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2006年1月28日 (土)

寅さん

柴又の寅さんは漂泊とふるさと帰還を繰り返すのですが、それが人生を暗示していて、受けたのでしょう。漂泊のない人もいるかも知れませんが、それは人に必要なことと思います。

ふるさとは大切です。それは生まれた所であり、また帰る所でもあります。しかし、漂泊は人生そのものであります。その人生の中で、ふるさとを見出すのです。それが人生の目的でしょう。だから、ふるさと帰還ということは、別の言葉で言えば「死ぬこと」。死ぬということはふるさとに帰ることと思います。だから、未知の所に行くことではないと思います。多くの人は死ぬことは未知の所に行くことと思って不安になるのですが、私は、ふるさとに帰ることと思います。もちろん、その場合の「ふるさと」は二義的な言葉です。

寅さんは、いろいろなことを教えてくれます。人生を教えてくれます。人はふるさとを離れることが、一回は必要と思います。ふるさとを離れ、ふるさとを見出すこと、それが人生であり、人生の目的です。そして、漂泊の中で見出したふるさとに帰ることが死ぬことなのです。だから、死ぬことは、そんな人にとっては別に悲しいことではありません。

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コメント

日本には遺骨信仰というものがあるようです。戦後60年たった今でも、外国で戦死した人たちの遺骨収集が実施されています。山折哲雄さんが、日本人の遺骨信仰について書いておられましたが、その他の文献は知りません。故人の遺骨は、死亡の時に単なる物質になったように思いますが、遺骨信仰は、そうではない、と言っているようでもあります。遺骨を日本に戻すことは、日本という「ふるさと」への、戦死者たちの帰還なのでしょうか。それは故人の問題でもあるかも知れませんが、遺された人たちの問題でもあるかも知れません。

投稿: | 2006年1月28日 (土) 11時31分

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