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2006年7月16日 (日)

大死

リラックス それが目的 人生の
 大死の前で 心開いて

大死とはキリスト教徒にとっては、イエスの十字架のことであり、宣教とは、この十字架の意味を知らせることである。その知らせの中には、心開くことの効果も含まれる。こうして、心開いた時、大死が、その人の心のうちで実現するのである。それは煩悩からの離脱でもある。リラックスの時でもある。このリラックス体験と、その深化こそが人生の目的である。

大死とは 煩悩の死を 意味すなり
 その元型を 日々求めゆく

十字架のおける大死とは、ユング心理学における元型の如きものであろうか。

わが身にて 大死適用 努めつつ
 歓喜の道は その中にあり

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