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2006年2月28日 (火)

月明かり 太陽出れば 無用なり
 太陽出ずば 月は必要

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談合

談合の 保身体質 悪なりや
 和心もまた 見え隠れすに

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心の強化

中学生になり、運動部に入部した。1年の時、柔道、バスケットをやり、中2に時にサッカーをやった。サッカーは高校1年か2年までやった。高校1年の時、試合で怪我をして、活動から遠ざかった。

運動を始めた目的は体を強くすることではなくて、心を強くすることであった。クラブ活動を始めてからは、いつの間にか、その当初の目的を見失った。心は孤独の中を、さまよい始めた。そんな時に回心の瞬間が来た。そして半年ほどして挫折の瞬間も来た。この挫折の瞬間がなかったなら、私の人生はもっと実りあるものとなったはずである。しかし、それは無視することも、それ以前に戻すこともできなかった。

心を強くすることで、私は「不屈」と言う言葉に惹かれていた。不屈の精神の人になりたかった。しかし、今、心の強さとは、不屈と言う言葉が、ともすれば指し示すような、逆境をものともしない鋼鉄のような強さではなく、柳のような柔軟さも、また心の強さではないかと思うようになった。

心は感動を糧として強くなるのである。日常生活で感動を追い求めていけば、心はいつの間にか強くなっているのである。

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人の見方

一人ひとりは目的であると同時に手段でもある。
一人ひとりは手段であると同時に目的でもある。
目的と手段の二つの要素を兼ね備えていない人は一人もいない。だから、人を見る時、この二つに絶えず目配せしなければならない。

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2006年2月27日 (月)

あなたは何者

「あなたは何者?」。そう聞かれた時、正確に伝わるような工夫が必要ではないか。団塊の世代の退職が迫っている。「私は無職」という答えでは、周囲の人々は、その人の役割を考えることができない。もちろん、社会から引退したのだから、無職でもいいのだろうが、それでも、社会的役割を示す肩書きがあれば、定年退職後も、胸を張って社会生活が続けられるであろう。

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生活の美

生活の 形の中に 美を求め
 無用のものを 取り除くべし

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いのちの形

いのちは無形 されど形を 重んじて

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認識の原理

「等しきものは等しきものによって認識される」とは認識論の根本原理である。人は他人の書物の中から、結局己のもっているものを読み出すことしか出来ない」と、高橋亘氏は著書『キルケゴール』の中で言う。

神の思いを知るのは、ただ神だけであり、神の霊のみである。それは神の霊を通して、預言者に伝えられる。

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日野原重明さん

聖路加国際病院理事長の日野原重明さんの話がアンコールで流れました。「さん」ではなくて「先生」と言いたいです。いい話でした。

健康とは、生活の仕方であり、心構えなのだと思いました。多くの人々に聞かせてあげたいとも思いました。特に、若い人たち、これから多くの月日を送る人たちには、人生を豊かなものにするために、聞いて欲しいと思いました。

教会では、牧師とか神父とかが説教するのですが、日野原さんの話ほど感動的な話はなかなか聞けないと思います。

特に、所有欲が人を不幸にするという点では、思い当たるふしは多いのです。戦後間もなく、何もない時代の幸福感は、みなが語っています。不思議なものです。幸福とは幸福感のことである。日野原さんは、そう言っていましたが、至言と言うべきでしょう。

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争いの原因

人間の争いは、どこから生まれるのだろうか。

所有欲が人間の間で差別を生み、不幸の原因となる。

その所有欲というものは定住生活から生まれるものではないだろうか。狩猟生活の縄文時代から、稲作中心の弥生時代に変わり、移住生活から定住生活に変わった。同時に、人間の文化が生まれたかも知れないが、所有欲も出てきて、社会が階層的・差別的になり、不幸が生まれてきた。

だから、移住生活を主とする旅人には争いがない。彼らは争っていては、生存が危機に瀕することをよく知っているからである。風の如く来て、風の如く去る。生存の最低限の所有だけで足れりとする。

であれば、移住生活者の方が幸福ではないのか。

しかし、この世は、ますます、その逆を行っている。階層的・差別的社会の形成が強化されている。そして、人は目的ではなくて、手段化されている、歯車にされている。

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2006年2月26日 (日)

公共の広場

NHKは公共放送である。それはオーナーは国民一人ひとりであるということと、国民の参加意識が大切ということであろうか。番組の中で、リスナーからの手紙が紹介されることは、国民参加番組を志向しているということだろうか。

こころの時代では、貴重な内容が放送されていると思う。それを放送しっぱなしでは、もったいないと思う。地域教育施設とか、生涯学習施設とかを使用して、リスナーたちを集め、その内容をもっとつめていけば、国民の意識改革に資するのではないだろうか。これはすぐにでも、できそうな気がする。

こころの時代の内容は、当然のことながら、宗教的なものが盛られている。宗教者は具体的には宗派の信徒なのだが、宗派を超えて共通の対話の場が、この番組にあるような気がする。宗教的な公共の広場が、そこにあるような気がする。その意味でも、宗派の宗教者たちが、この公共の場を宗教の公共性の深化のために使うのも意味があるのではないだろうか。

宗派の極端な絶対化の主張は、その弊害を経験している。

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憂い

所有が多ければ、憂いも増す。死ぬ時は無一物にもかかわらず、多くを持つ者は少なく持つ者と比較して、失うものが多いからだ。

旧約聖書では、「コヘレトの言葉」を好んでいる。そのニヒリズムに共感している。釈迦も同じような感情を経験したのではないだろうか。コヘレトはソロモン王のことである。冒頭、「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉」とある。

コヘレトなんて意味不明だが、以前は「伝道者」と訳されていた。この部分は「伝道の書」で知られていた。

「知恵が深まれば悩みも深まり 知識が増せば痛みも増す」(1・18)とある。こんな個所もある。
「人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。来た時の姿で、行くのだ。労苦の結果を何ひとつ持って行くわけではない」(5・14)

ニヒリズムは人生の厳粛な事実である。どう解決するのか、すべての人に問われている課題だと言えよう。

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病気

小さいころ、小学校低学年時代、よく病気をした。もちろん、体の病気である。

しかし、この体の病気というものは、人間の病気である。という意味は、人間関係の危機を暗示しているのではないだろうか。人は人間関係からも病気になるのである。その点に気づいて、人間関係の改善を考えることも、病気予防のため肝要ではないだろうか。

こころの時代で、佐々木正美さん(川崎医療福祉大学特任教授)が、恩師の紹介の中で、人間関係の重視を語っていた。傾聴に値する言葉であった。

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2006年2月25日 (土)

深夜便「こころの時代」

NHKラジオ深夜便で毎朝4時から「こころの時代」が始まります。毎回、感動の連続です。このような番組を聞きっぱなしというのは、いかにも残念なことです。

以前、立正佼成会で「法座」というものがあると知らされました。信徒が円陣を組んで、日ごろの思いを語り合うというものです。「こころの時代」を聴いて、法座のようにして、感想を語り合うことができれば、どんなに有益だろうと思いました。それこそ、日本が意識の深い所から変革されていくと思いました。これこそ、本当の改革であると思いました。小泉首相の改革は外面的改革、制度の改革ですが、本当の改革は心の改革でなくてはならないと思います。心の改革がなければ、制度が改革されても、人々は幸福感を味わうことができないでしょう。そして、幸福感こそ、実は大切なのだと思います。幸福感は、心の改革からしか与えられないと思います。

