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2006年1月18日 (水)

日本版「新しき中世」

「新しき中世」とは、元来は第二次世界大戦を挟んで、西洋思想史の中で提唱されてきた言葉である。提唱者の国籍は多様であった。日本史をベースにして、それを唱えた人はいないと思う。しかし、日本史においても、それは妥当するかも知れない、と思った。
日本の近世は鎖国体制であった。その反動しての近代は富国強兵の旗を掲げ、少し無理をしたかも知れない。こうして、近世と近代は、ある意味で連続しているのである。
では、近世のスタートは何であろうか。鎖国の理由であるキリシタン禁制である。その象徴的出来事が長崎での26人の処刑であった。彼らは聖人とされたが、この出来事は、日本キリシタン史の全体の苦難の象徴としての意味もあろう。それで、彼らの人格が聖人の如くに高められたという理由によるのではなく、その出来事の故であろうと思うからである。
もし、日本にも「新しき中世」の提唱が可能であれば、それは、このような近世・近代への批判としての意味であろう。それは、あの26人の処刑から始まる日本史に対して、反省を加えるものである。そして、そのような洞察は、既に行われている。和辻哲郎の『鎖国』が、そんな視点で書かれている。その視点の有効性を、現代においても生かすことは可能であろう。その流れの中では、日本版「新しき中世」が生まれてくるのである。
かつて、遠藤周作は吉満義彦との語らいの中で、西洋版「新しき中世」への疑問を持った。それは、日本での妥当性への疑問であった。こうして、遠藤はキリシタン史を題材にした小説を書き続けた。彼は、「新しき中世」の理念の中で作業したのではなかったが、キリシタン史を題材とすることは、日本版「新しき中世」への道案内をしたともいえるのである。その意味では、遠藤周作のなしたことは、現代日本の中で忘れられてはならないことである。

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コメント

もちろん、聖人にされるのは、基本的には個人であることの事実を否定しているのではありません。ただ、一つの解釈として、象徴性を考えることも許されるのではないかと思う、という意味です。

投稿: | 2006年1月18日 (水) 19時02分

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