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2006年4月30日 (日)

哲学の放送

いま、放送大学で、渡辺二郎・放送大学名誉教授が「自己を見つめる」という題で講義をされています。毎回、聞いています。教えられるところが多いです。

ヤスパースは、ラジオで自分の哲学を放送したことがあったのではないでしょうか。

哲学・思想関係は、内容の問題なので、テレビよりもラジオというメディアがふさわしいかも知れません。

こんな番組がたくさんある、ということが、これからの放送事業にとって大切な課題になるのではないでしょうか。

 

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出版加熱

本が出る 書店に溢れ 読者らは
 あれもこれもと 疲れ覚える

読書欲 我にあれども 新刊の
 出るスピードに 及ばざるなり

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溺死

水に浮く 溺れる者は そを知らず
 静かに頼る 心が救う

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不幸

これを見よ 不幸を見せて 訴える
 それを不幸と 思わぬ我は

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飛翔

我は行く 古今東西 羽広げ
 ウサギ小屋から さあ出発だ

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SOS

断食と 拒食症とは 似ているが
 SOSの 発信違う

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閉じこもり

閉じこもり 豊かな世界 見ないのも
 心の節を 守らんがため

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日米同盟

日米は 命かけての 敵同士
 今同盟に 弁証法か

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結婚

結婚は 何か始まる 原点だ
 家族も不安 それはあり得る

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日常の 病を見つけ 対策を
 考える目に 未来の予感

病気見て 対症療法 試みる
 その繰り返し 疲労困憊

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自己治癒

自己治癒の 基本に戻れ サイン得て
 問えば必ず 何かを得るよ

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主体

関わりの 上部に見える システムが
 相働きて 主体生まれる

システムは 目に見えないよ しかしある
 感覚だけで 人は混乱

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医学志望

卒業で 医者になりたい 書いてみた
 その雰囲気に 重さ感じて

わが病 解決したし 探求に
 隣人らにも 病見出す

病見て あがくを止めよ 冷静に
 立ち向かう時 教訓多く

肉眼で 見えない世界 想像す
 論理の世界 整然とあり

選択肢 多く見つかり 決定に
 時間をかけて おもむろに行く

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ゲーム

ゲームはね 面白いんだ 時忘れ
 こうしてずっと 生きていきたい

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人の治療

現在は 過去と未来の 統合で
 前後の二つ そこから始めよ

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今の私

かくかくの 結果となりぬ 思いみて
 人の間の 作用によりて

今の自分というものは、過去の人間関係の作用の結果と思います。自分の人間関係が、どうなっているか、それを知ることが、すなわち自分を知ることなのでしょうか。自分を知るということは、いくらか抽象的なのですが、人間関係は具体的です。そこから入るのが自己認識深化の入り口なのでしょうか。

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2006年4月29日 (土)

ひらめきの文学

ひらめきを 短詩で残せ 経験の
 記録はやがて 実を結ぶなり

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2006年4月28日 (金)

放送大学

ラジオあるいはテレビで大学の講義が聞けるという放送大学は、つい最近聞き始めた私にはひとつの実験に思えるが、客観的には、もう実験段階を過ぎているのだろうか。

この実験は何を意味しているのだろうか。興味がある。しかし、いずれにしても、新しい知識が得られて喜んでいます。驚きもあります。

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目的

人は死ぬ 我も死ぬなり その声を
 正確に聞く 一生でした

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宣言

家を出て フラフラ生きし 我にとり
 ひばりの言葉 心に刺さる

「今日の我に 明日は勝つ」

ひばりとは歌手の故美空ひばりさんです。つくづくと、力強い言葉であると感心しております。

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塔の上

塔の上 皆に見られる 気分よい
 失敗すれば さらし首だよ

ホリエモン氏の帰還を思いつつ

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肩書き

肩書きが ないとどこへも 行けるけど
 あれば行けない 不自由だよね

肩書きも時にはない方がよいかも知れません。行動の自由が制限されるのです。

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ハーフの時代

かつてはね 合の子だった 今ハーフ
 差別意識が 羨望になる

「合の子」という言葉は差別語だったのでしょう。混血児のことです。出生によって、社会の中でのアイデンティティ形成が困難だったと思います。それが差別につながったのでしょう。ハーフは、新しいアイデンティティへの導き手としての役割を自覚して、社会へのメッセージを持っている人のことなのでしょう。異文化理解の役割のことです。今、大切な人たちと思います。

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カウンセリング

放送大学では、カウンセリング関係の講座が多い。この分野での世界的な指導者が、カウンセリングは宗教のようなものだと感想を持っていた、と紹介されていた。

こころの医者としてのカウンセラーと、こころの救済を説く宗教家とは、だぶるところがあるのだろう。

大学紛争以降、カウンセリングに関心を持つ大学も増えたが、一番大切なことに関心を向けよ、という訴えの意味もあったのかも知れない。紛争で挫折した若者たちは多かったが、せめてもの慰めであろう。屈折していたが、思いは伝わったのである。

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掃除

無精者 掃除しないが メール見て
 毎日掃除 しないでおれず

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金(かね)なくて 餓死することは いやだけど
 金あり過ぎて 忙もいやだな 

「忙」は「忙しい」という意味の字ですが、字の構成を見ると、「心が亡びる」となっています。

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2006年4月27日 (木)

意味の所在

問うてきた 意味のありかは 今なのだ
 過去も未来も 今とつなげよ

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不幸

不幸なら 幸せライン 下げてみな
 不幸はどこに あるのだろうか

王位を追われた王でなければ、自分が王位にいないからといって、誰がそれを悲しむであろうか。パスカルの言葉らしいのですが、典拠は知りません。

幸せラインというのは、自分が幸せと思う基準です。それが低い人ほど、人生何が来ようが、幸せと感じられるのではないでしょうか。「心の貧しい人」というのは、そう解釈したいと、私は思います。

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竹島問題

竹島領有権問題で、なぜ、韓国は、あれほど竹島にこだわるのだろうか。それなりの歴史的根拠があるのだろう。日本の敗戦後のことである。しかし、その根拠以前は、どうであったか。江戸時代では、日本の領土であったかも知れない。だから、日本は、竹島は日本の領土と言うのにも一理あるのだろう。

われわれ日本人は実は韓国人の心理がよく分からないでいる。韓国では、竹島を守ることは、韓国の独立を死守することだと、考えているのではないだろうか。戦後、独立した時の、線引きは、韓国の主張のようであったのだから。

もちろん、日本人には、いま韓国を攻めるなんて考えは全然ない。しかし、かつては植民地にしたのである。その事実は、日本では忘れられているが(いや、事実は知っていても、対韓国の行動の中に、その事実に直結した攻撃性は鮮明には現れてこない、という意味)、韓国では、いまだに忘れられていない。行動を生み出す感情になっているのだ。日本からの独立、韓国のアイデンティティの確立、そんな意識が、竹島問題の下にあるのだろう。その事実を、日本人は余り理解できないだろうが、韓国人理解のためには、必要なことではないか。

竹島問題は、日本人として、日本の主張をすることも大切だが、韓国人の側に立って、その国民感情の理解を求めることも大切なことなのだろう。

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ラジオ生活

テレビが普及して、ラジオを聞くことは少なくなった。いや、ほとんどなくなった。ラジオの時代は終わったと思っていた。しかし、子どもの時は、よくラジオを聞いた。それしかなかったのだ。銭形平次の曲が流れていた。

