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2006年6月16日 (金)

聖と俗

福岡県・北九州市に出現した巨大な大聖堂、実は結婚式場なのだという。もちろん、ここを使うカップルは信徒ではないであろう。こういう発想をする日本人には、世界から見れば、宗教が分かっていないということになるのだろう。宗教側も、永遠に自分たちを結びつけるきっかけになればと、寛容に構えているのかも知れないが、見方を変えれば、聖が俗に利用されているだけである。歴史的中世にも、そんなことが多かった。俗における存在は、どうしたって俗の論理を免れない。聖と俗との関係、それは常に問われ続けている。

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コメント

結婚式場としての教会の増加と、「風景化する宗教」との関係は、あるのだろうと思う。

宗教が生きているのであれば、たとえば、信長の時代の一向宗のように、社会問題まで引き起こすような勢力を持つのであれば、結婚式を、そのような勢力と関係づける方法で行うことは避けるであろう。

結婚式場として、聖堂や教会が多く建築されていけば、そのような信仰共同体が社会問題を引き起こしてもらいたくないという心理が増強されるであろう。であれば、結婚式場としての聖堂や教会が多く建築されていくことが、結果的に「風景化する宗教」に力を与えているのかも知れない。結婚式場は俗的存在であり、市場の中で生きていかねばならない商売である。そんな時、結婚式場の宗教が独自の活動を展開してもらっては、結婚式場の運営主体としては迷惑を感じるかも知れない。彼らは「風景としての宗教」を望んでいるとも言えるのではないだろうか。

投稿: | 2006年6月16日 (金) 09時28分

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