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2006年7月31日 (月)

靖国神社問題

小泉首相の靖国神社参拝が問題となっている。靖国神社の参拝問題は今に始まったことではない。公式参拝と言っていた中曽根首相は外国の反対で、参拝を取りやめたが、そのころからずっと靖国神社問題は続いている。もうそろそろ決着をつけた方がよいのではないだろうか。

靖国神社の庭に一人の武士の銅像がある。この神社のありようを象徴しているようでもある。幕末、官軍を指揮した大村益次郎である。要するに、近代日本の神社、精神的支柱が靖国神社なのである。しかし、近代日本は、既に過去のものとなった。靖国神社も、そういう意味では既に過去のものとなっている。靖国神社を唯一の追悼施設とする考え方は、現代日本と近代日本を連続させる歴史観によるもので、それは違うのではないかと、私は思う。では、どうしたらよいのか。

ポスト近代にふさわしい追悼施設を新たに建設すればよいのである。国立千鳥が淵墓苑を拡充して、それにあてればよい。今、自民党の中川秀直政調会長の提唱で検討チームが作られて、この墓苑を2倍に広げる案で出ている。

7月31日の朝日新聞社説は、この問題を取り上げているが、私は千鳥が淵墓苑拡充案を支持、さらに発展させ、実現させるべきであると思っている。

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コメント

千鳥が淵墓苑では、さまざまな宗教団体が、それぞれの形式で追悼行事を行っているが、そのような可能性を大切にしたい。靖国神社では、そうはいかないのである。

中川秀直氏は「新たに追悼施設を造るのではない」と言っているようだが、これは靖国神社の位置づけ(唯一の追悼施設)にこだわる議員が多いからなのだろう。確かに、この神社に行くと、扉に皇室の菊の紋を見ることが出来て、由来が皇室や国と深いことを知ることが出来る。しかし、明治日本の連続の中で、追悼するのであれば、敵討ちへの決意表明を意味するかも知れず、平和希求につながらないのではないか。靖国神社と連続しつつも、新しい時代の象徴である追悼施設が必要なのである。

戦争責任とか戦後責任とか、長い間、言われてきた。その意味では、戦後責任は、なお果たされていないのである。

投稿: | 2006年7月31日 (月) 10時13分

戦前の日本は天皇主権であったが、戦後は国民主権に変わった。教科書に、そう書いてある。靖国神社は戦前の天皇主権時代に対応する追悼施設が、戦後の国民主権に対応する形で、新たに追悼施設が造られてもいいのではないだろうか。それには千鳥が淵墓苑の拡充しかないのではないだろうか。

投稿: | 2006年7月31日 (月) 11時37分

最近、書店に行くと、靖国神社関連の本が所狭しと並べられています。なんとかして欲しい、という思いが込められているようです。

投稿: | 2006年8月 2日 (水) 17時20分

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