ラジオの場合は、その時間、ラジオの前にいなくてはならないという制約があった。それができない場合では、聞くことができない。人気のラジオ深夜便など、聞きたくとも、深夜は眠る時であり、睡眠を削るわけにはいかない。だから、深夜便を聞く人は、深夜勤務の人とか、特別な人だと思った。

こんな制約の中では、ラジオ生活は、なかなか無理のように思う。しかし、ラジオの良質番組を生活に取り入れないということは、大損であると思うようになった。いくつかの制約を解決すればいいのである。

最近は録音できるような機種がいくつか出ている。好きなラジオの番組を録音して、細切れの余暇時間に聞くのである。これがいい。現代人は「ながら族」であり、「ながら学習」をするのがいい。深夜便でも、放送大学でも、自分の聞きたいところを録音して、自分のすきな場所で聞くのである。それがいい。こうしてラジオ生活は、生活の質を高めてくれる安価な手段となるのである。毎日が楽しくなる。

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目的地

細い坂道を少し上ると、正面に学び舎があった。そこから横に、また少し坂道を上り、下を見ると、西洋風の城のような町があった。余り高くはないが、尖塔も見えた。

学び舎は教育を意味しているのだろうか。西洋風の町は、あるいは、そこが旅の目的地なのかも知れない。

夢である。

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2006年4月26日 (水)

完全燃焼

完全に 燃焼すれば 悔いはない
 悔いが残れば 輪廻が続く

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デカルト

デカルトは近世哲学の父と言われていますが、その思惟第一主義といった近世的・人間中心的原理による手順から神の存在の証明を試みる中で、存在論的には神優位を認めていきます。神優位という考え方は中世的です。デカルトにおける中世的要素というものかも知れません。

しかし、その神とは、デカルトにおいてはキリスト教的であっても、内容的にはギリシャの哲学者も論じたようなもので、ただ、存在を承認するといったものかも知れません。

デカルトの矛盾とか循環とか言われているようですが、それは近世と中世との対話に道を開くものかも知れません。

デカルトは確かに、近世哲学の原理の発見者として知られていますが、同時に、後世に問題提起も残したのかも知れません。

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名前

名前見て その人見るな 後悔す
 名は親からの 願望なれば

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教養課程

教養は 価値観向けの 挑戦だ
 専門選ぶ 若者たちへ

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詩作

詩を詠むは 我にとりては 祈りなり
 酸欠部屋の 叫びに等し

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旅人を 慰めんとて 蝶来たり
 共に道ゆく ひらりひらりと

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さすらい人

月日たち 土地になじめず なぜと問う
 さすらい人の 宿命なのか

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自然と目的

楽園を 追放されて 人(ひと)生まれ
 自然の国の 住人となる

目的の 国を目指して 人は生く
 自然のままで 満足できず

理性と死 追放されて 得たものが
 楽園めざし 共に働く

人間の理解の中で、聖書が利用されることがあります。現実という「自然の国」理解の中で、理性と死が楽園追放で与えられ、ここに人が誕生したという理解です。それも正しいでしょう。しかし、「自然の国」から「目的の国」を目指す生き方が選択されます。それ以外に人は生きられないからです。その生き方が実存です。われわれは実存的に生きること、それが歴史の中にいる人間の生き方と思います。

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二つの日本

親日は 快いけど 反日も
 理解できるよ 日本は二つ

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王敏さん

4月25,26日の「こころの時代」に、王敏(ワン・ミン)さん(法政大学教授)が登場。王さんのことは初めて知りました。日本人以上に、完璧な日本語を話されていて感動しました。26日、詩人・黄さんとの交流など、自分のこれまでの歴史を、相当に詳しく、また感動的・詩的に語られましたが、聴いていて泣けてきました。ラジオを聴いていて、泣くという体験をするというのも、この番組くらいではないでしょうか。泣くという経験をさせていただけるのも、ありがたいことです。

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2006年4月25日 (火)

不幸

不幸なら 泣けばよいのだ 思いきり
 その涙こそ 人の妙薬

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時来たり 時過ぎてゆく 我もまた
 メンコベーゴマ 懐かしきころ

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美徳

教義にて 救われぬ人 憂えども
 美徳輝き 理論修正

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活気

活気ある 世の中となり 我はただ
 目的欠いて うろうろ歩く

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この世のあるじ

中吊りに サタン跳梁 度を増して
 この世の主(あるじ) 我がもの顔に

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季節

暗き日を 呪いて過ごす 夜は明けて
 季節は回る 時代も回る

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祈り

弱き者 健やかであれ 祈りつつ
 宇宙に満つる 祈りに合わせ

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臨終

死ぬ時は 感謝と謝罪 二つのみ
 多くの生を 奪いし定め

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心のなか

誰が知る 我が心うち さむざむと
 一本の火も なきがごとくに

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過ち

過ちの 多き知りつつ それらみな
 ところ得させて 調和の道は

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別の人生

戦争が なかったならば 別の生
 それはどんなで あったのだろう

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日蓮

日蓮の 排他性質 思う時
 和の精神を 理解できない

和を重視 聖徳太子 仏教の
 教えなりしが 日蓮いかに

その心 どうして今の 日本にて
 与党の中に あるのだろうか

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人間関係

親友を 罵倒してのち 親しげに
 語るあなたは 理解できない

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不思議な人

心から 不思議な人だ そう思う
 自分は知らず みなに知られる

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霊能者

霊能者 虚無征服も わけないさ
 死後のいのちも 気楽に語る

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2006年4月24日 (月)

問い

不条理を ヨブにみならい 問い続け
 やがて見出す 事の真相

そこにある 真実深し 万物は
 ただ単一の 声とはなりぬ

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聖人

キリスト教で聖人と呼ばれる人たちがいる。カトリック教会には、長い歴史の中で多くの聖人がいる。プロテスタント教会にはいない。そのため、聖人の理解が、あるいは誤解を含むこともあるかも知れない。

聖人が、その人の自己完結的な価値のしるしと考えたら、それは違うように思う。その人の価値という一面はあるのだが、それだけではないように思う。神への道標といった意味もあるのではないか。その面を語るのであれば、プロテスタントの信徒にも理解できるだろうと思う。

聖人で留まるのではなく、聖人は神への導きのためであり、あくまでも神を目指すべきなのだ。そうでなければ、聖人という偶像を信じることになるのだろう。そんな危惧を感じて、プロテスタント教会には聖人はいないのかも知れない。そうであれば、それも正しい理解なのだろう。

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迷惑

隣人の 迷惑思う 心無き
 想像力の 欠如を憂う

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発達障害

若くして 成長止まる 恐ろしさ

発達の 障害もある 新生を
 喜ぶ陰に 悲劇隠れて

精神に 障害ありて 悲観すな
 健康部分 見ていけばいい

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障害個性論

障害は 個性と言うが それもいい
 体病んでも 心は丈夫

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2006年4月23日 (日)

水のつとめ

高きから 低きに流れ 潤すが
 水のつとめぞ 順序正しく

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出会い

目的の 自己実現は 出会いから
 出会い広める 聖なる使命

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恥の文化

恥ずかしい 毎日送る 我なるも
 恥を知らない 人もいるなり

恥部示し 恥を知らない 人もいる
 商売のため 生きるためなり

恥よりは 死を選ぶ意気 かつてあり
 今はなくなり 恥の文化に

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2006年4月22日 (土)

