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2006年3月 8日 (水)

プライバシー

個人情報の漏洩で、プライバシーに関心を持った。プライバシーとは何か。

アダムの罪の結果、何が起きたのか。「二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした」(創世記3・7)とある。ここにプライバシーの原点があるようにも思うが、違うかも知れないとも思う。

目が開けた、というのは、よいことではないのか。カントは啓蒙主義提唱の中で、そんな解釈をしている。しかし、罪は悪だ、という原点に戻った解釈を探すべきではないだろうか。罪の結果としての「プライバシー」は、神に問われるのである。そして、このような問いと、その結果としての行為を、われわれは是認しているのである。

プライバシーは尊重されるべきである。個人が平穏に生活する権利は尊重されるべきである。しかし、個人が社会生活の中で法的関係を維持できない時、個人のプライバシーの尊重が破られることがある。

個人に異常事態が観察される時、より異常にならないために、正常であれば犯罪とされる行為もしなければならなくなる。

病人のために外科手術をする時、その人が病人でなければ外科医の行為は傷害罪である。しかし、病人であれば、逆に外科手術をしない方が罪となるようなものである。

個人は健全な状態であるばかりではない。身体的に、また経済的に病人となったり、家計破綻状態になったりする。こんことは、決して珍しいことではない。その時、われわれは、個人のプライバシーの中に入っていかなくてはならなくなる。それは犯罪ではない。逆に、それを行わないことの方が犯罪となる可能性がある。

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