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2006年3月 5日 (日)

回心

回心の研究にとって、ウイリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』は貴重な資料である。日本人の研究書もある。しかし、続く本が見当たらないので、さびしい。宗教経験の研究書が欲しい。

回心の意味は、広辞苑では、こういうことである。

「過去の罪の意志や生活を悔い改めて神の正しい信仰へ心を向けること。なお一般に、同様の宗教的体験をいう」

この言葉は宗派によって違う意味で使われているようだ。カトリック教会では、前者の意味、悔い改めの意味で使われているかも知れない。心の向きを変えるという意味である。それは人の側の心の持ち方である。それに神の働きが伴うことは当然、知っているのだろうが、その点を余り強調しない。信徒に対して、回心が繰り返し求められているのは、聖化の意味で使われているのかも知れない。悔い改めの生涯という意味で回心という言葉が使われているように思う。
一方、プロテスタントでもリバイバルを重視する人たちは、新生経験に結び付けて考えている。広辞苑での、後者の意味である。神の直接的働きを強調するのである。新生は洗礼と関係しているので、その意味では回心の繰り返しはないのである。

同じ言葉でも、宗派によっては意味するところが違っている。よく考える必要がある。

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