砂漠

寂しさを 感じなくなる 砂漠かな

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悪の力

存在の 充実前に 力なし
 悪魔は神に 抗す能わず

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放火魔

放火魔は 極刑なれど 魂に
 虚無の炎を 点ずる者は

江戸時代、放火魔は死刑だったと聞きました。

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孤独

歩けない 妻を背負いて 今日もまた
 一人我行く 荒れ野の道を

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恥じらい

恥のもと 何もないけど 恥じらいは
 何かがあって 語りかけるよ

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自然

自然は師 イエスも言った その真理
 客観写生 それも同じか

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伝道

地獄見し 我は伝えん その悲劇

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自虐

子は家族の中で生まれてきます。家族関係は子の成長にとって、とても大切です。特に親子関係は、そうです。

親が子に過干渉である時、子は自分の責任を自分でとることに正しい意識を持てなくなるのではないでしょうか。そこで自虐的な意識を大きくして、やがて健康上にもそんなものが現れてくるのではないでしょうか。

子の自虐意識と親の過干渉との因果関係はあるように思います。子は親のおもちゃでもペットでもありません。本当に子を愛しているなら、心配しているなら、子に自立の心が生まれるよう配慮すべきです。自立の心が生まれない以上、子の成長はないと思います。

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美しく負ける

ラジオで、俳優のKさんの言葉を知りました。「美しく負ける」。なんていい言葉かと思いました。

自分が勝ち組か負け組みか、それは分かるだろうと思います。心が「お前は負け組みだ」と言う時、それはどうしようもありません。確かにそうだ。そんな反応で、承諾せざるを得ない。しかし、それだけでは、情けない。なんとかならないだろうか。そこで、負けは負けでも、美しく負けよう。そう思う時、何か、そこに救いがあるようにも思えるのです。それは勝ち組への再挑戦が含まれているからなのです。

私は醜く勝つよりも、美しく負けることを選択する。勝ち組がみな醜く勝っているとは思いませんが、中にはそんな人もいるでしょう。その時、この戦いは、こちらの勝ちになるでしょう。こうして、美しく勝つ人たちと、美しく負ける人たちだけが残ります。世界は美しくなります。それは、負け組みの、せめてもの、この世に対するプレゼントです。

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2006年4月21日 (金)

無教会の位置

『創文』4月号に、赤江達也氏(日本学術振興会特別研究員/社会学専攻)が「ゼクテを超える無教会-近代の物語群と日本キリスト教-」という題の寄稿をされている。面白かった。
無教会の位置づけについては、「結社としてのゼクテ」の位置づけがされてきたが、それを超える要素があるという指摘である。そこで「紙上の教会」という概念を紹介している。しかし、内村自身、女性宣教師から無教会は「分派」という指摘を受けて、それに反論した事実がある。
無教会は第二の宗教改革という自覚があったと思うが、その近代の先端にあって、近代を超える視野を開いた一面があった思う。プロテスタンティズムの徹底を叫び、その核心(信仰義認)に留まりつつ、その限界も了解していた。内村には、そんな言葉があると思う。

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否定神学

キリスト教が西洋から日本に伝わって短くない時間が過ぎたが、いまだ定着したとは到底言えない。なぜなのだろうか。

日本には仏教の歴史があり、その精神風土が出来ている。その中に、そんなものと異質な宗教が紹介されても、受容をどうしたらいいか、その点での解決がなかったのではないだろうか。

神学には肯定神学もあれば、否定神学もある。西洋流は肯定神学である。しかし日本には肯定神学ではなくて否定神学の方がいいのではないだろうか。無や空の精神に触れ合う否定神学の方が日本人の心に浸透していくのではないだろうか。

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怒り

韓国の 人らの怒り 日本でも
 行われたら いやないだろう

竹島をめぐる韓国の人たちの怒りの表現をテレビで見ていて、こんな表現が日本にも起きるだろうかと思いました。いや、起きないだろうと思います。

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おしゃべり

おしゃべりな フランス人と 比較して
 無口に生きる 日本人たち

かの文化 無口は無能 それはひどい

吉満義彦氏の文体には、フランス流が感じられるのではないだろうか。表現しつくす、といったもの。しかし、このような文化と、沈黙や阿吽の呼吸、腹芸などに価値を見出す文化とは異質なものを感じます。日本人はフランス文化を導入するといって、文化の質を「饒舌」「おしゃべり」なものに転換しては、日本人としてのアイデンティティが失われて、フランス文化の本質を見失うのではないでしょうか。

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謝罪会見

テレビでの 謝罪会見 我もまた
 流行遅れ 気になる日々だ

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2006年4月20日 (木)

人間観

人間は 空か存在 どっちだろ
 空をベースに してもよいかな

空はくうと読みます。空は仏教、存在はキリスト教に関係します。魂という実体を仏教は否定しますが、それは空の考え方があるからでしょう。人間は因縁によって、今のように暫定的に構成されているのであって、構成の要がなくなれば、空という人間の本質に帰る、ということでしょうか。要するに、人間の本質なんてものは「ない」ということ。魅力ある見方かも知れません。空に近づく、無に近づく、現実・現世の否定、そんな傾向が日本人には普通に見られ、そこに美意識を感じる人もいると思います。
はて、どう考えるべきか。

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選択の自由

人の価値 選択にあり 善悪の
 混在している 世の中にいて

ロボットと 人との違い いずこにか
 選択自由 あるかなきかに

人間の 本質にある 自由とは
 選択権を 含むものなり

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精神科医

人を見て 理解できない 不気味だよ
 精神科医が 必要な時

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死の準備

目的は 長寿にあらず 死の準備
 準備をしない 人の多さよ

生語る それは同時に 死を語る
 両方語る もっと盛んに

遺言は 短いものに 限らない
 小説として 残す人らも

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2006年4月19日 (水)

徒然

ギャンブル
ギャンブルは 欲を出しては いけません

ありがとう
ありがとう その一言で 救われる

睡眠薬
なれの声 薬などより 眠られる

電話
寂しさに 電話をかける 用もないのに

主婦
家事育児 手抜きだらけの ベテラン主婦よ

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武士道

新渡戸稲造著『武士道』が書店に並んでいます。最近、武士道は、ちょっとした流行です。しかし、新渡戸の本に、それほど感動を覚えませんでした。普通の書き方でした。それよりも、内村鑑三の本は、いつ読んでも、短いものでも、感動的でした。リズムがあって、何か快い響きがあるのです。

内村は詩を残しています。その詩を読むのでなく、聞いてみても面白いのではないでしょうか。最近、朗読が見直されていて、深夜便では民話の朗読もあります。内村の詩を朗読して、デジタル・オーディオ・プレーヤーで聞いてみたら、どうだろうかと考えています。武士道の感覚は、こうした方がよく理解できるのではないかと思います。

