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2006年2月 3日 (金)

ウェスレー回想

ジョン・ウェスレーという人の名を初めて知ったのは17歳か18歳のころであった。教会の牧師が説教の中でウェスレーに言及した。もちろん、どんな人であるかは知らなかった。その後、彼に関する小冊子を読んで、そこに劇画のような人生描写があって、印象に残った。たとえば、こんな個所がある。

「私たちは到る処で狂犬のように取扱われた。説教にも、新聞にも、種々なる小冊子の中にも、私たちは前代未聞の怪物として描かれていた。然しそうした事も私たちを動揺させるには足らなかった。私たちは凡ての階級の人々に信仰による救を証しつつ進撃した」

ウェスレーは英国国教会の司祭であり、その活動によりメソジスト教会が誕生した。青山学院は、その教会の働きから生まれたものであり、正門の右にはウェスレーの像が建っている。

彼の眼目は、霊的キリスト教の復興であり、それは信仰義認、御霊の証、全き潔めの教えであった。そのため、彼は教会の罪や、高壇を占める人たちの罪を暴露し、彼らから非難・排撃された。そのため野外で説教した。馬に乗り、遍歴しつつ、説教活動を続けた。その後の大衆伝道の原点が、この時の彼の活動にあったのではないだろうか。

彼は「諸君は霊魂を救うことのほか、是非為さねばならぬことは何一つとしてないのである。それ故、此の働きのために凡てを費やし、かつ費やされるものとなりなさい」という。「霊魂を救う」という意味は、彼にとっては、人々を「瞬間的回心」に導くことであったろう。彼の影響を受けて発足した救世軍には、このような精神が生きている。しかし、このような価値観に自分の人生を捧げきるのは至難のことであるかと思う。それでも、人にとって、最も大切なものは何かを思う時、それは体であり、心であるのだが、同時にその奥にある宗教的な命こそ最も大切なのだということを片時も忘れさせない標語ともなるのである。もちろん、多くの人が最も関心を抱いているのは体の健康であろうけれど。

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ウェスレーは『説教』の中で、こういっている。

「彼らは決して、行為の契約が『罪過と罪によって死んでいた者』(エペソ2・1)にたいして与えられたのではなく、人が神にたいして生きており、罪を全然知らず、神が清きごとくに清くあった時に、その人にたいして与えられたものであるという事実を、考えなかったように思われる。彼らは、それが決して、一度失われた神の好意と命とを回復するために意図されたのではなく、それが永遠の生命において完全になるまで、それを存続させ増加させるために意図された、という事実を忘れている」

ここでは律法と福音との関係がテーマなのだろう。福音のないところに律法を適用することは、律法の目的を果たさない。そこでは、ただ律法は福音に人々を導く役割があるだけだ。しかし、テキストでは、この役割の意義が語られていないかも知れない。逆に、福音の中での律法の役割は雄弁に語っている。これは見落とし勝ちな一面である。従って、律法は回心の前においても、回心のあとにおいても、有効なのだ。特に、ここでは、回心のあとの律法の有効性が語られているのだろう。「行為の契約」という言葉で。よくよく、考えねばならない。

投稿: | 2006年2月 3日 (金) 11時44分

「瞬間的回心」というのは信仰に対応した聖霊の働きである。であれば、秘跡としては堅信が対応しているように思われるが、そうではなく洗礼であろう。洗礼は一回のみである。同じように、瞬間的回心も、その人の生涯で一回のみである。それくらい重要な瞬間である。

投稿: | 2006年2月 3日 (金) 13時03分

「私をして一書の人たらしめよ」とは、ウェスレーの言葉である。『説教 ジョン・ウェスレー著作集』の中に、それはある。この一書とは聖書のことである。しかし、ウェスレーは聖書だけ読んでいたのではなかった。いろいろな分野の本を巡回の馬上で読んでいた。聖書以外の領域には排他的に対応をする人ではなかった。すべての領域の知識を求めていた。その経験を重んじた。経験主義の子でもあった。そして、「私がまちがっていたということも非常にあれそうなことである」という謙虚さも持ち合わせていた。

しかし、彼はただ一つのことを求めていた。それは「あなたは、魂を救うこと以外、何もする必要がない」という言葉で端的に表現されている。人生目的の単一化、それが理想的な生涯である。その時、彼は自分の人生が一瞬であることを感じたのだろう。「私は、私自身が空中を飛ぶ矢のように生を通り抜ける、束の間の被造物である、と考えてきた」という。自分の人生の中での貴重な経験、その中に現れてきた動機、その動機で一貫した人生、その人生は、恐らく束の間の人生と感じられるのであろう。人は、いろいろな経験をする。その経験の中で、動機が生まれる。その動機の中には、その人の生涯を支配するようなものもある。その動機を大切にすること、それが生きることなのである。

ウェスレーは、恐らく、生に関して否定な側面も指摘したのであろう。そのために反発を受けたのであろう。「『信仰による救い』が世界に宣言される時にはいつでも、神の敵は非常に荒れ狂う。それは神の敵が、信仰のみが彼の王国の土台を転覆することができると知っていたからである」という。信仰義認、それは宗教改革の原点であったが、その時の対立は現在では解消されている。

しかし、こうして批判の中に身を置いたウェスレーは、「あなたがたに向かってだれかが、非常に率直に語るという必要が、まったくあるのである。それは、とくに、今の時に、必要なのである。なぜなら、これが最後の時でないなどとだれが知っていようか」という。彼もまた、終末意識の中を生きていたというべきであろう。

投稿: | 2006年2月 7日 (火) 10時23分

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