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2006年7月31日 (月)

場所

人間は、なぜか無意識のうちに自分の場所を選択しているようなところがあるのではないだろうか。勤務の場所、住む場所である。私は、もう10年以上も、今の場所に住んでいるが、なぜか今も新参者・異邦人意識が抜けない。自分の意識にぴったりする場所を探すべきであろう。

若いうちは刺激にある場所がいいかも知れないが、年とると、死の雰囲気を漂わせているような場所の方を好むようになるかも知れない。寺・神社・墓地。

しかし、靖国神社だけは、今年も騒がしくなるようで、マスコミも例年のように書き始めている。死者が死んでいないようである。もちろん、死者は死んでいる。ただ、残された者たちが、どのように死者とかかわり、生きていったらいいか分からないだけなのかも知れない。あの人が戦死したために、残された人たちで、人生が狂ってしまったひとたちが多いのである。

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