全国各地で、「こころの時代」聴取者会があれはいいと思いますが、出向くのは困難が伴います。そこで、このブログで、印象に残ったものを発信していこうと思います。

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祈りのみ

意図からの 力への道 見つからず

祈りのみ 意図は祈りぞ 祈りのみ

無力なる 我に残るは 祈りのみ

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デカルト

デカルトの「我思う、故に我あり」という言葉を知ったのは小学校の5年か6年の時だった。東京慈恵医科大学の家庭教師の先生が教えてくれた。しかし、その言葉が、どんな影響を持つ言葉であるかは当時は知らなかった。

その言葉は、近代の合言葉のようにみなされたことを後日、知った。その果てが、明治の知識人が苦しんだ「近代的自我」なのかも知れない。

しかし、このような洞察はアウグスチヌスにもあったのである。自我というものを、アウグスチヌスは神に関係づけたので、近代の「顕在的原点」とはならなかった。しかし、その洞察があったということは、近代の「潜在的原点」とはなったかも知れない。この点でも、アウグスチヌスは、近代を予想し、用意した人物、あるいは近代においても、その源流を尋ねていく時、魅力ある人物といえるのかも知れない。

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2006年2月24日 (金)

米山正夫さん

ラジオ深夜便の「にっぽんの歌」で、米山正夫さんの作品集が流れました。歌を聴いていて、以前から気になっていた歌の多くが米山さんの作曲した歌と知りました。美空ひばりさんの歌も多く、最後は「津軽のふるさと」でした。この歌は米山さんの作詞でもあります。五木寛之さんが、ひばりさんの歌の中でも絶品と絶賛していましたが、私も、同感です。幸福な時間を過ごしました。

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響きあう世界

ラジオ深夜便で、札幌市・豊原寺副住職、藤倉博也氏の「病気を転機として」という話を2晩にわたり聴いた。面白かった。現代に生きる親鸞の教えというか、教えの説明というか、興味深かった。プロテスタンティズムの「信仰」の構造の解説を聴いているようでもあった。そこには響きあう世界があると思う。共通するものがあると思う。それらを丹念に解読していけば、キリスト教と仏教との貴重な対話になるように思った。
キリスト教世界では仏教は異教である。異端とは正統信仰に対して批判されるもの、異教とは異なる宗教という意味だろう。西欧の歴史的中世ではもそんな図式があっただろう。しかし、そんな目で仏教に無関心、あるいは対抗意識を高めても、そこでは何も生まれない。自分たちの宗教体験をベースにして、また信仰を顧みつつ、仏教者が仏教について語る説明を聞いていく時、そこに響き遭う世界が生まれてくるかも知れない。
宗教者同士の対話は可能だと思う。しかし、イスラム教徒同士の宗派争いは激しい。なぜ対話が出来ないのだろう。井筒俊彦氏の著書を読めば、キリスト教とイスラム教との対話も可能と思えるけれど。

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2006年2月22日 (水)

回心

以前は根本主義者と言われていた人たちは、今は原理主義者と言われているようだ。しかし、「こちこち」という根本主義者の印象を嫌いつつも、同じ信仰ということで福音主義者という別の名も使われていた。米国では、ビリー・グラハムという人物が有名で、何度も来日した。旧・両国国技館で集会があり、10代の時、行ったことがあった。その後、日本武道館や後楽園球場で何度も伝道集会を行った。両方とも行ったことがある。日本武道館では、彼が姿を現すと、何かが起きるような雰囲気があった。異常な興奮が起きたことを今でも覚えている。

今の米国の原理主義者たちは強調点が変わったのかも知れない。以前は回心に全勢力を集中していた。宗教の平和共存を大切に思う人たちにとっては困ったことかも知れない。要するに改宗運動でもある。そのためユダヤ教のイスラエルとかイスラム教国では、そういう運動は警戒されている。ロシアでは、カトリックの改宗運動をロシア正教会の総主教が嫌っていた。

グラハム氏は『世界は燃えている』という著書で「回心の過程において、すべての人が同種類の経験をするのではありません」と言っている。よく意味が分からない。ペンテコステ教会では、聖霊を受けた証しとして異言という、人間の言語でない言葉を語るという。しかし、そうでない回心者もいるだろう。

ともかく、回心、それも明確な回心が、その後のその人の人生を明確に変えるということについては、パウロの場合だけではないらしい。グラハム氏は、こうも言っている。

「前世紀と今世紀の変わり目に、心理学の分野における指導者エドウィン・スターバック教授は次のように述べています。キリスト者の働きびとは、概して活力にあふれた劇的な回心をした人たちである、と。換言すれば、彼らは、回心とは何かについて明確な概念を持っていたのです。彼らはそれを経験していたのです」。前世紀とは19世紀のことである。

回心は強制はされてはならないものである。米国の伝道者たちの言葉には、聴く者たちの恐怖感をあおるものがあるかも知れない。宗教の宣教活動に、それがよいのかどうか、分からないが、人が自分の自己実現にとって、なくてならない知識を与えられることは、重要なことである、と思う。信じるも、信じないも、決めるのは自分であり、他人ではない。

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ライフスタイル

基本的な生活の仕方、間違いのない生活習慣の検証。成果を生む前に、その見直しが大切。
心の罪は、必ず外面化し、被害をもたらすので、心を見張ることが大切。心の罪とは一つの判断である。その判断の時、性急に行わず、いろいろと多面的に考慮することが大切。間違った判断は多いのだから。

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平和の源泉

日本国憲法の平和主義に反対ではない。憲法には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書かれている。平和の源泉が「平和を愛する諸国民の公正と信義」なのだという。いや、期待なのかも知れない。
現実の国際社会には紛争が絶えない。テロとの戦いという21世紀型の戦争だってあるのだ。どこに平和の源泉、われわれが信頼できる平和の泉があるのか。抽象的な国際社会に安全と生存を委託することはできない。
具体的には国連を指しているのだろう。それしか見当たらない。だから、国連活動に積極的に参加することは憲法の趣旨に合致すると思う。しかし、国連は国際社会の調整機関であり、平和の源泉というには程遠いかも知れない。
平和をどこに求めるのか、日本国憲法は模索しているともいえる。

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五感を通して、人は環境を知覚しつつ生活する。その限りでは、人の命は五感に対応していると言える。そこでは因果関係は明瞭である。従って了解できる領域である。

しかし、五感を通さない、別の感覚も人にはある。人の命の原点とも言えるものなのだが、一体これは何なのだろうか。因果関係が分からないので、今のところ正体不明だ。

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単独者

人は死ぬ時に一人で死ぬように、人は超越する時には単独者にならねばならない。しかし、超越後、単独者として生きることは出来ない。新しい関係性の模索が始まるのである。

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歴史観

ヘーゲルが、その哲学において、キリスト教を意識していたことは明白である。ところで、彼の精神主義的・発展的・一元論的な歴史観と、アウグスチヌスが『神の国』で描いた、「神の国」と「この世の国」との対立・抗争的・二元論的歴史観は、どう関係するのだろうか。
ヘーゲルの「精神」が、この世に受肉した神を指しているのであれば、聖霊降臨後の歴史展開によって、理解の端緒が与えられても、それでは見える教会の存在と彼の弁証法的歴史観とは、どう関係しているのだろうか。

