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2006年7月17日 (月)

ハビアン

キリシタン時代に、ハビアンという日本人イエズス会士がいた。『妙貞問題』で、日本の既存宗教を排斥し、のちに棄教して、今度は逆にキリスト教排撃の『破提宇子』を書いて、没した。時間的に考えれば、本心は、最後は『破提宇子』にあったのだろう。だから、『妙貞問題』の功績は、吹っ飛んでしまったといえる。

『破提宇子』がなければ、彼は後世に信仰の鑑として残ったであろう。しかし、殉教が続き、完全な禁教・鎖国と続く日本の歴史を見通した時、『破提宇子』の著者に、それなりの思いやりを考えないわけにはいかない。ハビアンを棄教者として責めることはできなくなった。彼を責められる人は、日本の現実を知らない人ではないかとも思える。

日本はキリスト教宣教の困難な国と言われている。その原因は何で、どこにあるのだろうか。私には、キリシタン史こそ、その原因なのではないかと思える。明治以降のプロテスタントたちは大いに頑張ったと思う。しかし、同じキリスト教への完全拒否という国の前史が、国民の意識の深層に残っているので、それを何とかしなければないない、そんな次期に来ているのではないだろうか。

従軍慰安婦、北朝鮮と、ある時期、タブー的扱いの対象だったが、時代が変われば、大量の情報が生み出されてきた。同じようにキリシタン情報も、これから大量に生産されて、日本人の深層のトラウマの解明がされるかも知れない。遠藤周作氏は、その先鞭をつけたのだと思う。

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コメント

「ロレンソとハビアン」、この表題で、キリシタン時代は、その特徴を表現できるのではないだろうか。これは、日本人が書かないといけないと思う。やはり感覚的なところが、外国人と日本人とは違うような気がする。

投稿: | 2006年7月17日 (月) 13時01分

日本のキリスト教の歴史を思うに、1549年のザビエルの来日から明治6年(1873年)のキリスト教解禁までは、最初の輝きのあと、大部分は迫害の時代であった。その間に324年という年月が過ぎている。これは短いとはいえないであろう。その後、明治6年から現在に至るまでキリスト教公認の時代が続いている。その後、ローマ帝国時代のように、キリスト教の国教時代が現われるであろうか。そんなことは、あり得ないであろうし、誰も考えてはいないだろう。

投稿: | 2006年7月17日 (月) 14時56分

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