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2006年3月15日 (水)

逆境

人の価値というものは逆境に遭遇した時に現れる。ある人は精神が萎えてしまう。しかし、ある人は逆に、精神に凛とした張りが生まれる。その違いは、どこにあるのだろうか。

逆境というものは現象にとらわれるということである。もちろん、とらわれないでいい、という意味ではない。生命の危機が根本にある。所有の減少も、それとの関連で、人は感じることがある。人は、逆境に対して、なすすべのない時、狼狽してしまう。

イエスが嵐を静める記事がマタイ福音書の8章(23節から27節)に書かれている。湖に激しい嵐が起きて、イエスと弟子たちの舟が沈みそうになった。イエスは眠っていた。弟子たちは、イエスに助けを求めた。イエスの言葉で、凪になった。そんな話である。

逆境というものは、真実の祈りを生み出すものである。その祈りは、向けられた対象が真実の神であれば、聞き届けられるのである。祈りが、常に、信仰によって、神に向けられていれば、逆境というものは、その祈りが真剣になるという量的変化の違いだけである。しかし、狼狽する人たちは、信仰がないのである。だから、祈りの真剣さというものに意識が変化していかないのである。イエスは、弟子たちに対して、「信仰の薄い者たち」と言われた。むしろ「ない」と言ってもいいくらいである。意識の質的変化という信仰にまで、まだ達していない、という意味である。

逆境に遭遇した時の、人の対応の違いというものは、こんなところにあるのだろうと思う。
逆境よ、来たれ! 嵐よ、来い!  われらは、神の栄光の現れを待望するのみ。

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