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2006年8月 9日 (水)

鎖国と開国

鎖国は、今から思えば弊害をもたらした、と思える。鎖国とは、部分であるものが、正当な手続きを拒否して、全体を呼称すること、といえるかも知れない。もちろん、動機には同情する部分もあったのだが、結果的には「内弁慶」的意識を発達させてしまったのである。

鎖国の弊害は、自分の正確に位置づけを見失うということである。そのツケを払わされたのが幕末であった。

鎖国・開国、その揺れの中で日本の歴史は進んできた。戦後は開国の建前できた。しかし、日本思想の真の普遍性の自覚を欠いたところでの開国は、内部崩壊の危機をはらんでいる。その危機は現実になってきている。その課題に日本は今、直面しているのである。

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