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2006年3月11日 (土)

かみしも文化

日本文化というものは、かみしも文化であり、その意味ではストレスのたまる文化でもある。弱みを見せることのできない文化である。

職場によっては、人間を機能関係でしか判断しないところがあり、そんな手段化に対して、私の内にある「目的としての人間」が苦悩する。

心はいつ病気になるか分からない。しかし、心の病気など、弱さの表明のようで、自分では対処できないのである。強い人間になりたいと思う。そんな努力をする。しかし、周囲から孤立していく。

信仰なんてものは、自分で人生の戦いに負けたことを表明しているようで、なかなか入信するには抵抗がある。

こうして、人は袋小路に入る。自殺者が出る。人生の虚無意識にさいなまれて、うつ病になってしまうのだ。

信仰は、こんな人たちにとっての、心の病気にかからないための予防でもあるかも知れない。精神科医の言葉と宗教者の言葉が響きあうこともある。

体が食物を求めるように、心の糧も必要だ。その「心の糧」を、どこで、どのようにして得るのか、それが分かっている人は幸いと言うべきであろう。

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