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2006年2月 4日 (土)

使徒的霊感

「使徒的霊感はキリストによる彼御自身の事業の死後註釈である。十字架の真理を語ったのは使徒であった。イエス御自身はこれに就て充全に語ることは出来ず、ただこれを行い給うことが出来るだけであった。自己の死に就てのキリストの思想は、行為に於てでなければ言い表し得ないものであった」(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

「死後註釈」という言葉に斬新さを感じた。新約聖書の成立は、聖霊降臨後、使徒たちが、聖霊に導かれて、イエスの生涯を回想し、瞑想し、その中から生まれた「註釈」なのだという意味であろう。その意味で、新約聖書の権威というものは聖霊の権威なのであろう。

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