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健康法

答えなし 健康法を 問われても
 覚悟もできず 老いゆく日々よ

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高齢化

高齢化 家住期先に 延ばすべし
 識者の訴え もっともなれど

労働の 量を変えねば 辛いだろ

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創造

創造の 神を見ながら どうしてか
 あなたの世界 造らないのか

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小説家

小説家 プチ神さまか 自らの
 世界造るは 同じことなり

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国連

国連は 何をしている 国同士
 境めぐりて 争いあるに

竹島問題は、国際司法の問題なのではないでしょうか。国際司法は必要と思います。戦争防止機関としての国連の問題ではないのでしょうか。

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肯定と否定

以前には 不屈の心 惹かれたり
 自己肯定の 果てにあるもの

自己否定 不屈と逆の 道ゆくか
 そこに不思議な 輝きもあり

あがないが ありて初めて 救いあり
 償いもまた 奏功すなり

あがないは 神のわざにて 償いは
 人のわざなる 共につながり

否定道(ひていどう) 光放ちて 肯定へ

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随意契約

官庁の 随意契約 談合か

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相手

それでいい あなたは思う だがしかし
 それで傷つく 人がいるかも

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ツケ

明日のこと 考えずに 生きてきた
 ツケ払う時 もう来たのかな

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2006年4月17日 (月)

休み

休みはね 休みばかりは 辛いんだ
 労働あって 休みなんだよ

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他力と自力

他力にね 心合わせる 自力はね
 やっぱりないと うまくいかない

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失踪

失踪は その時のまま 家族らの
 時間止まりて 相手いるのか

失踪では、残された人たちの時間は止まるのではないでしょうか。その間、失踪した人たちは当然、成長していきます。その時、残された家族たちが探している昔の失踪者はいるのでしょうか。別の経験を積んでしまった失踪者は、以前の自分に帰ることができるのでしょうか。

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横田めぐみさん

「横田めぐみ」という一人の日本人女性の名前がマスコミに出ない日はないほど有名になっている。北朝鮮に拉致された人だ。

ご両親は救出を求めて精力的に活動している。非は北朝鮮にある。それは最初の事件に関してで、間違いない。しかし、その後、どうなっているのだろうか。

あるいは、真相が明らかになった時には、ご両親には過酷な内容になっていないか、少し、そんな心配をする時もある。

めぐみさんは、生きているとしても、日本に帰れない理由があるのではないだろうか。政府高官の妻として、国家機密に関わってきたとして、もし、日本に戻れば、そして当時、また現在のことを語れば、北朝鮮の国家機密が暴かれるというリスクがあるのではないか。交流が生まれれば、それらの隠されたものは知られると覚悟しなければならないだろう。

めぐみさんは、今、衣食の事欠く北朝鮮の中での特権階級に属するのではないだろうか。拉致という被害を受けた人たちに対して、北朝鮮が、それを償うための生活保障をしたかも知れない。拉致されたとしても、もし、特権階級の人だとすれば、北朝鮮の人たちには、「お気の毒」といったものとは別の感情が起きるかも知れない。

めぐみさんは、そういう立場を理解しているために、あえて、自分は「死亡」という形で決着をつけたかったのではないか。「死亡」説は、北朝鮮の「うそ」ということで、日本側は追及しているのだが、めぐみさんの意思は、そこに働かなかったのだろうか。最初は、強制的に連れてこられても、どこかで、そんな自分の運命を受け入れて、日本と家族とに決別したのではないのだろうか。

そう考えると、日本で、自分の救出を求めて、両親が一生懸命に活動していることが、逆に、めぐみさんの重荷になっているかも知れない。こんなことが、この事件の解決を長引かせているのではないだろうか。

すべてが明るみに出されることで、確かに解決はする。しかし、その時、新たに別の問題が起きてくるような気がする。しかし、それに耐えることも、また求められている。そういうことすべて予想しつつ、拉致問題の運動は続けなれていくべきなのだろう。

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2006年4月16日 (日)

人生

人生に 戦略なくて 戦術も
 そんなあり方 もうやめようよ

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実存

実存は 他力に触れる 触角で
 その先端を 主体と称う

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他者を見て 暖かきもの 流れ入る
 役立つことは 何かあろうか

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武士道

武士道は 時代遅れと 思いきや
 藤原教授 復活の弁

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礼拝

天皇の 礼拝などは 我はせず
 北朝鮮で 礼拝行為

北朝鮮の報道を見ていると、金親子に対する礼拝が行われているように思われます。

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イメージ

イメージは 他力のかたち わが内に
 作るのだろうか 作られるのか

イメージの 奔流受けて 耐えられず
 表現せねば 死ぬるの思い

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瞑想

瞑想だ 思い巡らし リラックス
 イメージ湧かず 召しに届かず

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復活

復活は 史的イエスの 後日談

この後日談は史的イエスの延長上にあるのではありません。

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囚人の解放

社会はね 秩序があるよ 皆のため
 秩序破壊が 犯罪なのだ

社会だが 正義なのかな 疑問ある
 犯罪に義も あるかも知れぬ

司法はね 義と義が出合う 所なり
 マルバツだけで 片付けられぬ

刑を受け 自由奪われ 縮こまる
 人のしがらみ 抜け出るために

縮こまる それもよきなか リセットだ
 原点は何 確認の時

出所して 新たな世界 築くには
 社会の正義 尊重しよう

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2006年4月15日 (土)

徒然

生きる
ほめられて また叱られて 生きるかな

セクハラ
太ったね その一言が セクハラだ

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迷い

我何を 為すべきなのか 問い続け
 遠き昔に 思いは帰る

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奇跡

イエスがね 氷の上を 歩いたら
 奇跡はなくなり 意味もなくなる

聖書の奇跡を合理的に説明したら、奇跡ではなくなります。そうしたら、その物語が伝えようとした意味もなくなります。奇跡物語は人間の限界を伝えることに意味があるのではないでしょうか。

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サラ金

サラ金は 地獄に続く 一里塚
 借りるも貸すも 後味悪く

サラ金のCMが数多く流れていますが、借りる人は返すことを考えて欲しいと思います。返せなくて、泥沼に陥る人たちもいます。周囲の人たちに迷惑かけることになります。

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死の壁

死の壁を 意識する人 輝けり
 これからこそが 人生なのだ

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無名

何もせず 無名のままで 消え入ろう
 人の記憶に 残らぬように

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2006年4月14日 (金)

高齢化

人生は 長さでなくて 質なんだ
 質はその後に 長く残るよ

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風流

風流に 我は生きたし 絵のごとく
 醜き姿 人に知られず

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生活習慣病

生活の 習慣直せ 慢性の
 病人に告ぐ 我も含めて

生活の仕方、心構えなどから病気が生まれることが多いと思います。忘れないために、何度も繰り返して言い続ける必要があるかも知れません。

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拉致事件

拉致事件 どうしたものか 埒明かず
 土俵が違う 相手と組んで

北朝鮮としては、拉致事件に対しては、精一杯の対応をしたのかも知れません。それ以上、追及することは、国家機密に関わるので、できないことかも知れません。そういうことは、既に分かっているような気がします。しかし、日本の被害者としては、満足できないでしょう。
従軍慰安婦の問題がありましたが、今は拉致事件に関心が集中しています。両方ともタブーとか、アキレス腱とか、国家の、そんな部分をついているのだと思います。

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2006年4月13日 (木)

武士道

サムライは 二君を知らず 義に生きる
 大義を求め 小義を超える

サムライに 戦陣訓は 当たり前
 捕虜は二君に 仕える意味で

元自民党幹事長で、その自民党に弓を引いている民主党代表の小沢一郎さんはサムライなのだろうか。もしサムライならば、自民党というかつての大義を小義となす、もっと別の大義に生きることを示さなければならない。そうでなければ、サムライとしての生きる道はない。