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弁証法的歴史観

「新しき中世の歴史観は弁証法的歴史観ではないのですか。歴史的中世と近世との総合・止揚としての新しき中世を考えているのですから」
「そんな一面もありますね」
「であれば、歴史観における弁証法的性格を肯定されるのですか」
「そういうことになりますね」
「であれば、ヘーゲルの洞察を肯定されるのですか」
「一面において、そうなるでしょう」
「一面とは」
「止揚というものには超越的性格が含まれると思います。しかし、歴史において、そんな超越は何度も起きるのだろうか、という点に疑問があるのです。たとえば、人類における神の関係を考える時、個人レベルでは、洗礼は一回、聖餐は繰り返します。超越は洗礼に対応していますが、であれば1回なのです。繰り返される聖餐は、洗礼の領域内での事柄です。すなわち1回の超越の中での繰り返しなのです。だから、弁証法的歴史観で、歴史が何度も超越の時を迎えるということに疑問が残るのです。超越はなければならない。しかし、それは1回だけ。これは個人では理解できることであり、歴史に適用してもよいのではないかと、私は思いますが。だから、止揚を超越とみなすのであれば、歴史に擬似弁証法を考えることはできる、となりますね。まあ、もう少し、よく考えてみる必要はあるとは、思いますけれど」

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死ぬ時

良寛は、こう言ったそうである。
「災難に遭ふ時は遭ふが良く候。死ぬ時は死ぬが良く候」

旧約聖書の「コヘレトの手紙」にも、そんな個所があった。
「何事にも時があり 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時 」(3・1-2)

人は、生きる時に死ぬことはできず、死ぬ時に生きることはできないのだろう。であれば、今の時がどんな時なのかを知って、それにふさわしい生き方をすればいいのかも知れない。災難や死を避けたいのは人情だが、それができなければ、開き直るしかないのであろう。

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2006年2月21日 (火)

犠牲

生きるとは 犠牲の上に 成り立てり

犠牲とは 素直に受けて 共に立つ

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内観

何もせず 終日自己を 見つめたり
 思い巡らし 記憶新たに

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到来

あの時に 愛到来し 世は変わり

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病床

病得て 終日床に おりしとき
 親の気遣い 福を味わう

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恋の味

君知るや 無意識襲う 恋の味
 気晴らしさんの 妙薬となり

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未知の世界

二つの目 見ることにより 世界知る
 目を見る世界 知ることはなし

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2006年2月20日 (月)

全共闘世代

ラジオ深夜便で、歴史学者の小林登志子さんが、団塊の世代よりも、全共闘世代という言葉の方に共感を覚えると言っておられた。同感である。しかし、団塊の世代よりも、全共闘世代の方が数年、年長なのではないだろうか。同じ世代ではないのではないか。
小林さんは、当時の大学の様子を語られたのだが、いちいちうなずいていた。本当に今では想像できないような事態が日本中に吹き荒れていた。
私の大学では、都内でいち早く、大学側が学生に対応し、校舎をロックアウトした。校舎を占拠した学生たちは「革命的に食べ、革命的に眠れ」など、「革命的」という言葉を盛んにスピーカーから流していた。昨日のことのように記憶は鮮明なのだが、もう40年も昔の話になってしまった。あの時代はまだ未消化という小林さんの感想にも同感である。

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聞き惚れた話し方

ラジオ深夜便で、落語作家のくまざわあかねさんが、何回か「ないとエッセー」で話されていました。話の内容もかっちりと決まっていたように思いましたが、それにもまして、話し方が、何か非常に心に残るものがありました。大阪弁なのでしょうか、引き込まれてしまいました。くまざわさんが落語を語られるなら聴きたいと思います。

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2006年2月19日 (日)

感動

感動を 食べることこそ 生きること

感動を 追い求めつつ 日を送り

感動は 弱き心を 強くする

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いのち

生命は 五感通さず なぜ知らず

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定年後

青年に 孔子教えて 世に出して
 勤め終えなば 老子に遊ぶ

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ヘーゲルの秘密

ヘーゲルの秘密を洞察したのはフォイエルバッハとキェルケゴールであったと思う。自然人的洞察はフォイエルバッハによるもので、それが、やがてはマルキシズムを呼んだのだろう。だから、史的唯物論というものはヘーゲルとの連続性があるのだ。もちろん、ヘーゲルはびっくりしただろう。その連続性はおかしいといったのがキェルケゴールであった。
近代はヘーゲルの生み出したものであり、ソ連の崩壊で、近代は終わった。その近代は、人間の理性が神を理性の内に取り込んで、自己拡大を図る歴史であった。それはキリスト教的であっても、キリスト教とは関係ない。

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2006年2月18日 (土)

ブーバーの言葉

マルチン・ブーバーは、『祈りと教え-ハシディズムの道-』の中で、「三つのことに目を向けよ。おまえはどこから来たか、そしてどこへ行くのか、また誰に弁明しなければならないかをわきまえよ」と言っている。
人は、楽園から来て、楽園に帰ろうとしている。そして楽園に人々を招く仕事をしているのである。その仕事に対して弁明しなければならない。
ブーバーは、こうも言う。「結びつきをもった者だけが、真に生産的であり得る」と。3次元存在としては、結びつきは不可避的である。きっと、結びつきの自覚に生きよ、という意味なのだろう。その自覚の中に自分があるのだろう。

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ベルジャーエフ

BER 大学生の時、初めて、ベルジャーエフの本を読んだ。最初は文庫本であったが、そのあと、当時、刊行されていた白水社の著作集を読んでいった。一冊読んで、また読みたい気持ちが起きた。自伝は「夢と現実」という表題であった。それを読んで、ようやく、「次も」という気持ちが収まった感じがした。

彼から何か重要なことを教えられた。しかし、疑問も残った。継承と解釈、そんなものが自分の立場であると思う。日本人として純粋な継承のみは無理だと思う。彼は言う(アテネ文庫『ベルジャエフ』宮崎信彦著)。

「ロシア人はその国民性から心霊的生活の中庸、文化の中庸に留まって安んじていることができない。彼等は常に極端に逸脱しようとする傾向がある」
「西欧の人々が世界を歴史的に組織しようと努力する場合に、ロシア人は一足飛びに決定的な結末に至らんとする。従ってロシア人は法や統治や芸術や哲学や宗教などにおける形式的な要素を拒絶する。それは節度を要求し、限界を提示するからである」

このようなロシア人にはなれないであろう。そして、ベルジャーエフは、このようなロシア人気質の中で思想を展開しているのである。その意味で極端があるが、同時に傾聴すべき言葉もあるのである。継承と解釈は、彼を読む場合、いつも意識することである。

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巡礼

人生を巡礼にたとえる人々がいる。しかし、一人で巡礼しているわけでも、みなが巡礼するわけでもない。少数の人々が巡礼の旅に出る。それでいい。ときどき、巡礼者たちのあいさつを聞き、励まされることもある。しかし、それが目的ではない。ホームに着くことが目的である。

