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2006年5月25日 (木)

ドイツ観念論

哲学史の弁証法的発展史を考えた時、古代ギリシャ哲学(正)とヘブライ思想(反)の止揚としての中世哲学(合)があり、そこで一応の終わりをとげた。しかし、中世思想(正)が分解して、ドイツ観念論(反)が起きて、新たな止揚を求めているのではないだろうか。そこに新中世の哲学がある。

もちろん、ドイツ観念論はカント(正)から始まり、諸思想家の(反)思想があり、ヘーゲル思想でドイツ観念論としての止揚(合)に至ったとも言えるかも知れない。

そう考えてくると、新中世を志向するためには、ドイツ観念論の中を通らなければならないのである。ドイツ観念論の中を通らない新中世志向は一種の反動である。

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