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2006年6月 2日 (金)

絶対精神

放送大学で、ヘーゲルの紹介があった。絶対精神を聖霊と言っていた。初めて聞いたことだ。そうだったのか。

絶対精神の自己展開が歴史なのだという。進歩主義の極致なのだろう。その影響が、その後の世紀に浸透したのだろう。そんなことを分からないで、20世紀の戦争を取り上げて、進歩主義の限界・挫折を語っても、進歩主義を本当に理解したことにはならないだろう。

ヘーゲルは、キェルケゴールから見たら、克服すべき対象である。しかし、ヘーゲルに即して考えれば、それは神学的真理の哲学的言い換えなのではなかろうか。

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コメント

神の宣教(ミッシオ・デイ)に参与することと、絶対精神の自己展開に参加することには類似点があるようですが、相違点もあるようです。
後者における進歩の思想は、前者と完全には一致しないでしょう。進歩の先端を行く人たちは何らかの宗教思想を持っていると思いますが、進歩から遠くにいる人たちもまた宗教を持っています。米国は宗教国家ですが、宗教国家は米国だけではありません。

投稿: | 2006年6月 2日 (金) 09時12分

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