『信仰の高嶺めざして』(F.B.マイヤー著)には、このような群れについて、こう書いている。

「人類の歴史を貫いて、小さな群れがいる。彼らは神聖な、とぎれることのない伝統を保ち、自分たちは地上にあっては巡礼者また旅びとであると告白してきた」
「巡礼者は、あらゆる時代を通じてよく踏み固められた、定められたコースを、急いで通過して、自分自身のホームに着く-それ以外に、なんらの願望ももたない」

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人生

煩悩よ 劇見る者と 泣き笑い
 喜怒哀楽が 人生である

注・煩悩は人生という劇の主役である。私は観客である。私の中の煩悩が劇を見ていて、泣き笑いしている。人生とは、そんなものだ。

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規制緩和

物欲が 規制緩和で 踊り出る

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2006年2月17日 (金)

信仰義認

ウェスレーは『説教』の中で、こんなことを言っている。

「新生と義認とは、同一の事柄を表示する異なった表現にすぎないのである。しかし、これら両者は、時に関しては、共に結合しているが、まったく別個の性質のものである」

教会史の観点からの西洋近世の終焉の合言葉は「信仰義認」であり、この合意が達成されたことで、教会の分裂は修復の道に入ったと思う。その義認について、語られている。

義認とは神の側の判断であるから、人には分からないはずである。しかし、人の体験としては新生がある。人の側で分かるのは信仰によって新生したことである。この新生の体験によって、神の側での義認があったと考えることができるのである。だから、信仰義認というけれど、信仰と義認の間に新生を入れれば、理解しやすいと思う。

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哲学者の任務

『講座 哲学大系Ⅰ』の中に、こんな言葉がある。

「哲学者は、不安や心配からの脱出を人間に約束するような不遜な任務をおびているものではない。むしろ、人間を不安や心配のただなかに突きおとすことだけが、哲学者の使命なのである」

宗教的断定は哲学の彼方の事柄であるということなのだろうか。しかし、何かの「断定」(これは宗教的な領域だろうが)がないところでは、人間のあり方が不安であり、心配なのだということを示すことができないのではないだろうか。「断定」をそのまま表したら、他の「断定」の下で生きている人たちの間で、摩擦・対立が生まれるだろう。対話形式で疑問として提起したら、効果的なのかも知れない。

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我慢

生きていく時、我慢をした方がいいのか、しないのがいいのか。生きる目標のある人であれば、その目標に到達するためには我慢もするだろう。しかし、それがない人の場合は、我慢という動機がないのだから、我慢できるわけがないのである。
成功の方程式などと、書店では相変わらず、ハウツーものがよく並んでいる。それらは目標をどこにおくかで、どうにでもなるものだ。戦略のない所で戦術をいくら検討しても意味はない。戦術に先行する戦略のないところでは、それらは基本的に無意味なのである。人生の戦略を考えることから始めるべきであろうと思う。

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2006年2月15日 (水)

応援

トリノ・オリンピック開催中である。選手がよく「応援、よろしく」という。「応援によってパワーをもらった」と言うこともある。選手でないから、どんな状態なのか分からないが、そんなことがあるのだろう。

他人のために祈ることによって、その人に何かの結果が生まれることもある。証言はいろいろある。応援は祈りのようなものかも知れない。

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2006年2月14日 (火)

啓蒙

啓蒙。近世の合言葉で、「考えること」の勧め。あの人は、その中で、楽園追放によって得た人の能力の使用を促した。そこで失ったものには余り関心を持たなかった。しかし、後年、失ったものにも配慮した。そして「考えること」の限界を語った。そこでは人にとって届かない領域がある、と理解された。

そのあと、この人が登場した。宗教が表象で表現するところを、私は概念で説明するといった。神秘家的な眼が人を惹き付けた。そこでは、あの人が設けた人の限界が超えられているようだった。世界史は、その時から歴史的運動を始めた。こうして、この人の責任ではないであろうが、ソ連が誕生した。しかし、ソ連は崩壊した。それは、この人の解釈の問題なのか、この人の前提の問題なのか。

現代。あの人と、この人を思う。歴史の目標は一体何なのだろうか。あの人はカント、この人はヘーゲルという名であった。

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平和

社民党が「自衛隊違憲」の立場を表明したが、前原・民主党代表が「残念」と言っていた。私も前原代表と同じような感想を持つ。憲法を読めば、自衛隊を想定していない。しかし、現実は存在している。その乖離を憲法解釈で乗り越えてきた。しかし、解釈という手順は、素直に憲法を読んだ結果ではない。だから、自衛隊違憲は、ある意味で当然なのだとも言える。そこで憲法改正論議が生まれてきている。それは自衛隊合憲を明確にしたいためだ。
戦後間もなく、世界連邦という思想があった。戦争とは主権国家同士の争いという観点から、主権国家から戦争を起こす部分を取り上げて、互いに戦争できなくする関係を造ろうとするものだった。明治維新の廃藩置県の国際版というものだ。現実には国際連合があるが、その理想となるものかも知れない。日本の憲法は、そんな方向を向いていた。しかし、国際社会に目を向ければ、国際社会に信頼して、そこに平和希求の確かな支点を求めることなどできないように思える。
憲法の平和主義はいいのだけれど、どのようにして平和を達成していくのか、政治が現実の問題である以上、現実を見据えた目が求められていると思う。

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2006年2月13日 (月)

いま・ここ

歴史が面白くないのは、いま・ここの視点がないからだ。そのため、「なぜ」に答えられないからだ。そんな歴史もあると思う。

われわれは、現代に生きている。それは近世・近代に続く時代だ。近世・近代を生きないで、現代に生きることはできない。

中世への関心は、近世・近代の限界(それはルネサンスの人間中心主義の限界なのだが)の意識によるとしても、同時にその意識は近世・近代をくぐって来たものでなければならない。なぜなら、人類の意識は、そういう道をたどってきたのだから。超然たる中世は歴史的中世ではあっても、「新しき中世」ではないと思う。

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実存主義

「キルケゴール以来、たとい全世界を得るとも己れが生命を失わば何かあらん(ルカ9-25)、というのが実存主義の根本信条で、権力を握り幸福であっても、多くの正確な知識をもち、透徹せる了解の能力と洗練せられた教養を具えていても、自己を喪失するならば、実存主義とっては何の意味もない」(『実存理性の哲学』金子武蔵著、41頁)とある。キルケゴールにとっては、そうであっても、サルトルにおいては別の定義があると思う。両者において共通するものと、そうでないものは何か。

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2006年2月12日 (日)

違和感

司馬遼太郎さんは、こんなことを言っています。
「なんだか、西洋人の観念には、神という絶対の存在-つまり比類なき唯一のウソ-があるように思いますね。古来、神学は、ありもしない絶対(神)を、ある、ある、という哲学的論証を重ねつつ、論理と修辞と叙述を発達させてきた観があります」
(新潮文庫『司馬遼太郎が考えたこと15』351頁)
この類のことは、司馬さん繰り返し語られています。肯定神学的観点からは違和感を覚えますが、否定神学的には、それでいいのだと思います。哲学的論証とか、批判は、どこか中世神学をさしているような感じもします。しかし、中世だって、理性の限界は心得ていたわけです。神を理性の限界の中に閉じ込めるとしたら、それは中世でも退けられたと思います。

