、やはり日本について語っているからです。
カトリック作家として遠藤さんが選択したキリシタンものは面白いだろうか。日本人は、彼らを弾圧した秀吉、徳川幕府と続く政権・権力の方に関心を持っています。キリシタンものが、どのように現代と、またわれわれと関係しているのか、そのへんが、今ひとつ、不明なのかも知れません。もちろん、キリシタンがつながっているバチカンという国は、いまも厳然と存在しているのですが。
あの遠藤さんと吉満さんとの対話が、今も続いていたら、どうなのでしょうか。対話は今も続けていって欲しいと思います。

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