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2006年1月20日 (金)

童謡の世界

私が子どものころ、テレビなどで童謡がよく歌われていた。童謡歌手といわれる人たちもいた。その中に、近藤圭子という人もいて、少し憧れていた。何か事件があって、その後、東京大学の近くで喫茶店を開いているということを週刊誌で知り、会社の同僚と店を訪ねたことがあった。圭子さんと母親がいた。私は一介の客を装い、何も言わず、店を出た。また最近、ラジオ深夜便で、小鳩くるみさんが出ていた。大学教授になっていたが、語り口が昔のままで、懐かしかった。
最近は、余り、童謡を聞かないが、NHKラジオ深夜便で、時々、童謡の紹介がされている。いつも聴いている。そのたびに、イエスが子どもたちの世界を「神の国」になぞらえていたことを思う。こんな個所が聖書にある。

イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。それを見てイエスは憤り、彼らに言われた、「幼な子らをわたしの所に来るままにしておきなさい。止めてはならない。神の国はこのような者の国である。よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受け入れる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。そして、彼らを抱き、手をその上において祝福された。(マルコ10・13-16)

子どもたちは成長して、やがて大人になる。そこには弱肉強食の世界が待っている。その中で生き抜くためには、子どもたの純心な世界にひたっているわけにはいかない。大人の世界が一般化し、浸透していけばいくほど、子どもの世界は忘れられていくのかも知れない。しかし、イエスは、子どもたちの世界こそ、神の国に近いといわれた。童謡の世界は、われわれに神の国を垣間見させてくれるようである。童謡を聴いて感動する。それは、われわれが神の国を慕い求めているからである。

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