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敗因の新説

太平洋戦争の敗因は何か。和辻哲郎は秀吉から始まる鎖国を考えたのですが、少し眺望がききすぎているかも知れません。もっと近いところで眺めれば、どうなんでしょうか。
司馬遼太郎さんは、日露戦争の「復讐」といった視点を持っていますね。もちろん、当人は復讐という言葉を使ってはいませんが、文脈からは、そうとれるのです。
「二十世紀が開幕したときに、日本は現実感覚に富んだやり方でもって日露戦争に勝った。結果としてロシアはソ連になり、イデオロギーの国になった。そのイデオロギーがこんどは日本に影響して左翼を生み、その左翼の反作用として右翼を生み、いよいよ現実感覚を失わせたということが言えるでしょう」
(『司馬遼太郎が考えたこと15』新潮社、348頁)
日露戦争勝利から太平洋戦争敗北までの日本史、そこに、ソ連による日本逆襲の地下(思想)工作があった。そう言えるのかも知れませんな。こんなこと考えたのは初めてのことですが、司馬さんは、実際、いろいろ教えてくれる方です。

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成就

17歳の時の、あなたの罪には真剣な願いが込められていた。その願いは成就したのだろうか。

大学紛争を見給え。そのあとの悲惨な事件の数々を見給え。それらは、むろん、あなたが起こしたものではない。因果関係は直接的にはない。

しかし、「問い」が起きたではないか。全国に異常なくらい「問い」が起きたではないか。そのような現実を、あなたは望んだのではなかったか。問いは、求道へと人々を誘い、その中で人々は救いを得るだろう。

それは、あなたの真剣な願い、半生を無駄にしてしまった、あの決断の中に込められていた祈りの成就ではなかったのか。

そうかも知れない。そう思って、なお一歩を踏み出すことが許されているのかも知れない。

そう独り言を言っている。

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求道

求道の 熱き思いの 湧き上がる
 我が罪なりし 願いの叶う

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一神教

「ITはユダヤ・キリスト教的な一神教の進歩思想の産物」という人がいる。
問い「一神教といった場合、どうしてユダヤ・キリスト教的な、となるのだろうか。イスラム教も現代社会では強力な一神教ではないのだろうか」
問い「進歩思想は一神教の産物なのだろうか。キリスト教に関しては、教えは聖書で終わっているのである。それに宗教が目指す永遠に進歩はふさわしくない」

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2006年2月11日 (土)

我を見よ 我が過去を見よ いやし故
 主体を超えよ 観の働き

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生活

毎日は のたうちまわり 美なけれど
 天窓ありて 覗く人あり

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老子

煩悩の 造るこの世に 未練なし 
 老子を読みて 命知るころ

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新生

三次元 新生しても 乗り越えず

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無視する人

対面し 無視する人の 矢を受けて

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人間

人間というのは根本は人なのだろう。しかし、一人の人というのは思考上は存在しても、現実には存在しないし、できない。だから、「間」という言葉で、複数の人を示唆しているのだろうか。あるいは、人は人間になってはじめて現実の存在になるという意味なのだろうか。人間という言葉は意味深長な言葉と思う。

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2006年2月 9日 (木)

「言葉の力」

現行の学習指導要領は「ゆとり教育」を柱にしているが、次期は「言葉の力」に転換するという。そういえば、藤原正彦氏が『祖国とは国語』(講談社)で国語教育の重要性を訴えていた。

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中世の性格

「神中心」とか「信仰」という言葉で、西洋中世を表現した本を見て、少し違うのではないかと思った。ルネサンス以降の近世は人間中心だ。であれば、その逆の中世は「神中心」なのだという理解があるのだろう。しかし、近世は宗教改革の歴史でもあり、そちらは神中心である。

中世は神中心と人間中心の妥協の時代なのではないかと、私は思っていた。実際、そんな認識は珍しくはない。

しかし、それでも、中世は全体として神・信仰を考えないではおれない時代であった。それは人間として死を考えないではおれない、という意味でもある。そして、「新しき中世」が、そんな関心を表明し、みなが考え、人生の質を高められる時代であれば、そんな時代はみなが待望するのではないかと思った。これは人間の深い欲求に根ざしている。一宗教・宗派の問題ではなく、人間みんなの問題なのだ。そういう「中世」は、今の日本でも多くの人の関心事になっていると思う。共鳴する人は多いのである。

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回心

「キリスト教の中でメソヂスト派に於ては突然の起る回心が重大視される様であるが、ロマ・カトリック教などに於ては、それは殆ど重んじられていない」(『神への認識』菅円吉著)といわれます。確かに、そんな感じがしないでもありません。

しかし、メソヂスト派の開祖ウェスレーの回心は劇的というよりも、単に、心が暖かくなった、そんな変化の記述だったと思います。むしろ、フィニーの回心の方が劇的だったと思います。また、そんなもののない人もいるかも知れません。最高裁長官でカトリック信徒だった田中耕太郎氏は、『田中耕太郎集』の中で、「体験は信仰に到達する唯一の道であろうか。体験を通過しない信仰は虚偽のものであろうか」といっています。

体験という言葉で何を考えているか、それが問われるべきかも知れません。しかし、劇的回心で有名なのはパウロだったと思いますが、パウロはカトリックの聖人です。だから、回心の強調がカトリックの中で排斥されるわけではないと思います。

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後世の目

われわれは日常生活で、後世の人々の目を意識することは、ほとんどないのではないだろうか。しかし、少しは考えた方がよいのかも知れない。われわれが、過去の人々の言動を参照するのと同様に、後世の人々も、今、生きているわれわれの言動を参照するかも知れないからである。われわれは、どうもがいても、どう嫌がっても、歴史的存在であることを否定することはできないのである。

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小津監督の墓

ozu 北鎌倉の円覚寺境内にある小津安二郎監督の墓を訪ねたことがあった。墓地の中では、一番高いところにあった。「無」の一字だけの墓であった(写真)。無の字の横には小さな字で、「円覚宗源」の文字があった。朝比奈宗源という僧侶の書いたものという意味なのだろう。

墓は昭和39年3月20日に建立されたものだ。小津監督(戒名・曇華院達道常姿居士)は昭和38年12月12日に享年61歳(満60歳)で亡くなったのだから、その翌年に作られたものだ。墓石の横には、こんな文字もあった。

曇華院達道常姿居士
葬儀香語
君元天性仏心人
深捜庶民美興真
縁尽間浮不住
去遊三会龍華春
   喝
円覚宗源

「間」という字が、それでいいのか、少し判読できなかった。

小津監督の墓石に水をやり、しばし、その前で祈りをささげた。

この墓の近くに木下恵介監督の墓もあった。こちらは、ごく普通の墓であり、故人が有名であったことを考えると、あまりにも地味なものであった。木下監督は平成10年12月30日に死去、享年86歳(満85歳であろう)であった。戒名は、「明鏡院義道恵風居士」。

