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2006年2月26日 (日)

公共の広場

NHKは公共放送である。それはオーナーは国民一人ひとりであるということと、国民の参加意識が大切ということであろうか。番組の中で、リスナーからの手紙が紹介されることは、国民参加番組を志向しているということだろうか。

こころの時代では、貴重な内容が放送されていると思う。それを放送しっぱなしでは、もったいないと思う。地域教育施設とか、生涯学習施設とかを使用して、リスナーたちを集め、その内容をもっとつめていけば、国民の意識改革に資するのではないだろうか。これはすぐにでも、できそうな気がする。

こころの時代の内容は、当然のことながら、宗教的なものが盛られている。宗教者は具体的には宗派の信徒なのだが、宗派を超えて共通の対話の場が、この番組にあるような気がする。宗教的な公共の広場が、そこにあるような気がする。その意味でも、宗派の宗教者たちが、この公共の場を宗教の公共性の深化のために使うのも意味があるのではないだろうか。

宗派の極端な絶対化の主張は、その弊害を経験している。

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