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2006年1月26日 (木)

再臨運動

内村鑑三は中田重治と共に再臨運動を始めたが、長くは続かなかった。周囲に異常な興奮が起きて、それへの嫌悪感があったのだろう。十字架の贖罪信仰から再臨信仰に進むべきであるのに、贖罪信仰なしに再臨信仰に接する人たちに対する危惧があったのだろう。しかし、十字架信仰は必ず再臨信仰に進むのであるから、十字架信仰だけに専念すればいいのだ。そう考えた内村は、再び、大衆に向かっての再臨運動を始めなかった。彼の言葉は周囲に火付け役のような役割を果たしたが、彼自身は静かに神の言葉を聴こうとする冷静な意識を保持していたのであろう。

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コメント

再臨信仰で思い出されるのは、統一教会のことである。学生運動としては原理研究会という名前で知られていた。文鮮明という韓国人が中心になって展開していた。
私が実家にいた時、若い伝道者がアポなしで、突然訪ねてきた。それがこの新興宗教との最初の出合いであった。大学で紛争があったころ、早稲田大学で説明会があり、聞いた。聞いていて、教会の時代が終わるのではないか、そのためにはキリストの再臨という時代的転換しかないのではないか、と思った。文鮮明という人は、そんな人なのかと、質問したが、明確には答えなかった。しかし、その後、そんな立場が半ば当然のように語られるようになった。教会は警戒し、排除したが、紛争で揺れる大学では、彼らと協力しようという意図もあったようだ。
統一教会はキリスト教ではないと思った。ユダヤ教からキリスト教が出てきたように、キリスト教から別のものになっている、その萌芽があると思った。しかし、若い伝道者たちは、キリスト教が自分たちを承認してくれることを望んでいた。「ユダヤ人たちがイエスを受け入れていたら」といった仮定の思いを現代において、自分たちとキリスト教との関係の中で持っているようであった。だから、正体はキリスト教ではないではないか、そう言ったが、自分たちはキリスト教なのだと主張していた。
16世紀の西方教会の分裂は、ユダヤ教からキリスト教が生まれたような分裂ではない。西方教会の中での分裂であった。しかし、統一教会は、キリスト教の完成という立場で、別の宗教を創ろうとしていたのであると思う。

投稿: | 2006年1月28日 (土) 17時12分

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