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2006年4月12日 (水)

徒然

死への道
コツコツと 時計が動く 死への道
 死刑囚では ないのだけれど

みな死にます。ある意味では、死刑囚です。原因は聖書では原罪といいます。罪の報酬としての死です。先祖の罪です。われわれの罪ではありません。先祖に命を与えられました。そして、死も与えられています。そんな人間の存在の根本的なあり方を、もう一度、考えてみるのも大切と思います。

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徒然

生き方
なぜかしら こうも生き方 むずかしい

別れ
ああ寂し 一人死んでく この世かな

私は全然、死ぬことを寂しく思いません。

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団地の緑

緑ある 団地に孤老 多く住む
 動かぬものの 命を浴びて

動かぬものとは植物のことです。

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日本国民

日本の 自己実現に 資するべし
 そが国民の 役目なるべし

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2006年4月11日 (火)

NHK不祥事

NHK 聖人たちの 集団か
 誰もそうとは 思っていない

不祥事が なくならないで ただ謝罪

NHKの職員には優秀な人たちが多いと思います。しかし、聖職者であっても、考えられないような問題を起こす人はいます。

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遊行期

遊行期を 悟る心の 潔さ

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とらわれる

心あり 資産あれば とらわれる
 とらわれないは 資産に注意

人は自分の資産のある所に心が向いていきます。資産管理は自分の自己実現にためにも注意が必要です。

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空気

場所変えて 違った空気 吸うもよし
 空気の違い 人の心も

場所によって、心和む所もあり、乾燥を覚える所もあります。

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競争

競争は ルール決めねば 成り立たず
 ゴール違えば 競争はない

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談合

談合は 日本の風土 入札で
 競争原理 なじまないかも

むずかしいところと思います。

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災害

災害と 心の乱れ 関係は
 あると聖書は 言うのだけれど

災害は、心の荒廃に対する警鐘であると考えれば、災害防止のあれこれを考えるよりも大切なことは心の建て直しなのだということになりますが、こんな発想は誰もしないらしく、災害防止の、心再建以外の方法を考えるのに余念がないというのが、現代日本の現実ですね。

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犯人

犯人は 心にそれを 刻みたり
 逃げおおせると 思うべからず

少女殺害事件で、また犯人が見つかっていないものがあります。しかし、犯人は心に犯罪の記憶を持っています。その記憶が残っている以上、その記憶が犯人をやがて浮き彫りにするのだと思います。

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彼岸へ

彼岸へと 川を渡った クリストフ
 人生に意味 作者伝えて

ロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』の最後に、クリストフが川を渡る場面が出てきます。小説の中での実際の出来事というよりも、別の意味を伝える挿入部分のようです。クリストフの人生全体の締めくくりのようなものです。人生の意味づけ、それがこの部分なのでしょう。10代で読んだ時、この部分の意味が分かりませんでした。しかし、モーセの出エジプトで水の下を歩いた記事など、川を渡ることには「彼岸へ」といった意味があるのだと思うようになりました。

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2006年4月10日 (月)

きみまろ師

不甲斐なき 日々送る我 きみまろに
 笑いとばされ 一緒に笑う

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目標

何目指す 利益社会 強化して
 国家のかたち それですべてか

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不幸

不幸だよ 責任は誰に あるのかな
 そう言いながら 一生終える

それもまた 不幸な生だ 顧みて

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格差

格上は 雑事に追われ 不幸だよ
 うらやましがる こともないのさ

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裁き

語りだす 路傍の石も 耐えかねて

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心の病

心病み 誰がそれ知る みずからも
 病と知らず 伝えられずに

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魂の 半分取られ 落ち着かず

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徒然

世の中
世の中は うそとほんとの うらおもて

ありがとう
ありがとう その一言が うれしいの

俳句
俳句こそ 胸のつかえが はずされる

ストレス
ストレスも 何もないより 生きがいだ

夫婦
夫婦とは 互いの生を 生きていく


神なくて 愛することは できません

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林住期

林住期 都会離れず 心のみ
 林にありて 気は清浄機

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2006年4月 9日 (日)

実存作家

五木さん 実存作家 人気者
 期待してます 愛読者より

五木さんとは五木寛之さんのことです。実存主義のテーマが、仏教の側から、作品に濃厚に反映していると思います。

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征服の因果

キリシタン 日本征服 策あれど
 ユダヤに負けた 西洋の民

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徒然

老後
恵まれて 楽しい老後 なにもかも


いま思う 我を捨てようよ 神のため

 神のためではなくて、自分のためと思います。

ほどほど
パチンコや 酒もゲームも ほどほどに


さあ春だ いそいそどこへ 出かけよう

死ぬ日
この世をば 去る日を思う 病得て


友は去り どしたらいいの この私

 探せば友はどこにでもいますけど。クエーカーは「神の友」の自覚で生きていた。フレンズ(友)とも言います。

ひとこと
難しい そのひとことは いのちとり

考える
5・7・5で 考えること 楽しいな

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親鸞

親鸞は 日本のルター そう思う
 他力本願 信仰義認

五木寛之さんの『他力』を読んで、議論がキリスト教と似ているのに驚きました。自力はペラギウス主義、他力はアウグスチヌス主義とすれば、その中間に半ペラギウス主義があります。あるいは神人協力説とも言います。その議論が紹介されていました。カトリック教会は神人協力説と言われてきましたが、それは誤解であったのか、現在は「信仰義認」の立場を鮮明に打ち出していると思います。
他力本願と信仰義認とは、同じ見方をしていると思います。

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死海

死海とは 出水できぬ 所にて
 魚の住まぬ 湖ならん

日本とは 文化流入 自由なり
 その水流を いかに作らん

死海には 日本ならずに 生きてくれ

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実存歌人

実存を 歌う歌人よ 生まるべし
 歌刷新の 運動となれ

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放浪宗教

キリスト教は西洋の宗教にあらず
仏教は日本の宗教にあらず
キリスト教はユダヤの宗教なり
仏教はインドの宗教なり
共に発祥の国に入れられず、放浪の宗教となれり
各地域の接木によりて、世界宗教の大木となれり
されば、その過程に留意し、接木原理の原則を思うべし

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形式

形式の 二つの面を 知るべきだ
 ゴールと共に きっかけとして

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十字軍

十字軍 原点問えば 皇帝の
 戦争前の 改宗なのか

イエスの生涯を思う時、十字軍的発想があるとは思えないのですが、ローマ皇帝が戦争勝利の前、夢でのお達しがあったといい、改宗します。十字架のしるしで勝て。その改宗はキリスト教の歴史で画期的なことでした。十字軍的発想も、そこにあるのでしょうか。

皇帝も一人の人ですから、改宗もいいでしょうが、それが、戦争に勝った事実との関係で考えられたら、宗教の心が失われるかも知れないと思うのですが。

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大空真弓さん

真弓さん 誰も知らない 闘病記
 深夜便にて 初めて知った

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原理主義

金大中 同朋らへの 太陽の
 政策ありて 原理主義かな

原理主義 戦争始めた ブッシュさん
 聖書通りと 言うのかなあ

旧約の 教えの影を 落とすのか
 ユダヤ人との 協調路線

金大中氏はカトリックとのこと、精神の愛敵精神の実現が太陽政策とすれば、それもまた聖書原理主義かも知れません。

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徒然

無常
きみまろさん 無常観だよ いつ見ても


母が逝く 残したものは そのままに

絵門さん
無念なり 絵門さんも そうだろう

 作者が、そう思っているだけかも知れません。

夫婦
夫婦道 いついつまでも 続いてね

病気
病得て 先のことなど 分からない

構え
死ぬまでに 生き抜く構え 変わらずに

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道はるか 旅人は行く 今日もまた
 この世に降りた ゴール目指して

