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2006年2月22日 (水)

歴史観

ヘーゲルが、その哲学において、キリスト教を意識していたことは明白である。ところで、彼の精神主義的・発展的・一元論的な歴史観と、アウグスチヌスが『神の国』で描いた、「神の国」と「この世の国」との対立・抗争的・二元論的歴史観は、どう関係するのだろうか。
ヘーゲルの「精神」が、この世に受肉した神を指しているのであれば、聖霊降臨後の歴史展開によって、理解の端緒が与えられても、それでは見える教会の存在と彼の弁証法的歴史観とは、どう関係しているのだろうか。

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