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2006年3月 1日 (水)

宗教の勧誘

宗教に勧誘されることがある。悪い気持ちはしないものである。自分を重んじてくれている、関心を持ってもらっている、そんな意識があるからである。
しかし、勧誘する側は、ともすればしゃべり過ぎる嫌いがあるかも知れない。宣伝しがちなのである。そして、勧誘される側の本当の関心を聴き逃しがちなのである。これが分かった時、それまでいい気分を味わっていた勧誘される側は、対話不能を感じてしまう。こうして、宗教の勧誘は失敗するのである。
宗教の勧誘で大切なのは、宣伝ではなくて、相手の真実の関心が何であるかを聴き取ることでなければならない。そこから始めねばならない。
宗教の勧誘とは、ある意味で、より強い人間関係へと招くことを意味する。孤独な人たち、さびしい人たちは、そんな勧誘に乗りがちである。しかし、自分の疑問をしっかり意識して、そこで宗教を判断しなければいけないのである。

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