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2006年2月14日 (火)

啓蒙

啓蒙。近世の合言葉で、「考えること」の勧め。あの人は、その中で、楽園追放によって得た人の能力の使用を促した。そこで失ったものには余り関心を持たなかった。しかし、後年、失ったものにも配慮した。そして「考えること」の限界を語った。そこでは人にとって届かない領域がある、と理解された。

そのあと、この人が登場した。宗教が表象で表現するところを、私は概念で説明するといった。神秘家的な眼が人を惹き付けた。そこでは、あの人が設けた人の限界が超えられているようだった。世界史は、その時から歴史的運動を始めた。こうして、この人の責任ではないであろうが、ソ連が誕生した。しかし、ソ連は崩壊した。それは、この人の解釈の問題なのか、この人の前提の問題なのか。

現代。あの人と、この人を思う。歴史の目標は一体何なのだろうか。あの人はカント、この人はヘーゲルという名であった。

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コメント

ヘーゲルは啓示の領域を理性で解釈し、理性一元的歴史観を展開していった。そこに人間が土足で踏み込んではいけない神の領域が侵されているという危惧をキェルケゴールが抱いて、ヘーゲル批判を展開した。その気持ちは分かります。

投稿: | 2006年2月14日 (火) 17時06分

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