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2006年6月23日 (金)

神概念

概念というものが、存在者を前提として形成されるものであるとすれば、神は3次元空間には存在しないのだから、神概念といったものはあり得ないのである。

しかし、人は、神とは、こんな存在だと、好んでいう。それもまた、意味のあることであろう。

イエスの教えた祈りの中に「御名が崇められますように」という個所がある。「神が崇められるように」という祈りである。最近は、「御名が聖とされますように」という言葉も使われている。意味が、少し、よく分からない。意味を尋ねたい。祈りの中には、その逆の現実があるという洞察が含まれているのではないだろうか。神が崇められていないという現実。

神とは独裁者や権力者ではないように思う。今、流行の「一神教の神」とは全知全能だから、独裁者、絶対権力者と連想されるかも知れないが、ベルジャーエフは、神は一警官よりも権力を持たない、と言った。人が神と言っているものは、実は偶像かも知れない。

歴史の中の神とは、実は告発されている神かも知れない。地上の悪を取り上げて、なぜ、こんな世界を造ったのかと、神への告発は、満ち満ちているように思う。そんな中で、告発される神が弁明し(説明責任を果たし)、そして人間たちの信頼を得るようにする。そんな過程が進行しますように、そんな意味が、あの祈りの意味なのではないだろうか。政治家が説明責任を果たし、国民の信頼を勝ち得るようにと、そんな事態がよく報道される。神は信頼できるお方なのだ、そういう働きに参加することが、あの祈りの中で求められているように思う。

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