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2006年8月25日 (金)

神観

最近、一神教という言葉が批判的に使われているようです。イスラム教原理主義者たちによる政治的に極端な活動、一方イスラエルの政治活動も共に世界平和を乱すといったことで、その背景にある一神教批判が続いています。

キリスト教も一神教ということで同じようにみなされているようです。しかし、キリスト教の正統教理は三位一体の神観です。父は「超越」、聖霊は「内在」、イエス・キリストは、「超越」と「内在」の間の「橋」という意味でしょうか。批判者たちは、「超越」のみが神と見ているようですが、伝統的には、それは異端とされています。ものみの塔は、そんな立場のようですが、経験的には、イエス・キリストの信仰という橋を通って内在の聖霊に触れ、そこで神を知るのではないでしょうか。「超越」の立場を絶対化、合理化して、内在、風とも表現されている聖霊の実感を考えないのは、神観の偏りと思われます。

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