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2006年5月19日 (金)

病人

臨床心理学の話を聞いていると、自分にも何らかの障害があると思わないわけにはいかない。そこで、自分は健康なのだという思いが、実は重大な錯覚なのだと考えた方が安全と思うようになった。自分が健康と思う人は、そう思うところに精神のスキができるように思う。恐らく、健康な人など一人もいないというのが事実である。自分が健康と思う人は、健康の尺度が、余りにもいい加減なのではないだろうか。

「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせめためである」(ルカ5・31-32)という言葉もある。

ここには病人と罪人という二つの言葉が書かれている。関係があるのだろう。内心の、誰も他人は知らない罪が、やがて病気をもたらすという因果関係は、やはりあるように思うのである。そして、病気は、その内心の罪に心を向けさせ、その罪の解決が病気の快癒をもたらすということもあるのではないだろうか。

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