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人生の目的

五月病 目的達して 病得る
 目的なくば 生きられぬ生

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信仰と信念

信仰は 信念でなく 他力着目
 自力信念 支えは自分

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2006年4月 8日 (土)

動機

青年よ 生涯のカギ 動機だよ
 成人までに 固めておくれ

動機は志といってもいいし、召命感といってもいい。人の行動の原因のことで、その中には大切なものがあり、その人の全可能性が、そこに隠れているといったようなものもあります。それを大切にして欲しい。10代の間に、それを見出して欲しいということです。そして、あとは、それを中心にした一貫した人生を送ってほしいと思います。それは限定されてはいますが、決して後悔のない人生です。

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劇場型政治家

小沢さん 地味な人だが びっくりだ
 劇場型の 政治家なのだ

民主党代表になられた小沢一郎さんは地味な人柄なのですが、自民党幹事長から野党第一党党首までの履歴を見れば、小泉さんとは別の意味で劇場型政治家と言えるのではないでしょうか。

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地獄

地獄とは 死後の世界に あらずして
 現世そのもの 新説に酔う

今、作家、五木寛之さんの本を読んでいます。その中で、地獄を死後に考えるのではなくて、現世にそれを見ておられます。現世に浄土(極楽、天国)と地獄の出張所を観察すること、それは大切の視点と思います。キリスト教も同じと思います。現世は天国と地獄の交差点であり、両者の離婚が進行していく場所のことでしょう。

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結婚

結婚というものは、直接的には二人の問題であるにしても、二人の問題ではなくなる場合がある。家族の問題になるのである。二つの家族の問題になるのである。

その意味では、婚約期間を長くして、その間、家族同士を観察して、家族の意見を考えることにすべきであると思う。家族には、それくらいの権利はあると思う。自分たちの人間関係が、別の原因でかき回されるリスクがあるのだから。

結婚とは、一生の問題でもある。その意味では、一種の賭けでもあろう。そういうことを、よく考えるべきである。

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病気の原因

病気には 原因あるよ 精神の
 隠れた願い しっかり知ろう

体の病気には、もちろん体の原因があります。しかし、そんな病気にも精神の原因も、またあるのではないかと思います。

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明治天皇

神棚の 写真一枚 誰だろう
 横顔姿 明治天皇

昔、神棚に軍帽をかぶった横顔の人の写真が飾ってありました。明治天皇とのことでした。

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徒然

ゲーム
パソコンの ゲームの相手 強すぎる

疲れるわ ゲームで負けて いる私

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預言者

語らねば 地獄に落ちる あなたがた
 預言者の声 世界に響く

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綾小路きみまろ師

人気者 きみまろさんは お笑いか
 色即是空 説教師だよ

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そよ風も 暴風もある 風にはね
 自由に吹くよ 良くも悪しくも

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神の存在

神は何 聖霊という 感じるよ
 だからないとは 言えないのだよ

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相性

無理するな 人はいろいろ いるんだよ
 相性もまた よく考えよ

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緊張感

生きていて 緊張感が なくなれば
 病気がすぐに 忍び寄るのさ

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世界観照

人は皆 死刑囚だと 思う時
 新たな世界 見えてくるんだ

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2006年4月 7日 (金)

家を出て 故郷にはまだ 帰れない
 英世さんには 及ばないなあ

志 英世さんには あったもの
 あなたにそれが あるだろうかね

召命を 自ら捨てた 経験を
 つぐなう道は あるのだろうか

心には 痛み続く日 長くあり
 つぐないなのか 我は知らざる

英世さんとは野口英世のこと

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成功

成功の イメージ作れ 勝つために
 昔の教え 今の常識

イメージ・トレーニングとスポーツ選手が言います。スポーツだけでなく、人生のすべてに活用できると思います。私は『信念の魔術』という本を高校生のころ、読んだ記憶がありますが、内容は同じ、今ではみなが知っているように思います。

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檸檬

登紀子さん 檸檬聴いたよ しみじみと
 深夜便聴く 人の慰め

加藤登紀子さんの作詞・作曲による檸檬(レモン)が深夜便の歌として4月から、加藤さんの歌で流れています。夫を亡くした気持ちを表したというのですが、しみじみとしたよい歌と思います。選曲眼も素晴らしいと思います。

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徒然

花見
花見では はめをはずして 救急車

歌声
歌声の 聞こえる家に しのびあし

醍醐味
醍醐味は その人にしか 分からない

幸せ
退屈と お幸せとは おもてうら


歌世界 理想と夢の まざりあい

喧嘩
人間は どうしてこうも 喧嘩する

無い生活
いまどきに 電話と車 無い私

勝つ
いつか勝つ そんな思いが 顔を出す

絵門さん
絵門さん 死すとの知らせ 震えたよ

同病の 絵門さん逝く 悲しいわ

絵門さん 残した笑顔 忘れない

余命
あといくら 生きれるのだろう 気にするな

鮫島有美子さん
うるわしい 声と歌声 有美子さん

代議士
代議士の 心はいつも 分からない

生死
時たてば 人の生死も 忘られる

いつまでも 生きたいものだ 永遠に

生きたあと 誰に何かを 残せるか

タモリさん
タモリさん どうしてあんなに 自然体

父さん
父さんは 昔と違う 好々爺

性格
性格は 生まれた時から 決まっている

悪魔
人は皆 悪魔にやられる 時がある

桜散る
すぐ散って 桜の季節 短いな

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おバカさん

バカは誰 頼りにならぬ 人はバカ
 頼るお人は もっとバカだよ

美空ひばりの歌った車屋さんの中に、こんな歌詞がありました。本当に、そう思います。

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2006年4月 6日 (木)

気功

気功とは 不思議なものよ 本当か
 気の存在は 分かっていても

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愛国心

お上から 愛国心は 祖国愛
 違いうやむや やがてなるのさ

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祈り

学者がね 祈りの研究 勧めたよ
 何かが変わる 知っていたのだ

英国の物理学者が、かつて、「これからは、祈りの研究が大切だ」と言っていました。昔、読んだ本にありました。

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生きる

生きるとは 呼吸すること 祈ること
 祈りを知れば いのちを知るよ

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作家シャーマン説

作家とは シャーマンなのだ 五木さん
 自然法爾(じねんほうに)で 他力三昧

幻冬舎文庫『気の発見』の56頁で、五木寛之さんは「私は作家シャーマン説を言いつづけてきた」と言っておられます。

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出会い

出会いから 何か始まる 人の常
 始まる前に その人を見よ

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徒然

痛み
足痛い 人の痛みも よく分かる

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生死を超えて

カイロスで 生死を超えて 生まれたが
 成長なくて 生死さまよう

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忘れ物

忘れ物 よく夢を見る 今日もまた
 見つかったので 目覚めはよいが

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2006年4月 5日 (水)

