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2006年5月28日 (日)

放送大学

私は放送大学の学生ではありませんし、大学院で正規に学んでいる者でもありません。言ってみれば、もぐりの聴講生です。ただ、関心のある講義を聴いているのですが、本当に教えられるところが多いのです。こんな授業が、授業料を払わないで聴けるという幸せを感じています。本当に生きがいというものは、身近にところに横たわっています。それを発見するかしないか、その違いだけと思います。

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コメント

私が放送大学の存在を知ったのは、つい最近のことです。ラジオを聞くようになって、どんな番組があるかと、新聞のラジオ欄を見るようになって、放送大学の欄があるのに気づきました。そして、聞くようになりました。

ヤスパースによる哲学のラジオ放送があり、それが本になったという話を聞いたことがあります。そんな内容のラジオ放送が日本でもあればいいのに、と思いましたが、放送大学で、ある程度、満たされているようにも思います。

しかし、それにしても、授業という大学にとって一番の「商品」を、このように対価を必ずもらう契約なしに、あたかもサービスのように提供して、経営が成り立つのだろうかという、「余計」な心配もしています。しかし、これが現代社会、現代社会の条件なのでしょう。それを踏まえて、何が出来るか、それが問われているのでしょう。

投稿: | 2006年5月29日 (月) 15時21分

放送という公共手段を用いた教育というものは、私のような「もぐり聴講生」の存在を排除できないと思います。正規の学生のほかにいる「もぐり聴講生」の存在と、その役割りについて、放送大学とどんな見通しを持っているのだろうか、と思います。これは、一つの実験のような気がします。

投稿: | 2006年5月31日 (水) 06時31分

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