その下には、「正力家之墓」があった。昭和38年4月29日、正力松太郎氏によって作られたものだ。

円覚寺は、「臨済宗大本山」で、「北条時宗公御廟所」でもある。その境内には、国の史跡に指定されている僧堂、庭園、文化財など貴重なものがある。そのひとつに帰源院がある。ここで、夏目漱石が明治27年12月下旬から翌28年1月7日まで、参禅のために滞在した。その模様は、小説「門」「夢十夜・第二夜」に描写されている。また、島崎藤村は、明治26年夏から秋にかけて、1か月滞在、「春」「桜の実の熟する時むに、その経験が書かれている。

円覚寺訪問のあと、逗子に行った。少年時代の記憶を探そうと思った。

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苦の意味

生老病死の四苦はみな、最後の死につながっている。その意味で、老も病も直接的にはサタンのしわざであろう。しかし、それらによって、新たに生まれるものもある。高慢ちきな自分中心主義の「私」が砕かれて、柔和な「私」が生まれることもある。その観察の中で、サタンを遣わしたのは善意の神だと、思うこともできる。こうして死の準備をしているのだろう。地獄に堕ちないために。

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2006年2月 8日 (水)

現代の書斎

現代の書斎は閉じられたひとつの空間ではない。それは、いつでも、どこでも可能なものとして開かれている。それが書斎となるか否かは、ただその人の考え方いかんによる。「ながら族」、それが現代人の基本的生活スタイルなのだろう。

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「居直った人」

精神科医の斎藤学(さとる)氏が、東京新聞(2月8日付)に「居直った人」という題でコラムを書いておられます。
「物心がついて以来、私たちの感情の底にはいつも『見捨てられる不安』へのおびえがある」と言われています。全く同感です。しかし、そのあと、次のように書いておられます。
「こうした自分をまるごと受け入れ、他人に甘えることもある自分を赦せる人のことを、私は『居直った人』と呼ぶが、そのようにしている人の方が活気があって楽しそうだ」
この部分は、私には理解できません。「見捨てられる不安」というのは、人の中の実存的意識と思います。それは決断とか投企とかに導くのであり、その意識を受け入れたり、赦したりする余裕はないと思います。不安というものは、そんな、なまやさしいものではないと思います。

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悪の起源

天災や人災が起きる。そのたびに、原因の徹底究明、再発防止という言葉が繰り返し語られてきた。何度、聞いたことだろうか。問われているのは悪の起源である。しかし、究極的には分からないのではないだろうか。五木さんが『大河の一滴』で、十字架にかかることがキリスト誕生の前提であるので、裏切りのユダには役割があったとして、それに着目すべきと言っている。悪がなければ善もない。だから、悪も善になりうるのだろうか。

「悪の起源について、神は悪をゆるし給うたかどうか、そしてゆるし給うたとするならば、それはなぜか、さらにそればかりでなく、なにゆえ神は御みずから悪をお造りになったのか、というような問題について頭を悩ますのは、まったく余計な仕事といわなければなりません。そのようなことについては、絶対に理論的な確信が成立するようなことはないでしょう。肝心なことは、自分自身が悪をまぬかれることができるということ、そしてそのためにはいかにすればよいかということを知ることにほかなりません」
(『同情と信仰 ヒルティ著作集7』白水社、324頁)

悪の究極的起源については、人間には分からないところがあると思います。カルビンの二重予定は、一見、神の公平さを疑わせます。しかし、神の意思とは、それを遡る原因がない、という意味が込められているのであれば、現実世界を見て、そういうものとして受け入れるしかないのかも知れません。現実には信じる人と信じない人がいるのですから。もちろん、二重予定に反対の人たちもいます。

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待ち組

達磨さん 今は昔の 「待ち組」さ

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2006年2月 7日 (火)

地獄・極楽

私は五木寛之さんの小説を読んだことはない。しかし、NHKラジオ深夜便で、話を聞いて、非常なる感銘を受けた。その後、その作品に関心を持つようになった。

書店に、長く『大河の一滴』という五木さんの単行本が置いてあったが、買わなかった。今日、ブックオフで、この文庫本が105円で棚に置かれていたので、購入した。教えられるところが多くあった。

五木さんは地獄について語る(38頁)。
「地獄・極楽とは人が生きている日々の世界そのもののことだろう。」
「救いがたい愚かな自己。欲望と執着を断つことのできぬ自分。その怪物のような妄執にさいなまれつつ生きるいまの現在の日々。それを地獄という。」
「私たちはすべて一定、地獄の住人であると思っていいだろう。」
「しかし、宗教とは地獄にさす光である、と親鸞は考える。」

今、われわれは地獄を経験している、地獄の住人なんだ、というのは面白い発想と思った。そこには、五木さんの解釈があるのだろうが、この世が地獄なんだという考えは、今、苦しんでいる人たちに、実に大きな励ましになるだろう。「地獄とは、こんなものか、もっと悲惨な所と思っていた。今の生活は極楽そのものではないか」。そんな感想が聞けるだろう。地獄について、もう一度、考えてみようと思った。

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本当の悲劇

本当の悲劇は物を失うことではない。物を失うことを怖がることの方が恐ろしいのである。
本当の悲劇は破産することではない。破産することを怖がることの方が恐ろしいのである。

本当の悲劇は絶望することである。物を失い、破産することが絶望につながることが恐ろしいのである。

この絶望から解放されているのであれば、物を失うことは怖くないし、破産だってなんということもない。人が生きるのに必要な物は、そんなに多くはない。しかし、絶望した人が生きることは不可能なのである。

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家の宗教

墓地に行くと、○○家の墓となっていて、そこに、亡くなった人の名が書かれている。墓地を管轄している宗教団体が、その墓地を使う家・檀家の宗教となっているのだろう。

要するに、日本では、家単位で考えられている。生前、その家の宗教以外を選択する家族がいても、葬式は、家の宗教の戒名を与えられて、先祖の墓に入るのである。

今の日本にはもちろん、信教の自由はある。人はどんな宗教を選択してもいい。しかし、亡くなった時は、先祖代々の宗教の中に数えられる。それが日本の現実である。自分の信仰を死後も主張したい時は、どうしたらいいのだろうか。それと、家の宗教との関係は、どうしたらいいのだろうか。そんな問題が、日本にはある。

こんな構図は、一家族にとどまらないかも知れない。日本という国全体もまた、神道という家の中にあるのかも知れない。その範囲内での個々人の宗教的自由はある。しかし、神道とぶつかってはいけない。そんな構図なのだろうか。

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モーツァルト

ことしはモーツァルト生誕250年ということで、その音楽が流れている。魂を奪われる、多くの人たちが生まれるに違いない。われわれは不思議なことに、音楽を通して、西洋社会を身近に感じているのである。アジア人としては申し訳のないことなのだが、心は西洋に飛んでいる。

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臨死体験

本屋さんでの立ち読みで、臨死体験と回心とを結びつけて書いてある本がありましたが、二つは違うのではないかと思います。臨死体験とは体の死に近い体験と思います。しかし、回心というのは直接的には体の死とは関係なくて、私の理解では、虚無主義、ニヒリズムの克服といった方が近いような気がします。
回心体験は多いのですが、皆が体の死を経験し、その境で回心しているのではないと思います。

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2006年2月 6日 (月)

川田正子さん

NHKラジオ深夜便で、急逝した川田正子さんの追悼番組を聞きました。偉大な生涯であったと思います。最後に童謡の意義を説く川田さんに文章が紹介されましたが、子どもたちの心を大切にしようという思いは広がって欲しいと思います。魂が永遠の安息に入られるよう、お祈りします。