武士道

武士道は ブームだ今の 日本では
 内村没後 久方ぶりに

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モンゴル

モンゴルは 天に近いと 人の言う
 所有の欲を なくすシステム

この人とは司馬遼太郎さんです。システムとは遊牧という生活様式で、こういう生活を日本にも導入できないかと思います。できないでしょうが、近づけたいです。

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徒然

家庭
子が笑う そんな家庭に 福来る

俳句
俳句する 喜びにこそ 救いあり

幸せだ 夫とひねる 俳句かな

世の中
世の中は 勝つか負けるか そればかり

世の中は 便利になった ことばかり ケイタイ、パソコン、自動改札

不安
不安あり テロに殺人 あふれてる

きみまろ
きみまろに 恋してしまう この私


病得て 心が変わり 広くなる

一人
冬木立 ひとり居る身の 辛さかな


なぜしゃべる 同じ話を 何度でも

すべて良し
ほんとうか 終わりよければ すべて良し

寂しい
旦那様 一緒にいても 寂しいな

火の車
火の車 どうしてこれを 乗り越えよう

生活
食べて寝て 食べては寝ての 繰り返し


膝痛い それしか言えない 愚か者

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暗き世

暗き世に だから探そう 光源を
 空どんよりと 雨しとしとと

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作歌

公表は 何か肯定 含まれる
 不思議な指導 心に認む

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ラブレター

ラブレター まだ見ぬ君へ 送ります
 先祖の思い 共に読んでね

われわれの中には先祖の思いが生きているのではないか。ラブレターの送り先の「君」は、送られて自己省察を深める人のこと。

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生き方

生き方を 知らないツケを 今払う
 それすら知らぬ 人もいるなり

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徒然


鏡見て 驚く姿 映し出す

俳句
俳句とは 歌より楽し 始めたら

相撲取り
相撲取り 負け続ければ ただのデブ

口が悪いので、申し訳なく思っています。

俳句
いつしかと、俳句の心 湧きいずる

空腹
腹すけど 体重増えそで 食べられない

老化
日々老ける 怖いことです 現実は

テレビ
テレビ見て いやになっちゃう ウソばかり

一人きり
日曜日 一人でいるのも 楽しいな

食べる
おいしいと パクパク食べれば 太ります

空腹
腹へった 食べたいけれど 動けない

片付け
片付けは 夫の方が うまい家(うち)

祈り
もっともだ 祈りの生活 これ最高

五月病
五月病 かからぬように 注意しろ

祈り
祈りこそ 心の支え 探り出す

老化
年とるは これ平等なりと 悟るなり

IT化
コンピューター ケイタイ知らず 日を暮らす

無情
日々暮らす 人の生き死に 無情かな


金なくて ないにはないで 日を暮らす

断食
断食や こりゃ大変だ 困ったな

日曜日
日曜日 一人過ごす日 幸せだ

体重
体重計 乗ってびっくり 断食だ

日曜日
日曜日 ああ寝てよう日 寝てよう日

日曜日 神を思って 日を暮らす

不安
昼寝する ある一抹の 不安あり

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徒然


桜咲く にがい思い出 思い出す

句作り
句をひねり 彼に採点 聞く楽し

ケータイ
食費より ケータイの方が 高くつく


間違うな 背後の神を じっと見ろ

電話魔
何か用? 電話で言うな 寂しいよ

考える
一人きり 考えること 楽しいな

子ども
子はないが 夫が子ども みたいだな

芸人
ああ無残 芸人一人 散って逝く

松本竜助さん逝去

ブーム
ブーム去る いい気になるな 冷静に

笑顔
新婚に もう戻れない この笑顔


良い夫 それが分かった 今ごろに

スーパーマン
スーパーマン いれば頼むよ 悪退治

道楽
楽しいな 一つひねって 腹がすく

漫才
このごろは 歌より漫才 受けるなり

殺人鬼
殺人鬼 いつどこででも 狙われる

習慣
頭では 分かっているが 繰り返す

お母さん
いつまでも 大事にしてね お母さん

お父さん
いつまでも 大事にするよ お父さん

病気と死
人間に やがて来るよね 病と死


皆さんに 幸多かれと 日々祈る

楽しみ
楽しいな 金も希望も ないけれど

芸能人
離婚して すぐデビューする 芸能人

オペ
オペをした 大切なのは 健康だ

スケート
スケートも いろいろ見方 ありそうだ

フィギア・スケートでは、いやらしい見方をする人もいるかも知れない。


いろいろと 便利になったが 金がいる

年寄り
年寄りに なりたくないけど 逃げられない

ダイエット
膝痛く 食欲なくなる ダイエット

病気
人間て 病気になって 死ぬんだなあ

腹回り
いつからか 太ってきました 腹回り

お笑い
お笑いは 心の中の 清浄機


ひとひねり 二つできたら 上等だ

陽気
いねむりも したくなるよな 陽気かな


人の顔 どうしてこうも 違うのか


テレビ見て 信じられない 悪の国

不信
どうしてだ 信じられない 人ばかり


膝痛む 運動したら なお痛む

世の中
世の中は 浮きもあるなり 沈みもだ

世渡り
難しい この世の中の 渡り方

落ちこぼれ
彼は言う 落ちこぼれとは 言わないで

彼は自分を落ちこぼれと言うのですが、それが、この人はいやだというのです。一年上の先輩は日銀副総裁で、比較すれば、どう考えても落ちこぼれと思うのですが。

作歌
歌作る とても楽しい ことなのだ

オペ
いやだなあ プチと言えども オペだから

プチ・オペ(簡単な手術)がいやだというのです。

悪魔
力(りき)強し 悪魔の働き 避けようね

待つ
銀行も 病院もまた 待たされる

幸せ
幸せは 思う心に 宿ります

留守番
楽だけど 留守番するのは 退屈だ

折り返し点
気がつけば 折り返し点 過ぎている

ブーム
どうしても ブームとやらは 過ぎていく

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心と体

人間は 心と体 二つだよ
 その関係に ヒントがあるよ

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予感

体から 来たなと思う その時に
 ギアチェンしよう 低速監視

体はいろいろな信号を発信している。それを聞いて、そのつど対応すべし。

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権威

本の山 昔の権威 今違う
 何もないけど 無限の知識

IT時代の権威の象徴は昔とは違う。

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鼻の穴

鼻の穴 形で思う 人柄を

細長い形、丸い形と、いろいろ。日本人で細長い形の人には外国人を連想する。電車で、座席に座りながら、ちょっと上を向いて、観察する。

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師を決めて 自己限定に 導かれ
 その後の生に 師の力あり

人間の成長に関して、恩師は大切な働きをすると思います。私の力ではなく、恩師の力です。親鸞と法然の関係を見て、そう思います。

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2006年4月 4日 (火)

新しき中世

信仰と ブレンド作れ 理性との
 その匙加減 新中世へ

理性とは 迷信批判 信仰は
 人の慢心 戒めるなり

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勝ち組

遠吠えが 聞こえてくるよ 雄叫びか
 いや勝ち組の 過剰自信さ

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実存短歌

不遜な言い方ではあるけれど、司馬遼太郎さんの歴史小説が歴史小説であるならば(もちろん、今では、そんな言い方をすれば、お前、何を言うか、とのお叱りがあるだろうけれど、歴史小説の中に、どうして著者の余談が入るのだろうか、それは、これまで私が読んだ歴史小説では初めての体験であったという思いを込めて、司馬さん自身の中にも、その類の問いはあったらしいから言うのである)、花鳥風月を詠む短歌の中に、実存を詠む短歌があってもいいと思う。花鳥風月とは全く無縁な砂漠の民は、花鳥風月を詠めと言っても、詠めないのである。しかし、実存は詠めるのだ。実存短歌といったものがあったって、いいんじゃないだろうか。

