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2006年7月 5日 (水)

ハイデガー

ハイデガーの哲学を本格的に学んだことはなかった。関心も余りなかった。しかし、放送大学を通して重要な哲学であることを、今になって感じている。

キリスト教の体験の中に、新生・聖化というものがある。新生の重要性は、たとえば、戦後、大衆伝道者として著名であったビリー・グラハム氏などは、その瞬間に人々を導くという意図で、全世界の巡回をしてきたことでも分かる。しかし、その説明は、ただわずかな言葉でなされているに過ぎない。そんなに重要なことであれば、人間にとって最大の関心事であれば、多くの言葉を費やすこともできるのではないか。

この疑問にハイデガーが応えている。彼の哲学思想は、新生・聖化という宗教体験がベースにあると見れば、非常に分かりやすくなるのである。それはまた、こうして、ヘーゲルとは別に、キリスト教の世俗化が行われていると思ってもよいのだ。キリスト教の世俗化とは、キリスト教から世俗への道であるとともに、世俗からキリスト教への道でもあるのだ。

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