それにしても、私の記憶の中では、川田という童謡歌手では、川田孝子さんの記憶が多いのです。川田正子さんの記憶は、私の幼児ではほとんどなくて、ただ、いつからか、川田正子さんが登場して、歌っていたという記憶なのです。今では、逆に、川田孝子さんは、ほとんど顔を出しません。

童謡というのは子どものためだけでなくて、大人のためでもあるのだと思います。子どもの心を持ち続ける大人が大きな仕事をするのですから。

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2006年2月 5日 (日)

障害者のしあわせ

身体障害者は不幸といえるかもしれない。しかし、それは他人(健常者)と比較するからである。

しかし、比較は他人との比較ばかりではない、自分自身との比較もある。

他人との比較で、どんに劣っている人でも、自分自身との比較において、足りている人もいるだろう。それは自己実現を意味する。自己実現はすべての人に可能であり、開かれている。そこには幸福感がある。それは人生の目的にもなるものである。

他人との比較における向上は教育の目指すものであろうが、自分自身との比較は宗教の範疇のものであろう。人には教育は必要だが、それで人の必要のすべてが足りるのではない。その限界を知り、宗教的真理に心が目覚め、自己実現を満たす時、それは教育にもよい影響を与えるに違いない。

体の不自由な人で幸せな人は、いくらでもいる。そして、その幸せを、その人から奪うことは出来ない。

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2006年2月 4日 (土)

哲学の本質

昔、哲学専攻の子に対して、反対する親がいた。生活に役立つ学問の方がいい、という理由であろうし、それは本当によく理解できる。専門的・個別的学問を専攻すれば、それは生活に役立つ知識であり、親は安心するのである。しかし、ある意味で、その時点で、その人の人生の大枠は決まってしまう。そのような決定に躊躇する時、漠然と哲学専攻を選択する青年もいるかも知れない。

ソクラテスは、哲学というものは智ではなく、智への愛、智の追求と考えていた。ディルタイに『哲学の本質』という本がある。そこで哲学について、こんなことを言っている。
「精神がその全ての態度についてその態度の究極の前提に至るまで行う精神の省察」
「精神科学或いは内的経験に関する学」
「特殊科学と異なって、世界と人生の謎そのものの解決を求める」

人間は体であり、心である。この二つの要素を認めることはたやすいことだ。しかし、体も心も、時に不調に陥ることがある。体であれば医者に見せればいいが、心の不調は始末が悪い。もちろん、現代社会には精神科医がいて、カウンセラーもいる。面接、面談がある。しかし少しかかりにくいのではないだろうか。自分の心の中で何が起きているのか、それを知って、心の健康をはかりたいのである。その欲求が起きた時、人は宗教とか哲学に向かうのであろう。それは求道の人生である。しかし、どこかで結論を出したい。そして、自分の人生をまとめたい。哲学・宗教に自分なりの結論を持つことは、意義ある人生のために大切なことだと、私は思う。そして、雑談の中で、そんな刺激を与えることもまた、一人ひとりに、一回限りの大切な人生の反省を促す意味で、無意味ではないかも知れない。

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使徒的霊感

「使徒的霊感はキリストによる彼御自身の事業の死後註釈である。十字架の真理を語ったのは使徒であった。イエス御自身はこれに就て充全に語ることは出来ず、ただこれを行い給うことが出来るだけであった。自己の死に就てのキリストの思想は、行為に於てでなければ言い表し得ないものであった」(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

「死後註釈」という言葉に斬新さを感じた。新約聖書の成立は、聖霊降臨後、使徒たちが、聖霊に導かれて、イエスの生涯を回想し、瞑想し、その中から生まれた「註釈」なのだという意味であろう。その意味で、新約聖書の権威というものは聖霊の権威なのであろう。

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教育の根本条件

ペスタロッチは『ペスタロッチ 隠者の夕暮』(福島政雄著)で、教育に大切な条件として、こんなことを指摘している。
「ペスタロッチの教育思想の根本は魂の奥底の落ち着きと云うものがなければ真実に一人一人の能力というものを延ばすことができないという考えであります。魂の根本の静けさがあれば、人間は各自その天賦の能力なり資質なりを延ばして行くことができる」

同感である。大学紛争の時、学生たちは、教育を受ける心の余裕を失っていた。教育より人間にとって重要なものがあるのではないかという焦りにとらわれていた。失われていたもの、それが「魂の奥底の落ち着き」であり、「魂の根本の静けさ」なのであろう。教育は大切である。しかし、教育を可能にさせる条件は、人間にとってもっと大切である。その、兼ね合い、バランスを考えながら、社会に対して、新たな問題提起をしていけばいい。

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創造の過程

創造とは無からの創造が本来の意味であろうが、人間には無理だ。しかし、ベルジャーエフは、創造活動を高く評価している。それは人間における創造活動でろあうが、それは、どんな過程で可能なのだろうか。「現在の創造的過程なるものは、ただ過去の最上なものを信頼することによってのみ可能である」と、彼は『新しい時代の転機に立ちて』において指摘している。

司馬遼太郎さんは、日本の美点を小説が描き続けた。それは日本の価値であった。価値でないものを書くことはできなかった。その価値は「過去の最上なもの」でもあった。「過去の最上なものを信頼する」とは、「過去の最上なものに思いを寄せる」という意味でもあるのではないか。思い続ける、その中で、ある時、何かの発見がある。発見は伝えたいという願望を伴うものだ。そこで筆が進んだのであろう。あるいは書くという行為が可能となったのであろう。それは、われわれにも新たに視界として、驚きと共に受け入れられてきたのではないだろうか。

過去の最上なもの、それを見出し、それに思いを寄せること、その反復の中で、何事かが生まれると思う。

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2006年2月 3日 (金)

神の声

「神の生ける言葉は、微妙な、かすかな、しかしひじょうにはっきりした声であり、もしもあなたがその声をひとたび聞いたなら、その時にこそあなたははじめてほんとうに神の言葉はどういうものであり、そして信仰とはどういうものであるかということがよくおわかりになるでしょう」(ヒルティ著作集7『同情と信仰』カール・ヒルティ著、岸田晩節訳、白水社、289頁)

マザー・テレサも神の声を聞いたといっていた。聞いたら人生の決断しなければならないだろう。そんな声なのだから。

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奇跡

長谷川如是閑は若い日に宣教師から聖書の講義を聞いたが、奇跡物語をどう理解したらいいか分からなかったらしい。奇跡とは何だろうか。
「世界の本質のうちにその根拠をもつものは自然的と言われ、そうでないものは超自然的あるいは奇跡と言われる」(『西洋哲学史下巻』シュヴェーグラー著)という。
ペンテコステ以来、人類史に聖霊なる神が活動していることは、世界に証人がいるし、疑いないことである。それは人間の自然的能力を超えているとして超自然的出来事と言ってもいい。しかし、聖書の奇跡のすべてを、それに含めて理解していいものだろうか。そうではないと考えるところで、その解決を求めてきたように思える。

