« 神の声 | トップページ | 教育の根本条件 »

2006年2月 4日 (土)

創造の過程

創造とは無からの創造が本来の意味であろうが、人間には無理だ。しかし、ベルジャーエフは、創造活動を高く評価している。それは人間における創造活動でろあうが、それは、どんな過程で可能なのだろうか。「現在の創造的過程なるものは、ただ過去の最上なものを信頼することによってのみ可能である」と、彼は『新しい時代の転機に立ちて』において指摘している。

司馬遼太郎さんは、日本の美点を小説が描き続けた。それは日本の価値であった。価値でないものを書くことはできなかった。その価値は「過去の最上なもの」でもあった。「過去の最上なものを信頼する」とは、「過去の最上なものに思いを寄せる」という意味でもあるのではないか。思い続ける、その中で、ある時、何かの発見がある。発見は伝えたいという願望を伴うものだ。そこで筆が進んだのであろう。あるいは書くという行為が可能となったのであろう。それは、われわれにも新たに視界として、驚きと共に受け入れられてきたのではないだろうか。

過去の最上なもの、それを見出し、それに思いを寄せること、その反復の中で、何事かが生まれると思う。

|

« 神の声 | トップページ | 教育の根本条件 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/8495799

この記事へのトラックバック一覧です: 創造の過程:

« 神の声 | トップページ | 教育の根本条件 »