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単独者

ただ一人 仕事する人 神仏(かみほとけ)
 自分の手足 作り変えなむ

単独で仕事をする人は、おうおうにして神仏の手足になってしまう。

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深夜便

深夜便 こんな人たち いるのかね
 驚き涙 いつも感動

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せみの抜け殻

我知らず 汝我を知る 何事も
 知られた我は せみの抜け殻

「我知らず」は、私は、私もあなたもよく知りません、という意味。

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国柄

フランスは ああでもないし こうでもと
 日本は逆に 一言世界

フランス文学は表現し尽くすといった傾向があるように思います。しかし、日本は、その逆で、本質的な事柄を一言で言い表す世界なのではないでしょうか。

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春来たり 暖かき日は 多いけれど
 さあ行くぞとの 掛け声遥か

陽気は、さあ働け! と言っているように見えるのですが、なかなか。

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自己沈潜

世を避けて 自己に沈潜 なお深く
 やがて先祖が 顔出すかもね

集団的無意識の世界の探求は大切と思うのだけれど。

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北朝鮮特番

NHK 北朝鮮の 特番だ
 なぜ報道を しなかったのか

昨日、今日、明日、NHKが北朝鮮の特別番組を流しています。この国はベールに覆われた国などと言わないで、どんどん報道すればいいのだと思います。拉致問題の一番の解決策は、全部、明るみに出すことであり、北朝鮮では禁止されていることを報道することだと思います。日本も、ようやく、この点に気づき始めたのか、と思います。少し遅いのではないでしょうか。

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閉じこもり

閉じこもり 神さま何か なさるだろ
 試すわけでは ないのだけれど

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2006年4月 3日 (月)

表現者への道

人が生まれ、生きるということは、不可避的に表現者の道に入ることを意味する。すべての人が表現者なのである。俳優とか作家だけが、そうであるのではない。人生とは表現だからである。

その時、表現手段を持つことは大切なことだ。小説や詩、音楽など、訓練を必要とする作品もある。しかし、手軽で、すぐ誰にでも出来て、しかも最小限の決まりを守る中で表現できるものが、短歌であり俳句なのではないだろうか。作品に優劣をつけたら、作ることを控えてしまうかも知れない。過去の作品の鑑賞に終わるのであれば、ついに可能性に満ちた日本人的表現手段を知らないで終わることになるだろう。それは余りに惜しいことである。短歌・俳句は、こうでなければならない、と思えば、躊躇する人もいよう。しかし、自分の思いを、簡単な形式の中で表現すればいいのさ、と、簡単に考えて、この旅に出る人がいてもいいのだ。

短歌・俳句を自由に駆使して、自分の人生を表現し、反省し、充実させていく人がたくさん輩出して欲しいと願う。

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孤立

部活やめ 辛くなるぞと 先輩の
 言葉はあれど その意を知らず

孤立・孤独の環境が待っているということなのだろう。

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歌詠み

歌詠みは 異界を探る 狩人で
 日常にいて 日常を詠まず

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迷惑メール

私には あっちの趣味は ないのだが
 毎日届く 迷惑メール

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現実

現実は 思うようには いかないよ
 思いを変えて みたらどうかな

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しゃれこうべ

しゃれこうべ 単なる物に 過ぎないさ
 信長さんの 超合理主義

NHK大河ドラマ「功名が辻」を見て、小谷城の浅井長政のしゃれこうべで勝利の美酒に酔うことを促す信長がいた。ここには、日本人の遺骨信仰への問題提起というか挑戦もあるのではないだろうか。

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2006年4月 2日 (日)

不安

不安だよ それはいいこと 考えろ
 魂はまだ 死んでいないよ

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定年後

定年後 徒然にして 何すべき
 言葉遊びに 興じる我さ

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形式

形式に いのちあるか 疑問もち
 試行錯誤の これも形式

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弱者

弱者あり 追放するは 弱者なり
 強者はそれに 依らざればなり

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相補

動物と 植物らとは 相補にて
 呼吸を見れば 明らかなこと

植物を大切にすることは、動物自身を大切にすることである。

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清貧

清貧は 豊かな世界 王よりも

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仏さま

仏さま 神さまなのか いや違う
 人がなれるよ 仏さまには

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徒然

家庭
子が笑う そんな家庭に 福来る

俳句
俳句する 喜びにこそ 救いあり

ダイエット
ダイエット それにつけても お腹すく

生きがい
ささやかな 喜びだけが 生きがいだ

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徒然

世の中
世の中は 勝つか負けるか そればかり

俳句
俳句とは 心の憂さの 捨てどころ

考える
考える 楽しいことは 得られたよ

漫談
漫談を 見て笑っても うらさびし

世渡り
世渡りの 上手下手は 口ききだ

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2006年4月 1日 (土)

SOS

SOS 発信すれど 気づかない
 心の闇を いかになすべき

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徒然2

漫才師
漫才師 一人ゆく身の つらさかな

松本竜介さんの訃報を聞いて


夢破れ やぶれかぶれの わが道だ

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特攻隊

平和ぼけ 犠牲になりし 子らありて
 特攻に行く 思いにわびる

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おばすて山

迷惑を かけたくないと 一人ゆく
 おばすて山に 老婆の笑顔

おばすて山の物語は恐ろしいと思います。そのような山はなくすべきと思います。しかし、現実は、やはり人の心の中にあるのではないかと思います。

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信と超越

信一つ 超越台に 立つ心

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徒然

悔い
悔いばかり 母のいたころ 思い出す

綾小路
膝痛い 笑いをとばす 綾小路


夢を見て 不安になるわ ひざまくら

テレビ
テレビでは 殺人自殺 ばかりなり

相撲
大相撲 外国勢に やられます

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絶望の 子らに寄り添い 涙する
 涙は消えぬ 子らの心に

骨なきも 涙一滴 骨生ず

深夜便「こころの時代」で、「人を教え育てるとは」寺田一清氏(不尽叢書刊行会代表)=4月1日=の話を聞いて

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悔い改め

生涯は 悔い改めの 連続ぞ
 反省知らぬ 人を憂える

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日常

痛み
ひざ痛く 日々その痛さ 老化かな

うさばらし
むずかしい 575で うさばらし

リラックス
リラックス 食べて浮世を 忘れよう

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題材

短歌・俳句の題材は、どんなものなのだろうか。伝統的には、いくらかの決まりがあるのでしょう。それくらい、当方は無知です。

私としてはカイロスを、そして準カイロスを題材とすべきかと思います。そして、「天国のたとえ」を歌に込めることも大切と思います。それは意味の二重性のことです。

個人の人生、民族の歴史、人類の歴史、それらの中でエポックといえる時、それが、ある意味でカイロスでしょう。これを短い言葉で表現することは意識化という点でも意味があるのではないでしょうか。

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会津武士

いさぎよく 散れと言いたし 会津武士

民主党の渡部恒三さんは会津武士の血筋だそうです。白虎隊を生んだ所です。メール問題で、先祖のDNAによる思いが強いのかも知れません。

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