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ウェスレー回想

ジョン・ウェスレーという人の名を初めて知ったのは17歳か18歳のころであった。教会の牧師が説教の中でウェスレーに言及した。もちろん、どんな人であるかは知らなかった。その後、彼に関する小冊子を読んで、そこに劇画のような人生描写があって、印象に残った。たとえば、こんな個所がある。

「私たちは到る処で狂犬のように取扱われた。説教にも、新聞にも、種々なる小冊子の中にも、私たちは前代未聞の怪物として描かれていた。然しそうした事も私たちを動揺させるには足らなかった。私たちは凡ての階級の人々に信仰による救を証しつつ進撃した」

ウェスレーは英国国教会の司祭であり、その活動によりメソジスト教会が誕生した。青山学院は、その教会の働きから生まれたものであり、正門の右にはウェスレーの像が建っている。

彼の眼目は、霊的キリスト教の復興であり、それは信仰義認、御霊の証、全き潔めの教えであった。そのため、彼は教会の罪や、高壇を占める人たちの罪を暴露し、彼らから非難・排撃された。そのため野外で説教した。馬に乗り、遍歴しつつ、説教活動を続けた。その後の大衆伝道の原点が、この時の彼の活動にあったのではないだろうか。

彼は「諸君は霊魂を救うことのほか、是非為さねばならぬことは何一つとしてないのである。それ故、此の働きのために凡てを費やし、かつ費やされるものとなりなさい」という。「霊魂を救う」という意味は、彼にとっては、人々を「瞬間的回心」に導くことであったろう。彼の影響を受けて発足した救世軍には、このような精神が生きている。しかし、このような価値観に自分の人生を捧げきるのは至難のことであるかと思う。それでも、人にとって、最も大切なものは何かを思う時、それは体であり、心であるのだが、同時にその奥にある宗教的な命こそ最も大切なのだということを片時も忘れさせない標語ともなるのである。もちろん、多くの人が最も関心を抱いているのは体の健康であろうけれど。

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北朝鮮の拉致事件

北朝鮮の拉致事件が金正日総書記の指示で行われていたことが判明した。北朝鮮の最高指導者の関与は最初から分かっていたことのようにも思うのだが。そういう国ではないのだろうか。

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2006年2月 2日 (木)

小泉改革

小泉改革で生じた勝ち組と負け組。資本主義という自由競争社会では当然のことだろう。光が現れれば、同時に影も出てくる。善と悪は同時に出現する。

イエスは天国のたとえの中で、「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」(マタイ25・29)といっている。受け取り方によっては、恐ろしい言葉でもある。

もちろん格差が大きくなることは別の社会問題を誘発する。その対策は必要だろう。弱肉強食の社会ではなく、思いやりのある社会に住みたいものだ。

しかし、日本は、とりあえず、こういう社会になってしまった。よい社会なのか悪い社会なのか。

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ドストエフスキー

ドストエフスキーはわれわれに解決を示したのだろうか。あるいは問題提起したのだろうか。後者かも知れない。
「私が自分についていえるのは、私は時代の児であり、不信と懐疑の児であるということです。これまでもそうでしたし、これからも墓場へゆくまできっとそうでしょう。この信仰への渇望の代償として私はこれまでどんなに多くの苦痛をなめ、また今もなめつつあることでしょう」(『ドストエフスキー』E.H.カー著、筑摩叢書106、266頁)
われわれは、その問題提起の大きさに驚いたのである。

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成功の秘訣

成功の秘訣を伝授しようと、書店には、その類の本が多く並んでいる。では、ニュートンに関しては、どうだろうか。
「かつて或人がニュートンに向って、そもそも貴君は如何にして斯くも立派な数多の発見に依って学問の領域を拡張せられたのであるかと問うた時、ニュートンは之に対して、余は不断の思索によって能くこのことを成就したのであると答えた」(『天才・悪』ブレンターノ著)
成功の秘訣は「不断の思索」とのことである。思索とは「問う」ことであろう。不断とは「絶えず」という意味と思う。
これは、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」(マタイ7・7-8)の言葉を連想させる答えである。
ところで、『祈の驚異』(J.R.ライス著)によれば、この個所に関しては、「ギリシャ語の語形は、続けて求め、続けて捜し、続けて門をたたく意味が含まれている」という。
要するに「問い続ける」能力が大切ということである。

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近世とは

プロテスタントが、その教えを継承しているというパウロにしても、アウグスチヌスにしても、カトリック教会の聖人である。であれば、16世紀後の近世とは所詮、コップの中の嵐に過ぎない。

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2006年2月 1日 (水)

内村鑑三の信仰

『内村鑑三日記書簡全集(1)』に、こんな言葉があります。
「歓喜の極は歓喜の涙である。そうして、歓喜の涙は、苦痛が歓喜に化する時に流る」
こんな言葉を読むと、心が震えます。ベートーベンにも、同じような言葉がありました。しかし、内村の言葉の方が余韻が残ると思います。口語でなく、文語の格調の高さといったものでしょうか。こんな言葉は彼の著書にはたくさんあります。
また、同じ本には、こんな言葉もあります。
「自分はいわゆるカルビン主義教会に属するものではないが、信仰の根本においてカルビン主義者であることは争われない」
カルビン主義信仰の中にはプロテスタント信仰の徹底という自負を感じますが、内村には宗教改革の徹底という思いがあって、両者は触れ合うところがあるのでしょう。
私はプロテスタントの本を長く読んできました。特に内村の本を、です。信仰を考えさせてくれました。彼は、キリスト教とは何かを考える上で、近代日本のキリスト者の中では最重要人物であると、今でも思っています。キリスト教が近代において、教派となった時、教派の主張が、もろに飛び込んできます。それらは互いに批判しあっているのですが、対話で相互理解が深まればと、思います。

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歴史哲学

上智大学の教師であったピオヴェザーナ氏は『歴史の意義』で、「歴史哲学は過去においてそうだったように、歴史の意味の探求でなければならない。これこそ、どのような歴史哲学にとっても第一の、そしてもっとも重要な要素である」と言っている。
ベルジャーエフは歴史哲学の著書を多く残している。残された写真により彼には預言者を彷彿させるものがあったと思うが、著書にもそれが濃厚に残されている。日本には、そのような人はいなかったし、今もいないと思う。以前は、形而上学、倫理学、論理学が哲学の要素と言われたが、歴史哲学も重要ではないだろうか。しかし、これはまさに視点が問われるのであり、その前提を持たない日本人には無理なのだろう。

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政治と宗教

宗教法人に対する税制上の優遇というものは、宗教が人心の安定につながり、それは社会の安定をももたらすという観点から、政治的目的にもかなうものとして行われているのでしょう。だから、政治一元の中に宗教も含まれる可能性もあり、現に含まれているとも言えます。それは、それでいいのだと思います。
逆に宗教一元の見方はどうなんでしょうか。西洋中世であれば、政治的観点は宗教の義務ともなるでしょうが、現在の日本では、一部の仏教教団を除いて、強くはないかも知れません。むしろ、日本の神道が、象徴天皇制として、政治とは直接的ではないにしても、関係しているので、宗教の各教団は神道との関係は考えねばならないのかもしれません。神道も宗教ですから、宗教は日本でも、政治全体を覆うが如くに関係しています。
政治と宗教は別のものではあっても、切り離して考えることは現実的ではないのでしょう。

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